アーロンテイシアはデスゴンと対峙する。互いに宙にあるが、堅固な地盤の上にいるかのようだ。
「……ふふふ……」デスゴンは陰湿な眼差しでアーロンテイシアを上から下へ下から上へと眺め回し、小馬鹿にしたように鼻で笑う。「アーロンテイシアよ、その依童、まだ日が浅い様だな」
「それがどうしたと言うのだ?」アーロンテイシアは平然と答え、両手を組み、ぼきぼきと指を鳴らす。「この者は依童は、われが依るよりも前から、すでに闘神のしての資質を持っていたのだ」
アーロンテイシアは好戦的なジェシルの気性を言っているのだ。アーロンテイシアの口の端が軽く吊り上る。
「デスゴンよ、お前の依童の見た目はそれ相応だが、闘気のようなものは感じないぞ。……まあ、はったり好きなお前には相応しいとは言えるだろうがな」
「アーロンテイシア、お前は何も分かってはいないな」デスゴンは呆れたとでも言うように仮面の顔を左右に振る。そして、声を張り上げた。「この依童がどうなろうが、あと少しで攻め込んで来るであろうダームフェリアの者どもがどうなろうが、われにはどうでも良い事! 混乱と破壊さえ楽しめれば、それだけで無上の悦びなのだ!」
デスゴンの言葉に長たちと民はざわめき出した。サロトメッカはすぐに自分の精鋭部隊を呼びに走った。その後ろ姿を見ながら、デールトッケは残りの長たちに声をかけた。カーデルウィックとハロンドッサはデールトッケの元へと向かった。ボンボテットはその場に両膝を突いて頭を抱えていた。村の長のドルウェンは慌て騒ぐ村の民を抑えようと声を上げている。
「民よ、静まれ!」
宙よりアーロンテイシアが声を張る。その凛として落ち着いた声に民は口をつぐみ、アーロンテイシアを見上げる。笑みを浮かべているアーロンテイシアは、一人一人の顔を見回している。安堵の空気が民の上に広がった。
「デスゴンのはったりに惑わされてはならぬ!」アーロンテイシアが力強く言う。「ダームフェリアの民は動いてはおらぬ!」
「……畏れながら……」弱々しい声を発したのはボンボテットだった。「ならば、何故にサロトメッカを止めなかったのです? あやつは自分の兵を呼びに走ったのですぞ。それを止めなんだは、やはりダームフェリアの者たちが近付いている証しでは……」
「ははは、その通りだぞ、ボンボテット!」デスゴンが仮面の顔を、今にも泣き出しそうなボンボテットに向ける。「はったりをかましているのは、アーロンテイシアの方だ。依童の日が浅いので、まだ十分にアーロンテイシアになり切れていないのだ。そのせいでお前たちに無用な慰めを言っているのだ」
デスゴンの言葉に民は再び動揺し、口々に叫び始めた。
石を拾ってアーロンテイシアに投げつけようとした男がいた。ケルパムがその男の腕にしがみついて阻止しようとした。しかし、男は軽々とケルパムを地面に振り払った。ケルパムは悲鳴を上げた。他の民もそれぞれが石を拾った。口々に罵りの言葉を発しながら、石はアーロンテイシア目がけて飛んだ。
アーロンテイシアは飛んでくる石を一睨みした。と、石は宙で止まった。呆然とした民の動きも止まった。アーロンテイシアから笑みが消え。怒りの表情になっていた。
「皆の者よ!」最長老のデールトッケが声を張る。「アーロンテイシア様になんと言う不敬な事を! 最早われらは見捨てられたも同然じゃ!」
「左様……」知恵者のハロンドッサは大きくうなずく。「今止まっているあれらの石礫は、全てわれらの元に降り注ぐであろう。アーロンテイシア様の怒りを宿してな」
民は悲鳴を上げた。皆は膝を突き、頭を下げ両手の平を上に向けた。
「愚か者どもが!」デールトッケは忌々しそうに言う。「今さら遅いわい! ベランデューヌは終いじゃ!」
「あはははは!」デスゴンの高笑いが響く。「自ら混乱と破滅を導くとは、手間が省けたぞ。……さあ、アーロンテイシア、その怒りを愚かな民に注げ! 仕上げはわれがしてくれよう」
アーロンテイシアは右腕を振り上げた。浮いたままの石が小刻みに震え出した。アーロンテイシアは地上を見下ろす。頭を下げている民の中にあってデールトッケとハロンドッサだけはアーロンテイシアを見上げている。
「……愚かな……」アーロンテイシアはつぶやく。「何と言う愚かさだ……」
「そうだ、所詮民など救うに値しない」デスゴンは楽しそうな声で言う。「さあ、早く石を打ち付けてやれ!」
「そうだな……」
アーロンテイシアは振り上げていた右腕をデスゴンに向かって力強く振った。石はデスゴンに向かって勢いよく飛んだ。
つづく
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