続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

M『イメージの裏切り』

2015-03-14 06:43:36 | 美術ノート
「パイプ」の絵と「Ceci n'est pas une pipe」(これはパイプではない)が画面上(二次元)に描かれている。しかし、二次元が問題なのではない。二次元の世界は、マグリットの主張の場であり世界なのだから。

 わたしたちは、外国語(英語)の教本において、描かれた絵(ペン)と共に「This is a pen」(これはペンです)と習った。
 言葉と描かれたもの(表象)とは、同一(言葉=そのものの説明である)であって、この基本概念は外すことのできない約束である。


☆では何故、マグリットが明らかに「パイプ」に見えるものを描き、「これはパイプではない」という言葉を記したか。
 もし言葉を解さない者(たとえば幼児、言葉を解さない他国人)が、これを見たら「ああ、パイプの絵だな」という感想を抱くに過ぎない。
 しかし、この言葉を理解する者が見たら、「パイプに見えるが、これはパイプではないのだな」と錯綜した思いを無理にも理解しようとする。絵に描いた餅ではないが、このパイプをもって煙草を吸うなんていう奇術は有り得ないのだからと。

 つまり、パイプだけを認識した場合は、パイプに対する《肯定》があり、言葉を解した者にとってはパイプに対する《否定》がある。要するに一枚の絵の中に《肯定と否定》が共存しているという状況である。

『イメージの裏切り』という作品は、マグリットの二次元(平面)における二重の認識、二重の空間への挑戦、表明である。『マグリット』(西村書店刊)

『冬のスケッチ』52。

2015-03-14 06:32:38 | 宮沢賢治
一九      冬のスケッチ   (五)、
         * 朝
    みちにはかたきしもしきて
    きたかぜ檜葉をならしたり
    贋物師、加藤宗二郎の門口に
    まことの祈りのこゑきこゆ


☆統(ひとすじにまとめる)帖(書付)は皆、要(重要)である。
 願(のぞみ)の仏の詞(ことば)は、化(形、性質を変えて別のものになる)で、透(すかして見える)。
 双(二つ)の字が漏(こぼれ落ちる)問う講(はなし)の記である。

『城』1906。

2015-03-14 06:21:46 | カフカ覚書
この希望にひたすらすがりつくとすれば、それに全力を傾注せざるをえなくなり、それ以外のことは、たとえば食事や住居や村役場のこと、それどころかフリーダのことでさえもかまっていられなくなる。と言っても、結局は、フリーダのことだけが問題なのだが、と言うのは、それ以外のどんなことも、フリーダに関係した場合にのみ、彼の関心を惹くにすぎないのだから。


☆彼に従えば全力を傾けざるをえなくなり、食事や住居など他のことを心配していられない。あの世では自身やフリーダ(平和)のことさえ心配していられない。理由は単にフリーダ(平和)を求め、フリーダ(平和)に関係した場合にのみ、すべての死を悲しむのだから。