吸血鬼大作戦 ㉖

「……で、この子、何？」
　今初めて気が付いたようにカルースが明を見て言った。さっきまでの二人のつんけんした雰囲気は消えていた。
「この子は、ハヤタ・アキラ……　明君よ。この子ね、一部始終を見てたのよね……」
　ジェシルは急に言葉を変えた。明に聞き取れたのは自分の名前だけだった。
「ほう……」
　カルースは呟くと改めて明を見た。そうしながら明の周りをゆっくりと一周する。明は警戒するように身を堅くする。
「どこと言って特徴はなさそうだけど……」カルースが言う。「でもなあ、ここいらの程度じゃ、まだオレたちを知るには早すぎるよなあ……」
「そうなのよねぇ……」ジェシルも明に目を転じた。「悪い子じゃなさそうなんだけどね、規則だと、記憶を消去するか、存在自体を消去するかなのよねぇ……」
　明の周りをまわりながらじろじろ見ているこの男。明をさっきと違って冷たい事務的な眼差しで見ながら男と話しているジェシル。明は、その雰囲気と聞いた事ない言葉で話し合っている二人の姿を見ながら、不安になっていた。
「でもね……」ジェシルはにやにやしながら明を見る。「この子、ガルウォッツォを仕留めるのを助けてくれたのよ。ま、偶然の要素が多分にあるんだけどね」
「へえ～っ、そいつは凄い勇気じゃないか！」カルースが感心したように言う。「あの凶悪犯をねえ！　人は見かけによらないって感じだな」
「その言葉、そのまま、あなたに返すわ」
「何言ってんだよ、ジェシル。君にこそ当てはまる言葉だろう？　可愛らしい顔してるくせに銃をぶっ放すのが大好きなんだからさ」
「また言うの？」
　何となく険悪な雰囲気を察した明が割って入ろうとした。
「あれ？　ジェシル、この子、言葉分かるのかい？」
「そんな訳ないわ。わたし達の雰囲気を察したんじゃない？　きっと、相手の顔色を見ながら生活してるのね。だから、そう言うのに敏感なのよ」
「なるほどね……」
　殺伐とした雰囲気は消えたものの、二人して顔を向けられて、どうしていいのか分からない明だった。
「じゃあ、明君の勇気に免じて、記憶だけを消去しようか」
「ところがね、ガルウォッツォのバカ、吸血騒ぎを起こして、この国中で報道されちゃったのよ。だから、この子の記憶を消しても、意味が無いのよねぇ。しかも、ガルウォッツォのアホ、わたしの姿になって、この子の学校で先生までやってたのよ！」
「なんとまあ、やりたい放題じゃないか。……で、どうする？　こうなったら、本部に連絡して、この惑星ごと消してしまおうか」
「そうね、それが一番確実な方法なんだけど……」ジェシルは明を見る。「この子、ガルウォッツォを追いかけてここまで来たのよね」
「ほう、敵を知らないって言うのも勇気の源だな」
「……ねえ？」ジェシルはいきなり日本語で明に話しかけてきた。「明君は、どうしてヤツを追って、ここまで来たの？」
「え？」
　明は戸惑った。まさか、答え方一つでオレの命がどうにかなってしまうんだろうか？　不安になった明だった。しかし、腹を括ることにした。……ふん！　どうせオレはへっぽこさ！
「……オレの知り合いが襲われかけたんで、急に正義の血が湧き立ったんです。勇者の血が燃えたんです」
「正義と勇者か……」ジェシルはため息をついた。それからカルースに向き直った。明には分からない言葉をカルースに掛けた。「なんだか懐かし言葉だと思わない？」
「そうだな……」カルースも穏やかな顔で言った。「宇宙パトロールに入った時は、きっとそんな気持ちを持ってたんだと思うよ」
「未開の惑星の、こんな少年でも、そんな事を思うのね……」
「意外と未開じゃないかもな、地球ってさ……」
「じゃあ、そろそろ洗礼を与えても良いんじゃない？」
「洗礼って……　ジェシル、何を考えているんだ？」
「まあ、任せてよ」
「任せたぞ。オレは関係ないからな」
「何言ってんのよ！　協力はしてもらうわよ！」
「やっぱりそうなるのか……　そして、責任は六四か七三で、何故かオレが重くなるんだよな」
「あら、最近は九一じゃない？　とにかく、分かっているんなら、黙って協力して！」
「……はいはい……」
「と言うわけで」ジェシルは明に話しかけた。いたずらをしそうな目つきをしながら、にっこりと笑顔を向ける。「明君、君にも協力してもらうわ」
「……はい、分かりました……」明は答えた。他に言い様が無い。少なくとも命は助かったようだ。「オレに出来ることなら、何でもします……」
「あら、偉いじゃない！」ジェシルは笑いながら、明の肩に手を置いた。「わたしの相棒よりも使えるかもしれないわね！」
　明の心臓がどきんとし、頬が赤くなった。ジェシルはそんな様子に全く気が付いていない。


　つづく