海面が静まった。陽光が海面に乱れた姿を見せずに映っている。
山内一等海佐は「オチラ、モヘラ相討ちか、共に海中に没したまま出現せず」と本部に打電した。
各放送局の報道ヘリが競うように集まって来る。報道の自由を声高に唱えて、危険区域内進入禁止の指示を振り切ったのだろう。羽田空港ロビーでは多くの人が避難の足を止め、所々に置かれているテレビに映し出された、海上からの中継を観ていた。
中継のアナウンサーは黙していた。穏やかになった海面が映し出されているだけだった。中継を見た人々は、漠然とだが、モヘラの滅びを感じ取っていた。
しばらくすると、海面の一部が白く泡立ってくる様が映し出された。空港で中継を観ていた人々は悲鳴を上げた。ヘリからの映像が大きく揺れた。晴れ渡った空と泡立つ海面とが交互に映る。「逃げろ!」とヘリに乗っているアナウンサーの叫びも聞こえる。
海面の泡が盛り上がり、モヘラが顔を出した。甲高い声で鳴くと、羽根で海面を叩いて宙へ浮かび上がった。モヘラの全身から、海水が音を立てて滴り落ちた。オチラに噛まれた右羽根は大きく裂け、羽ばたきは弱々しかった。それでも何とか態勢を維持していた。モヘラは退却する報道ヘリ群のプロペラ音に気が付いた。頭をヘリに向ける。触角が揺れた。先端から光線が放たれた。ヘリの一機が爆発した。テレビ旭日の画面が一瞬暗くなり、スタジオの映像に切り替わった。他の局は離れた場所に移動し、更に中継を続けた。
燃え落ちるヘリの残骸を見てから、モヘラは頭を海面に向け、光線を放ち始めた。海面が光線を受けるたびに飛沫を高く上げた。
突如、モヘラの下の海面が大きく盛り上がった。それが弾けると同時に、青白い光線が飛び出した。光線はモヘラに向かった。モヘラは身を翻したが、羽根が裂けていたせいで、十分にかわせなかった。裂けている右羽根を光線は直撃した。羽根は燃え上がった。モヘラは幾度も甲高い声を発した。右羽根を燃やしながら、モヘラは海面に落ちた。周りに高い波が起こる。海水で羽根を燃やす炎は消えた。残った左羽根をしきりに動かすが、もはや飛ぶ事は出来なかった。
モヘラの頭のすぐ傍の海面が白く泡立ち、盛り上がった。そして、オチラが上半身を迫り上げながら出現した。赤黒い体液をその巨躯の至る所から流している。オチラは動きの弱まったモヘラの顔をじっと見降ろした。モヘラは口を開き、舌をオチラに向かって伸ばした。オチラは雄叫びを上げた。モヘラの舌の動きが止まった。
オチラの口中に光の粒が集まり始め、口中を満たした。と、その刹那、青白い光線がオチラの口から放たれた。光線はモヘラの頭部に命中した。モヘラの頭部は粉砕した。
頭を失って尚、左羽根が動いていた。しかし、その動きは次第に弱くなって行った。そして、海面を一つ大きく叩くと、その動きを止めた。動かなくなったモヘラはゆっくりと海中に沈み始めた。沈む際に海面に泡が立った。モヘラの姿が海中に没した。泡も消えた。オチラは雄叫びを上げた。
モヘラ堕つ、この報は瞬く間に世界を駆け巡った。
しかし、人々はその報を素直に喜べなかった。……オチラの恐怖が新たに始まる。誰もが思ったからだった。
羽田空港で奇妙な事が起こっていた。オチラに脅えて泣いていた幼い子供たちが、モヘラを倒し、雄叫びを上げるオチラを見て泣き止んだのだ。そして、口々に「オチラこわくないよ」と言い出した。空港に取材に来ていたテレビ局がこの様子を伝えた。女性リポーターが、一人の女の子に聞いた。「オチラ怖くないって、どういうこと?」「だって、オチラおこってないもん」「じゃあ、もう壊したりしないの?」「そうみたい」他の子供たちもその様に答えていた。
オチラは再び雄叫びを上げると、ゆっくりと海中に沈んで行った。
それ以降、オチラは姿を現わさなかった。幼い子供たちがオチラに感応し易い事に半信半疑だった大人たち(主に学者たち)も、徐々に信じるようになって行った。
数年が経ち、復興も進み、モヘラの傷跡も消えて行った。そして、モヘラの恐怖も、オチラの恐怖も、人々は忘れて行った。
人々は日々の生活に追われて行った。
だが、人類はモヘラ以上の危機が迫りつつあることに気が付いていなかった。
完
作者註:
何とか終わりまで辿り着けました。会話の少ない説明文的な文章はなかなか大変でした。色々と不具合箇所もありそうですが、最後までお付合い頂いた方々に、心から感謝致します。最後に思わせ振りな一文を載せていますが、こっそりと次のシリーズも考えているのです。ですが、しばしご猶予を願います。有難う御座いました。
