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コーイチ物語 「秘密のノート」 53

2022年09月04日 | コーイチ物語 1 6) 引き出しの美女  
 闇の中に再び顔が現われた。
 今度はウインクはしていなかったが、にっこりと笑った顔が妙に可愛らしく見えた。
 コーイチは思わず微笑み返した。しかし、はっと我に返って真顔になり、手袋をはめた両手の平をぱふんと合わせた。
「一、二、三……」
 コーイチは正面の壁上方に掛けてある時計の秒針の動きを数え始めた。
「……十四、十五!」
 合わせた手をパッと離し、手の平を闇に浮かんだ笑顔に向けた。
 笑顔が消え、驚いた表情になった。しかし、すぐにまた笑顔になった。今度は可愛らしさよりもいたずらっぽいそれだった。
「うわっ!」
 コーイチが悲鳴を上げた。闇に向けた両手が何か得体の知れないものにつかまれ、ぐいっと引っ張られたのだ。肘までが急に闇の中へと吸い込まれる。
「清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん清水さん!」
 コーイチが必死で叫んだ。
「なあに?」
 清水がコーイチの方を見た。肘まで引き出しに突っ込んだコーイチが半泣きの顔をしている。
「おやぁ? なかなか器用な事をやってるな。何かのジョークかなぁ?」
 林谷がニタニタしながらコーイチを見た。
「こりゃあ、すごい手品だねぇ、腕を上げたねぇ、焦っちゃうねぇ」
 印旛沼が感心したように言う。
「そ、そんな事よりも助けてくださいよ! このままだと引き出しの中に引っ張られちゃいます!」
 コーイチは泣き声混じりで叫んだ。清水林谷印旛沼はやれやれと言った様子で椅子から立ち上がった。
 林谷がコーイチの後ろに立って腰に手を回し、よいこらしょと引っ張る。びくともしない。
「おや、こりゃあ念の入ったジョークかな?」
 林谷はのん気そうに言う。そこで、印旛沼が林谷の後ろに立って腰に手を回し、よいこらしょうんこらしょと二人がかりで引っ張る。それでもコーイチは抜けない。
「うーむ、真に迫った手品だねぇ……」
 印旛沼はしみじみと言う。
「これは強烈な呪いかもしれないわね。全力は尽くしてみるけど、少しは覚悟していてね」
 清水は言って、引き出しの闇に向かって何かを唱え始めた。
「みんな、何やってんだ?」
 他の課にあいさつに行っていた西川が戻って来て、引き出しに肘まで突っ込んでいるコーイチとその後ろにつながっている林谷と印旛沼、そして、引き出しに向かって何かやっている清水を見て、呆れたような声を出した。
「新課長! 引き出しの中に引き込まれるかも知れないんです!」
 コーイチは苦しそうに叫んだ。
「何度言わせるんだ! 仮課長だ!」
 西川は言った。

       つづく

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