翌朝の登校時間、いつものように、くるみの出現を警戒しながら歩いている明だった。しかし今日は、いつも「へっぴり明!」と呼びかけながら飛び出してくる通りに、くるみの姿は無かった。……今日は休みか? そう思ってほっとした途端、「お~い、へっぴり明!」と、背後から声をかけられた。明はびっくりして悲鳴を上げて飛び上がった。
「あはははは! 作戦成功!」くるみは涙を流して笑っている。「いつも同じ所から現われるとは限らないのよ!」
「ふざけんなよ!」明は怒るが、悲鳴を上げてしまった手前、今一つ迫力が出ない。「お前、こんな事して楽しいのかよ!」
「うん、楽しい」くるみは屈託なく答えた。「明日はどうやろうかなぁ……」
「お前、いい加減にし……」
「ところでさ」くるみは明をさえぎって話し出す。今度は不安そうな表情だ。「あの話、どう思う?」
「あの話……?」
明には見当がつかない。くるみがじれったそうな顔をする。
「あ~ん、もうっ! もう少しニュースやら新聞やらで世間を知る努力をしてよね!」
何時も、朝はぎりぎりまで寝ていて、夜はぎりぎりまで遊んでいる明には耳が痛い。
「でもよう、何で朝から笑われたり、怒られたりしなきゃなんないんだよう!」
「何、悪態ついてんのよ? 凄んだってちっとも怖くないわよ。悲鳴を上げたくせしてさ」
くるみは明の態度を鼻で笑う。明はあきらめたように、ため息をついた。二人は並んで歩き出す。
「……で、何があったんだ?」
「松葉公園の野良猫事件よ」
「松葉公園って、あそこの?」
「そう、明が小さい頃ジャングルジムに昇って降りられなくなった、あの公園よ」
くるみは意地悪な眼差しをする。明の脳裏に、ジャングルジムのてっぺんでびいびい泣いていた、小さい頃の自分が浮かぶ。明は頭を振ってその忌まわしい過去を飛ばした。
「……で、その公園で、何があったんだ?」
「あの公園に何匹も野良猫がいたじゃない?」
「そうなんだ。最近行ってないから知らなかったよ」
「ホント、世間知らずねぇ……」くるみが、わざとらしく大きなため息をつく。「友達いるの? 学校と家との往復だけしてんじゃないの?」
「大きなお世話だよ!」
「ま、いいわ。……で、その公園の野良猫が、何匹か死んじゃってたのよ」
「え……」
記事によると、昨夜遅く、会社員の女性が、いつものように公園の野良猫に餌をやろうと行ってみたら(それって問題行為じゃないのかと明はくるみの話を聞きながら思った)、猫たちの死骸数匹が、公園の芝生の中に積まれていたのだそうだ。その女性は警察に通報した。
「そりゃ、近所の誰かが、ネコウルセエ!って思って、殺しちゃったんだよ」
「そう言うと思った!」くるみは勝ち誇ったように言った。「でも、そうじゃないのよね」
くるみは立ち止まり、明の前に回る。思わせ振りに、にやにやしている。
「何だよう!」明は見上げて来るくるみに悪態をつく。「早く言えよ」
「猫たちねぇ……」くるみは真顔になって続けた。「体内の血が無くなっていたんだって。しかも、首筋に傷が付いていたんだって……」
「はぁ?」明は驚いた顔のままで固まる。「……それじゃ、まるで……」
「まるで?」くるみが詰め寄る。「まるで、何よ?」
「……吸血鬼…… みたいだ……」
明は恥かしそうに小声で言った。言った瞬間、「あはははは! 出た出た、オカルト、SF大好き、ヒーロー願望のへっぴり明! あなたなんかに退治出来るわけないじゃない! ぎゃあぎゃあ泣きわめいて逃げ出すのがオチだわ!」とか、「本当にそう思っているわけぇ? 吸血鬼なんていると思ってんだ! 何時までお子ちゃまでいるつもりなのよ!」とか、くるみの罵声が返ってくることを覚悟した。……くそっ! 言わせたのはくるみじゃないか! 明はくるみを憎々しげに見た。
しかし、くるみは腕組みして考え込んでいる。
「吸血鬼か…… 確かに言えるわよね……」
「あれ? 馬鹿にしないの?」
「え? 何を?」
「ほら、オレが吸血鬼なんて言ったから、『ヒーロー願望、退治なんて出来ないくせに』とか言うのかと思って……」
「言って欲しいの?」
「いや、欲しくない……」
二人は歩き出した。
学校でも猫事件は結構話題になっていた。何人かが吸血鬼の仕業だと話していた。自分だけじゃなかったと、ほっとする明だった。