山内一等海佐は「オチラ、モヘラ相討ちか、共に海中に没したまま出現せず」と本部に打電した。
各放送局の報道ヘリが競うように集まって来る。報道の自由を声高に唱えて、危険区域内進入禁止の指示を振り切ったのだろう。羽田空港ロビーでは多くの人が避難の足を止め、所々に置かれているテレビに映し出された、海上からの中継を観ていた。
中継のアナウンサーは黙していた。穏やかになった海面が映し出されているだけだった。中継を見た人々は、漠然とだが、モヘラの滅びを感じ取っていた。
しばらくすると、海面の一部が白く泡立ってくる様が映し出された。空港で中継を観ていた人々は悲鳴を上げた。ヘリからの映像が大きく揺れた。晴れ渡った空と泡立つ海面とが交互に映る。「逃げろ!」とヘリに乗っているアナウンサーの叫びも聞こえる。
海面の泡が盛り上がり、モヘラが顔を出した。甲高い声で鳴くと、羽根で海面を叩いて宙へ浮かび上がった。モヘラの全身から、海水が音を立てて滴り落ちた。オチラに噛まれた右羽根は大きく裂け、羽ばたきは弱々しかった。それでも何とか態勢を維持していた。モヘラは退却する報道ヘリ群のプロペラ音に気が付いた。頭をヘリに向ける。触角が揺れた。先端から光線が放たれた。ヘリの一機が爆発した。テレビ旭日の画面が一瞬暗くなり、スタジオの映像に切り替わった。他の局は離れた場所に移動し、更に中継を続けた。
燃え落ちるヘリの残骸を見てから、モヘラは頭を海面に向け、光線を放ち始めた。海面が光線を受けるたびに飛沫を高く上げた。
突如、モヘラの下の海面が大きく盛り上がった。それが弾けると同時に、青白い光線が飛び出した。光線はモヘラに向かった。モヘラは身を翻したが、羽根が裂けていたせいで、十分にかわせなかった。裂けている右羽根を光線は直撃した。羽根は燃え上がった。モヘラは幾度も甲高い声を発した。右羽根を燃やしながら、モヘラは海面に落ちた。周りに高い波が起こる。海水で羽根を燃やす炎は消えた。残った左羽根をしきりに動かすが、もはや飛ぶ事は出来なかった。
モヘラの頭のすぐ傍の海面が白く泡立ち、盛り上がった。そして、オチラが上半身を迫り上げながら出現した。赤黒い体液をその巨躯の至る所から流している。オチラは動きの弱まったモヘラの顔をじっと見降ろした。モヘラは口を開き、舌をオチラに向かって伸ばした。オチラは雄叫びを上げた。モヘラの舌の動きが止まった。
オチラの口中に光の粒が集まり始め、口中を満たした。と、その刹那、青白い光線がオチラの口から放たれた。光線はモヘラの頭部に命中した。モヘラの頭部は粉砕した。
頭を失って尚、左羽根が動いていた。しかし、その動きは次第に弱くなって行った。そして、海面を一つ大きく叩くと、その動きを止めた。動かなくなったモヘラはゆっくりと海中に沈み始めた。沈む際に海面に泡が立った。モヘラの姿が海中に没した。泡も消えた。オチラは雄叫びを上げた。
モヘラ堕つ、この報は瞬く間に世界を駆け巡った。
しかし、人々はその報を素直に喜べなかった。……オチラの恐怖が新たに始まる。誰もが思ったからだった。
羽田空港で奇妙な事が起こっていた。オチラに脅えて泣いていた幼い子供たちが、モヘラを倒し、雄叫びを上げるオチラを見て泣き止んだのだ。そして、口々に「オチラこわくないよ」と言い出した。空港に取材に来ていたテレビ局がこの様子を伝えた。女性リポーターが、一人の女の子に聞いた。「オチラ怖くないって、どういうこと?」「だって、オチラおこってないもん」「じゃあ、もう壊したりしないの?」「そうみたい」他の子供たちもその様に答えていた。
オチラは再び雄叫びを上げると、ゆっくりと海中に沈んで行った。
それ以降、オチラは姿を現わさなかった。幼い子供たちがオチラに感応し易い事に半信半疑だった大人たち(主に学者たち)も、徐々に信じるようになって行った。
数年が経ち、復興も進み、モヘラの傷跡も消えて行った。そして、モヘラの恐怖も、オチラの恐怖も、人々は忘れて行った。
人々は日々の生活に追われて行った。
だが、人類はモヘラ以上の危機が迫りつつあることに気が付いていなかった。
完
作者註:
何とか終わりまで辿り着けました。会話の少ない説明文的な文章はなかなか大変でした。色々と不具合箇所もありそうですが、最後までお付合い頂いた方々に、心から感謝致します。最後に思わせ振りな一文を載せていますが、こっそりと次のシリーズも考えているのです。ですが、しばしご猶予を願います。有難う御座いました。
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