1992年(平成4年)に三共(SANKYO)から登場した新要件ハネモノ「OL娘II」
★賞球:6&12
★ステラ’92モデル(ステラ枠)採用
★盤面(メラ)デザイン担当は、オロチョンパに続きスージー甘金氏
★最高15ラウンド継続
★ハネ開閉時間…オトシ0.35秒、ヘソ0.45秒×2
★貯留解除…5カウントorハネ15回開閉
★平均出玉…約600個
★姉妹機・・・「OL娘I」(賞球5&10)
(賞球違いの「I」…コチラは、盤面の机の色が「青」ではなく「黄」。ゲーム性は共通だが、寄り釘の本数が違ったり、元ゲージの広さ(ピッチ)がIIより大きいなどの違いアリ。)
初打ちは、小田急線・読売ランド前駅の「パチンコL」(現存)というホール。ここは三共の新要件機を多く初打ちした店で、オロチョンパSP(賞球7&15の方)も最初に打った。ザ・祭りIIやオールドファッションSPといったハネモノの他、FスパークGP、FレジェンドI、FキングII、FクイーンII、FパワフルIII、FフェスティバルI、FガールズI、FパワフルV、FビューティフルIIなど、三共デジパチの「定番」と初めて対峙したのも、全てLホールだった。その節は、色々とお世話になりました。最近は、すっかりご無沙汰ですが…。
さて、本機はオロチョンパ(河内家菊水丸)に次ぐ、三共・芸能人タイアップ機種第2弾だ。
知る人ぞ知るパチンコアイドルユニット「HI-ME」とのコラボで話題となった。
(HI-ME)
左から牧田美知世(S44生、千葉出身)、松田和枝(S43生、埼玉出身)、雨池由美子(S46生、京都出身)。1991年に森真喜夫氏がプロデュースした異色のパチンコアイドルユニット。デビュー曲は「わたしの777」(91年9月21日リリース。間寛平「ひらけ!チューリップ」のカバー曲。カップリング曲は「OGENKI小唄」)。
(’92年夏から三共のイメージキャラクターに。手前が松田、左が牧田、右が雨池。)
牧田は80年代アイドルグループ「ザ・ミンツ」を経て、HI-MEのメンバーに抜擢。3人の愛称は、牧田が「ミー」、松田が「カズエ」、雨池が「ユミコ」(当初はなぜか「エッチャン」)。1992年初頭から、パチンコ関連の雑誌やTV※、Vシネマ、イベント等に出る機会がグンと増えた。93年に3rdシングル「金太の大冒険」(つボイノリオのカバー)を発表後、静かに解散。
※千葉テレビ・火曜23時30分放映「ハップスパチンコ道場」でレギュラー出演を果たす
(鳴り物入りで登場したOL娘)
1992年8月5日、本機のお披露目となる「がんばれ女の子パチンコ大会」(主催:第一プロ、バップレコード、協力:三共)が江の島海水浴場で行われ、本機はそのベールを脱いだ。
会場では、HI-MEの新曲(2nd)「娘ミンミン、がんばれ女の子」(作詞:柴田俊生 作曲・編曲:ジェームス下地、92年8月21日※リリース、本機タイアップ曲。カップリング曲は「コワイ話がやってきた」)が披露され、特設のシマで水着ギャル達が新台ホヤホヤの本機を打つ「出玉コンテスト」も行われた。翌9月より、ホール導入開始。
※ウィキペディアには「92年9月21日」とあるが、当時発行の複数文献に「8月21日発売」との記述アリ。
(約1年ぶりとなる新曲「娘ミンミン」を歌うHI-ME。独特のコミカルな振付けは、南流石が担当した。)
(水着姿でOL娘Iを打つ湘南ギャルたち。)
(某・朝番組にて、「娘ミンミン」を熱唱するHI-ME。左から牧田、松田、雨池。)
ヤクモノアップ。コチラは5&10の「OL娘I」だが、作りはI、IIとも同じ。ヤクモノは「化粧室」という設定になっていて、大当りするとミンミン手前の「洗面台」(貯留ステージ)が上昇。
「オロチョンパ」は、「ロボスキー」や「うちのポチ」を彷彿とさせるヤクモノだった。一方の本機は、ハネの開き方や貯留ステージの動きは「マジックカーペット」譲りで、通常時(ヤクモノ入賞時)左右に動くVゾーンは「ガンコおやじII」を受け継いだ(左右のVの動きは真逆だが)。
オトシ・ヘソ入賞で、OLをかたどったハネが開放する。マジカペ同様、ハネの開きは若干小さめだった。チャッカー入賞時には、「娘ミンミン」のメロディや歌が流れる(オトシとヘソでBGMが異なる)。