昨日は美人教諭赴任で騒然となり、今日は公園の猫事件で騒然となる。とかく中学生は賑やかだ。
つづく
「あはははは! 作戦成功!」くるみは涙を流して笑っている。「いつも同じ所から現われるとは限らないのよ!」
「ふざけんなよ!」明は怒るが、悲鳴を上げてしまった手前、今一つ迫力が出ない。「お前、こんな事して楽しいのかよ!」
「うん、楽しい」くるみは屈託なく答えた。「明日はどうやろうかなぁ……」
「お前、いい加減にし……」
「ところでさ」くるみは明をさえぎって話し出す。今度は不安そうな表情だ。「あの話、どう思う?」
「あの話……?」
明には見当がつかない。くるみがじれったそうな顔をする。
「あ~ん、もうっ! もう少しニュースやら新聞やらで世間を知る努力をしてよね!」
何時も、朝はぎりぎりまで寝ていて、夜はぎりぎりまで遊んでいる明には耳が痛い。
「でもよう、何で朝から笑われたり、怒られたりしなきゃなんないんだよう!」
「何、悪態ついてんのよ? 凄んだってちっとも怖くないわよ。悲鳴を上げたくせしてさ」
くるみは明の態度を鼻で笑う。明はあきらめたように、ため息をついた。二人は並んで歩き出す。
「……で、何があったんだ?」
「松葉公園の野良猫事件よ」
「松葉公園って、あそこの?」
「そう、明が小さい頃ジャングルジムに昇って降りられなくなった、あの公園よ」
くるみは意地悪な眼差しをする。明の脳裏に、ジャングルジムのてっぺんでびいびい泣いていた、小さい頃の自分が浮かぶ。明は頭を振ってその忌まわしい過去を飛ばした。
「……で、その公園で、何があったんだ?」
「あの公園に何匹も野良猫がいたじゃない?」
「そうなんだ。最近行ってないから知らなかったよ」
「ホント、世間知らずねぇ……」くるみが、わざとらしく大きなため息をつく。「友達いるの? 学校と家との往復だけしてんじゃないの?」
「大きなお世話だよ!」
「ま、いいわ。……で、その公園の野良猫が、何匹か死んじゃってたのよ」
「え……」
記事によると、昨夜遅く、会社員の女性が、いつものように公園の野良猫に餌をやろうと行ってみたら(それって問題行為じゃないのかと明はくるみの話を聞きながら思った)、猫たちの死骸数匹が、公園の芝生の中に積まれていたのだそうだ。その女性は警察に通報した。
「そりゃ、近所の誰かが、ネコウルセエ!って思って、殺しちゃったんだよ」
「そう言うと思った!」くるみは勝ち誇ったように言った。「でも、そうじゃないのよね」
くるみは立ち止まり、明の前に回る。思わせ振りに、にやにやしている。
「何だよう!」明は見上げて来るくるみに悪態をつく。「早く言えよ」
「猫たちねぇ……」くるみは真顔になって続けた。「体内の血が無くなっていたんだって。しかも、首筋に傷が付いていたんだって……」
「はぁ?」明は驚いた顔のままで固まる。「……それじゃ、まるで……」
「まるで?」くるみが詰め寄る。「まるで、何よ?」
「……吸血鬼…… みたいだ……」
明は恥かしそうに小声で言った。言った瞬間、「あはははは! 出た出た、オカルト、SF大好き、ヒーロー願望のへっぴり明! あなたなんかに退治出来るわけないじゃない! ぎゃあぎゃあ泣きわめいて逃げ出すのがオチだわ!」とか、「本当にそう思っているわけぇ? 吸血鬼なんていると思ってんだ! 何時までお子ちゃまでいるつもりなのよ!」とか、くるみの罵声が返ってくることを覚悟した。……くそっ! 言わせたのはくるみじゃないか! 明はくるみを憎々しげに見た。
しかし、くるみは腕組みして考え込んでいる。
「吸血鬼か…… 確かに言えるわよね……」
「あれ? 馬鹿にしないの?」
「え? 何を?」
「ほら、オレが吸血鬼なんて言ったから、『ヒーロー願望、退治なんて出来ないくせに』とか言うのかと思って……」
「言って欲しいの?」
「いや、欲しくない……」
二人は歩き出した。
学校でも猫事件は結構話題になっていた。何人かが吸血鬼の仕業だと話していた。自分だけじゃなかったと、ほっとする明だった。
昨日は美人教諭赴任で騒然となり、今日は公園の猫事件で騒然となる。とかく中学生は賑やかだ。
つづく
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