新月のサソリ

空想・幻想・詩・たまにリアル。
孤独に沈みたい。光に癒やされたい。
ふと浮かぶ思い。そんな色々。

君の露草

2024-09-20 01:30:00 | Short Short

月は申し分なく丸く輝いていた。
遠くでオカリナを吹くように風が歌った。はじめてのような懐かしいような、不思議な音階。秘密の約束。

この窪地にはさっきまで泉が湧いていたけれど、今は水が引き底一面に水草が見える。その真ん中に君は立ち、風が渦巻く時を待ち、あの遠く輝く故郷に帰ろうとしている。

「見送りはいらない。私のためにひとつだけ咲かせたあの露草が、見送ってくれる」
君は気丈にそう言って背中を向けたけど、その肩がとても小さく見えたものだから、僕はつい、目を逸らしてしまった。
刹那、黒い突風が僕を通り抜けた。

顔を上げると君はもう、其処にはいなかった。
君の匂いを残したまま影は消え、渦巻いた風もやんだ。急に静かになった夜の黒を、月明かりが溶かしていく。

僕は君が咲かせた露草を探したけれど、窪地のあちらこちらから水が湧いて出て、すぐにそこは元の泉になってしまった。
揺れる水面に月が浮かんだ。

オカリナを鳴らしていたのは君だったんだね。風がやんで気づくなんて。

「月がとっても綺麗だよ」
いまさらそんなことを言っても、君には届かない。君の露草はどこにあるの。

月がとっても綺麗なんだよ。




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