スタートチャッカーには、HI-MEをモデルにしたイラストが描かれている。因みに、左オトシが牧田、ヘソが松田、右オトシが雨池。なお、牧田は当時の雑誌インタビューにおいて、自分のイラストだけ実物に全然似ていない事を気にしていた。言われてみれば確かに…。
また、ヤクモノ下に大きく書かれた「愍愍(みンみン)」の文字も印象的だった。ただ、「愍」という字はあまり縁起がよいとはいえず(「哀れむ、痛ましい」などの意味)、なぜこの字を選んだのかがいささか気になる。単に「ミンミン」の響きが可愛かったとか、当て字に奇をてらったとかの理由だろうか…。
役物に入った玉は、上段ステージで左・中・右と3つのルートを通り、下段ステージの奥から手前に転がる。この時、手前のVゾーンが「右⇒左⇒中央」と動くのが特徴。前年に登場した新要件ハネモノ「ガンコおやじII」のVの動きによく似ていた(ガンコおやじは左⇒右⇒中央)。
この時、下段奥から手前に転がってきた玉と、左右に動くVのタイミングがピッタリ合えば、大当りとなる。
ヤクモノに入賞した玉が下段ステージ上にあるとき、Vゾーンはたいてい右側に寄っている。したがって、大当りの多くは下段右からVに入賞するケースとなる。一方で、ミンミンの足元から中央のレールを直進して、Vへ飛び込むこともあった。オロチョンパと比べると、V入賞率は高い方だった。
大当りすると、「娘ミンミン」の曲がスタートして、ミンミンの手前にある「洗面台」(「OL娘」と書いてある)がグーンと上昇する。洗面台の中央には窪みと突起があり、玉を1個貯留できる。洗面台に貯留があれば容易にV継続するが、実は貯留しにくい難点もあり、継続率は低め。
ヤクモノ脇の釘調整や、台のクセ、ネカセなどで、貯留しやすい台、貯留しにくい台に分かれた。ヤクモノに入る際の玉の「勢い」も、貯留率に少なからず影響した。
さらに、左のハネからだと貯留しにくいが、右のハネからは容易に貯留する台などもあって、そういう台はストロークの「左右打ち分け」が有効だった。
大当り中、Vゾーンは中央で停止しているが、ヤクモノ5カウント(orハネ15回開閉)までは、V上部が「フタ」で覆われていて、早期のV入賞を防ぐ(出玉を稼ぐ)役割を果たした。5カウント又は15回開閉後、洗面台が下がって貯留解除される。同時に、Vを覆っていたフタも開く。
この時、貯留玉はいきなりVゾーンに入らず、ミンミンの足元に落ちて一旦貯留された後に、Vに向かう流れになっていた。いわゆる「2段階貯留」というヤツで、同社の「道路工事」や「ナイトドラゴン」などを彷彿とさせた。
足元に貯留された玉は、ステージ奥のド真ん中からVに直進する。下段ステージの中央には、ミンミンの足元とVを結ぶ「レール」があり、このレールに乗れば高確率でV入賞した。しかし、折角レールに乗った玉がVを外す酷いクセ悪台もたまにあった。
そうそう、途中でパンクした時の「しんじらんなーい、もう最低!」というHI-MEのセリフは、ビッグシューターの「ブッブー」に通じるものがあって、結構ダメージを受けたなぁ…。
因みに、15R完走時は「さすがー!」と祝福される。大当り時の「やったー!」とか、ラウンド間の「ウー、ファイト!」など、メインの曲以外でもHI-MEの声がやたら耳につく台だった(本機のBGMは、三共パチンコCD「ザ・パチンコ・ミュージック・フロム・SANKYOIII」に収録)。
しかしその直後に始動口に入賞すると、Vゾーンに付いている蓋が閉まり悔しい思いも。
今となってはよき思い出です。
HiMEの3名、パチンコという業界向けだけあって、アイドルにしては年齢が高めだなぁと思った記憶があります。
昭和の時代~平成初期あたりまでは元号表記が多かったのですが、いつの間にやら西暦がメインになってしまい、お役所くらいしか使わなくなってしまいましたね。この頃はパチンコ雑誌でも元号表記が多かったと思いますね。
お金があまりない時には重宝した機種でした。
今はタイアップが普通なっておりますがホールタイアップって少ないですよね
ピーアーク専用機羽根物南国のさかなやさんってのを越谷蒲生の辰巳で打ったな
最近ではダイナムチェーン専用機ってのがありましたが他になんかありますかねえ?