シンドバッドは七度目の航海の時、立ち寄った港町のバザールを覗いて回った。しかし、どれもこれもありきたりな物ばかりで、うんざりしてしまった。
「もう、珍しくて、貴重な物など無いのかもしれないな・・・」シンドバッドは肩を落とし、溜め息をついた。「もう一軒だけ覗いて、何も無かったら宿へ引き揚げるとするか」
荒く織り込んだ麻のカーテンで全体を覆った小さな屋台に目星をつけた。シンドバッドは、カーテンの切れ目から中へと入った。
屋台には青いカーペットが敷かれており、その上に古くて汚れたランプがひとつだけ乗っていた。脇に立つ屋台の主は、全身を青い生地のフードの付いたマントで覆った若い女性だった。目から下を青いヴェールで隠していて、顕わになっている二つの黒い瞳でじっとシンドバッドを見つめていた。シンドバッドはランプを手に取った。
「このランプは・・・」女は話しはじめた。鈴を転がすような美しく柔らかな声だった。「アラジンの持っているランプと同種のものでございます」
「ほう! アラジンのランプと言えば、なんでも願いをかなえる魔人の出て来るランプだが・・・」
「左様でございます。このランプはそれと同じ働きを致します」
「そんな貴重なランプ、何故おまえ自身が使わないのだ? 使えばなんでも手に入るのだぞ。こんな所にいる必要も無くなろうに」
「商う者には現われませぬ。これを手に入れ、手放さぬ者にのみ、魔人が現われるのでございます」
「ならば、商いをやめてしまえば良いだろう」
「私の家は代々ランプを商う事を生業と致しております。身に染み付いたランプ商人ゆえ、私にはどうやっても魔人は現われてはくれませぬ」
「そう言うものなのか・・・」
シンドバッドは言い値の五倍で買い取った。女は大変に喜んだ。
「魔人のランプか。これは珍しくて、貴重な物だな」宿に帰る道すがら、シンドバッドは思った。「・・・まあ、騙されたとしても、あんな美しい女に良い事をしたと思えば悪い気はしないか」
宿に戻り、ランプをごしごしと擦ってみた。
「まあ、何も出ては来ないだろうがな」それでも擦る手を止めない。「でも、万が一と言うこともあるし・・・」
しばらく続けていると、灯心を差し込む、注ぎ口のような形をしたところから、もくもくと白い煙が立ち昇り始めた。それが空中で巨大な一塊となり、やがて、でっぷりとした大柄な体つきのランプの魔人が腕組みをした格好で現われ、ドスンと音を立てて床の上に降り立った。
「おおおおお!」
シンドバッドは腰を抜かさんばかりに驚き、魔人を呆けた顔で見上げていた。
「お呼びでございますか、ご主人様」ランプの魔人はシンドバッドの様子に構う事なく続けた。「何なりと願いをお申し付けください」
「・・・分かった・・・」少しずつ気持ちが落ち着いてきた。「何を願うか、今考えるよ」
シンドバッドは考え込んだ。長い時間が経った。しかし、シンドバッドはまだ考え込んでいる。
「あの、ご主人様・・・」しびれを切らした魔人が声をかけた。シンドバッドは振り向く。「お金などはいかがでしょう?」
「金?」シンドバッドは頭を左右に振った。「一生かかっても使いきれないだけの分はあるよ」
「では、お城などは?」
「城? 一年のほとんどを旅するものには不要だね」
「名声では?」
「実は『船乗りシンドバッド』として、もう既にあちこちで知られているんだ」
「死なぬ体などはいかがで?」
「そうなれば、生きるか死ぬかと言う冒険への悦びが失われる」
「これなら宜しいでしょう、永遠の若さ!」
「永遠の若さ? おいおい、商いの世界では若造は軽く見られてしまうんだよ」
「ならば、結婚は?」
「結婚だってぇ? あのねえ、多くの先達を見る限り、良いものとは言いがたそうなんだけど」
「では、逆転の発想で、死はいかがで?」
「死? 何を言い出すんだ! 人はそのうち死ぬんだよ。願わなくてもそうなるんだよ!」
「じゃあ。何になさるんで?」魔人は泣き出した。「願い事をかなえない限り、ランプに戻る事ができません・・・」
「まあ、気長に待っていてくれ。そのうち浮かぶだろうから」
それ以来、シンドバッドには泣き虫な大男がいつも付いて回っているのだった。
