ゴッド・セイブ・ザ・クィーン 浪速の女王陛下万歳! その3

2016年12月10日 | 若気の至り
 前回(→こちら)の続き。

 美術の宿題に、

 「あんたが描いたにしてはうますぎる! だれかに描いてもらったんだろう!」

 なるヤカラを入れられた、中3時代の私。

 カマしてきたのはユウコちゃんという女子生徒だが、「女王様」の異名をとる彼女はオラオラだけど、ヤンキーではなく勉強も得意なタイプ。

 で、私も当時はそこそこ優等生で、彼女と同じくらいの偏差値だったのだ。

 しかも、受験する予定だった大阪府立U高校は、ユウコちゃんにとっても第一志望。

 そう、志望校のバッティングする彼女にとっては私は、追い落とすべきライバルだったのである。

 となると、私の苦手な美術というのは「直接対決」で差をつけるチャンスだった。

 それが、アメトークにも呼ばれようかという「絵心無い芸人」のくせに、まあまあな絵を提出している。

 私にとっては「アウェーの引き分けは勝ちと同じ」くらいの感覚だが、むこうからすればとんでもない話だ。

 これはおかしい、そんなことがあっていいのか。

 だからきっと、不正があったにちがいない。物言いをつけて、なりふりかまわず足をひっぱりに来たのだ。すごい執念である。

 このストレートパンチには、美術の先生もドン引きだったが、ユウコちゃんのは気にすることもなくこちらに、

 「ねえ、誰かに描いてもらったんでしょ。友だちでしょ? それともお父さん? そうなのね、そうなんでしょ?」

 まさに被告に詰め寄る敏腕検事のようである。

 思わず、「すいやせん、あっしがやりやした」とすべてを白状しそうになるほどだ。なるほど、警察による自白の強制というのは、こんな感じで起こるのであるなあ。

 とはいえ、正義はこちらにありである。ここは私もなめられてはいかんと、

 「ふざけたことをいうな! ちょっと皆に一目置かれているからって、図に乗るんじゃないぞ!」

 と、ここは本気でガツンと言ってやった。

 ……としたら、さぞかしスッキリするだろうなとは思ったが、間違いなく、どつきまわされるであろう。そんなこと、ようしません。

 「ウソだ、絶対にウソだ!」

 まっ赤になって、爆発寸前のユウコちゃん。

 「白状しなさいよ、卑怯よ!」

 卑怯だといわれても、こちらもまいっちんぐなのである。それにしても、先生とクラスメート全員の前で、そこまで言えちゃうのもすごい。

 ようやるなあと、ビビりまくりながらも、感心するやらあきれるやら。なんで私が、こんな目に合わんとあかんのや。

 そこでせめて助けを呼ぼうと、クラスの友人にSOSのアイコンタクトを送ったが、みなあわてて窓の外を見たり、ツメをいじくったり、わざとらしくも教科書に読みふけったりしていた。

 だれも目を合わせてくれない。

 そりゃないぜ。友がピンチだというのに、なんというあつかいか。

 もし逆に彼らがユウコちゃん相手に追いつめられていたら、私ならもちろん勇気を振りしぼって助けに入るかといえば絶対に他人の振りをするけれど、救助は無理にしても、怒りの矛先をそらすために非常ベルを鳴らすとか、教室を爆破するとか、それくらいの陽動作戦くらいは起こしたらどうなのか。

 どうとも言いようのないこちらに、頭から湯気吹く勢いのユウコちゃんは、とうとう

 「ここでもう一回、同じもの描いてみなさいよ! そしたら信用してあげる!」
 
 そう言い放つと、腕の立つフェンシング選手のごとく、ビシッと絵筆を突きつけてきたのである。

 もう一回描け。そこまでいうか。というか、あまりに勢いよく突きつけられたので、眉間をえぐられるかと観念したくらいだ。一瞬、死んだと思ったよ。

 ここまできたところで、ようやく先生が「いい加減にしなさい」と間に入ってくれて助かった。

 さすが先生に止められては、ユウコちゃんも引くしかない。釈然としない目で引き返しはしたが、依然こちらをにらみつけていた。ビームでも出そうな勢いである。

 私も一応笑顔で「ホントに自分で描いたんですよ」と念押ししたが、情けなくも

 「ホ、ホ、ホ、ホホホホントに、じぶ、じぶ、じぶぶぶ」

 と唇が、風に吹かれたこんにゃくゼリーのようにプルプル震えた。その憤怒の表情に、まともに発音などできません。もう、腰が抜けそう。

 授業がはじまる前にトイレをすましておいたのを、ひそかに神様に感謝したものだ。でなければ、尿ちびってました。コワイ、コワすぎる。パワーがちがう。

 この事件で発憤したのでもないだろうが、その後ユウコちゃんはテストでもバシバシ高得点をはじき出し、当初の志望校よりも2ランク上の名門Y高校を受験し、合格した。

 さすが女王ユウコちゃん、私のような下々の者とはモノがちがうことを、しっかりと見せつけた。さすが、その負けん気と根性は一級品である。

 こうして、全面的な衝突こそ避けられたが、受験戦争においては大いに水をあけられてしまうこととなった。

 だが私はこの敗北を、さほど気にしてはいない。

 というのも、ここは偏差値うんぬんよりも、私としてはユウコちゃんと違う高校になって内心ホッと息をついていたのであったからだ。

 もし同じ学校に進学して、もしそこでも対決することになったら。

 今度こそ、本当にちびりそうだものなあ。

 以上、季節外れの、ものすごく怖かった女の子の話でした。




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