『自然の驚異』
浜辺の石の台座に座る石化した男女、上半身は魚、下半身は人間である。
海の彼方には海水で模られた帆船が見える。
ありふれた景色の中の驚くべき質感を持った事物の景色。自然の法則、物理的条件をことごとく外した帆船と男女の存在。
『自然の驚異』というより、自然への反逆、自然への冒涜である。絶対にあり得ない変化、水は水のみで形を留めることは不可能だという絶対条件がある、水は三態に姿を変えるが意志をもって創造物に化身する術を持たず、水であるしかないのである。
石という鉱物も然り。地殻変動で形を変えることはあるが、意志をもって形を他のものに模ることは絶対にあり得ず、人という有機物が魚に融合することもない。
魚になるというのは、〇〇であったならという空想の範囲を出ることのない不条理であり、まして下半身だけが人間の足として模られるなどと言うことは、単にセイレーンという寓話を模したに過ぎない。要するに想像の妙に手を加えたともいえる人智におけるデータの捏造である。
総ては《否定》から出来ている。可能性の全否定であり、絶対に無い風景を肯定的に描くことで絶対的な自然の条件を逆説的に明確にしている。
《自然》はかくも強固な特異性あるいは単一性を固持するものであるという証明かもしれない『自然の驚異』とは。
写真は『マグリット』展・図録より