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「もう、珍しくて、貴重な物など無いのかもしれないな・・・」シンドバッドは肩を落とし、溜め息をついた。「もう一軒だけ覗いて、何も無かったら宿へ引き揚げるとするか」
荒く織り込んだ麻のカーテンで全体を覆った小さな屋台に目星をつけた。シンドバッドは、カーテンの切れ目から中へと入った。
屋台には青いカーペットが敷かれており、その上に古くて汚れたランプがひとつだけ乗っていた。脇に立つ屋台の主は、全身を青い生地のフードの付いたマントで覆った若い女性だった。目から下を青いヴェールで隠していて、顕わになっている二つの黒い瞳でじっとシンドバッドを見つめていた。シンドバッドはランプを手に取った。
「このランプは・・・」女は話しはじめた。鈴を転がすような美しく柔らかな声だった。「アラジンの持っているランプと同種のものでございます」
「ほう! アラジンのランプと言えば、なんでも願いをかなえる魔人の出て来るランプだが・・・」
「左様でございます。このランプはそれと同じ働きを致します」
「そんな貴重なランプ、何故おまえ自身が使わないのだ? 使えばなんでも手に入るのだぞ。こんな所にいる必要も無くなろうに」
「商う者には現われませぬ。これを手に入れ、手放さぬ者にのみ、魔人が現われるのでございます」
「ならば、商いをやめてしまえば良いだろう」
「私の家は代々ランプを商う事を生業と致しております。身に染み付いたランプ商人ゆえ、私にはどうやっても魔人は現われてはくれませぬ」
「そう言うものなのか・・・」
シンドバッドは言い値の五倍で買い取った。女は大変に喜んだ。
「魔人のランプか。これは珍しくて、貴重な物だな」宿に帰る道すがら、シンドバッドは思った。「・・・まあ、騙されたとしても、あんな美しい女に良い事をしたと思えば悪い気はしないか」
宿に戻り、ランプをごしごしと擦ってみた。
「まあ、何も出ては来ないだろうがな」それでも擦る手を止めない。「でも、万が一と言うこともあるし・・・」
しばらく続けていると、灯心を差し込む、注ぎ口のような形をしたところから、もくもくと白い煙が立ち昇り始めた。それが空中で巨大な一塊となり、やがて、でっぷりとした大柄な体つきのランプの魔人が腕組みをした格好で現われ、ドスンと音を立てて床の上に降り立った。
「おおおおお!」
シンドバッドは腰を抜かさんばかりに驚き、魔人を呆けた顔で見上げていた。
「お呼びでございますか、ご主人様」ランプの魔人はシンドバッドの様子に構う事なく続けた。「何なりと願いをお申し付けください」
「・・・分かった・・・」少しずつ気持ちが落ち着いてきた。「何を願うか、今考えるよ」
シンドバッドは考え込んだ。長い時間が経った。しかし、シンドバッドはまだ考え込んでいる。
「あの、ご主人様・・・」しびれを切らした魔人が声をかけた。シンドバッドは振り向く。「お金などはいかがでしょう?」
「金?」シンドバッドは頭を左右に振った。「一生かかっても使いきれないだけの分はあるよ」
「では、お城などは?」
「城? 一年のほとんどを旅するものには不要だね」
「名声では?」
「実は『船乗りシンドバッド』として、もう既にあちこちで知られているんだ」
「死なぬ体などはいかがで?」
「そうなれば、生きるか死ぬかと言う冒険への悦びが失われる」
「これなら宜しいでしょう、永遠の若さ!」
「永遠の若さ? おいおい、商いの世界では若造は軽く見られてしまうんだよ」
「ならば、結婚は?」
「結婚だってぇ? あのねえ、多くの先達を見る限り、良いものとは言いがたそうなんだけど」
「では、逆転の発想で、死はいかがで?」
「死? 何を言い出すんだ! 人はそのうち死ぬんだよ。願わなくてもそうなるんだよ!」
「じゃあ。何になさるんで?」魔人は泣き出した。「願い事をかなえない限り、ランプに戻る事ができません・・・」
「まあ、気長に待っていてくれ。そのうち浮かぶだろうから」
それ以来、シンドバッドには泣き虫な大男がいつも付いて回っているのだった。
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