しばらくすると、コーイチが、階下に連れ下ろした三人の部下達と共に昇ってきた。コーイチは喚き疲れてしまったのか、黙ったままアツコを見ている。
「あら、大人しくなっちゃったのね」アツコは鼻で笑う。「疲れちゃったのかしら? やっぱりオジサンね」
「なんだって!」コーイチはむっとして言い返す。「そりゃあ、君よりは年上だけどさ、それほど変わらないじゃないか! 今に君だってオバサンになっちゃうんだぞ!」
「……みんな、下がっていいわよ」
アツコはコーイチの文句を無視して、部下三人に飛び切りの笑顔を向けた。部下三人はそろって顔を赤くし、照れ笑いを浮かべながら階段を降りて行った。三人の足音が聞こえなくなると、すぐにむすっとした表情になって冷たい眼差しでコーイチを見た。
「な、何だよ!」コーイチは言う。「ボクには笑顔の一つも見せてくれないのかい?」
「当たり前じゃない!」……この人を前にすると、なぜか攻撃的になっちゃうわね。アツコは思った。でも、何となく楽しい。「単なるコーイチ、ダメコーイチには、もったいないわ!」
「そこまで言うのかい!」
「あ、間違えたわ! ダメコーイチじゃなくて、ダメダメダメダメコーイチだったわ!」
ここまで言われて、コーイチもむすっとした顔になった。その顔でアツコをにらみ付ける。アツコはにやにやしている。
「どう? ここまで言われたら飛び掛かってくればいいじゃない?」アツコは挑発する。「そんなことしても、わたしの『烈風庵空手』の前じゃ無意味だけどね」
「ふん! どんなに憎々しく思ったって、ボクは女の人には手は上げないよ!」コーイチは言う。「それが男の矜持だよ!」
「……な~に、時代遅れな事を言ってんのよ!」
アツコの時代には男女平等が当然になっていた。男だから、女だからという「甘え」とも取れる考えは、すでに無くなっていた。それなので、コーイチの言葉はアツコには過去の化石と言うか、遺物と言うかくらいのものだった。だが、「男の矜持」と言う言葉に少なからず心が反応したのも事実だった。
「どうしたんだい?」コーイチは急に黙り込んでしまったアツコを心配そうに見ている。「……ボク、何か変な事でも言った?」
「……別に……」アツコは冷たい口調で言う。ちょっとわざとらしさが漂う。「……それよりも、言っておきたいことがあるから呼んだのよ」
「文句を言うために呼んだんじゃなかったんだ」
「当たり前じゃない!」アツコはむっとしたが、こほんと空咳を一つして、何とか自制した。「……実はね、あなたが単なるコーイチだって知っているのは、わたしだけなの。他の連中は、あなたを偉大なコーイチだと信じているわ」
「じゃあ、それを訂正してくれよ。リーダーなら一言『これは単なるコーイチで、ダメダメダメダメコーイチだ』って言えばいいだろ?」
「……根に持つのね……」アツコはまたむっとした顔になるが、すぐに元に戻した。「……とにかく、色々とあって、あなたが単なるコーイチだって言えなくなっちゃったのよ」
「色々ねぇ……」コーイチはため息をつく。「それで、どうするつもりなんだい? 君の口から言えないんだったら、ボクが直接みんなに言っても良いけど?」
「それはダメよ!」アツコは強く言う。「それだけは…… 絶対に、ダメ……」
急に弱々しい態度になったアツコをコーイチは不思議そうに見ていが、やがて、大きくうなずいた。
「分かったよ。ボクは何も言わないよ」コーイチは優しく言う。アツコは疑るようにコーイチを見る。「大丈夫だよ。ボクは困っている女性に追い打ちをかけるような、男のクズにはなりたくないからさ」
「ふん!」アツコは鼻を鳴らす。「男のクズだなんて、それも時代遅れの言葉だわ!」
アツコはそう言ってくるりとコーイチに背中を向けた。「男の矜持」と同様に「男のクズ」という言葉にも、アツコの心は反応した。……この反応って何? アツコは自問する。「男」を意識してしまう。そして、今まで感じたことのない気持ちになっている。……何と言うか、にまにましちゃって、顔が赤くなっちゃって、もじもじしちゃいそうで…… アツコはそう思いながら、コーイチへと振り返る。さっきまでは頼りなさそうな、単なるダメダメダメダメコーイチだったのが、全くの別人に見えた。コーイチと視線が合うと、どきっとしてしまい、あわてて視線を逸らせてしまう。……何? 何なのよう! こんな気持ち初めてよう! どうしちゃったのよ、わたし? でも、でも…… アツコはとろんと緩んでしまそうになるのを、奥歯を噛みしめて耐えていた。
と、その時、階段を昇って来る音がした。タロウが姿を現わした。
「タロウ!」アツコは怒鳴った。「何してんのよ! コーイチとはわたしが話すって言ったでしょ!」
「おいおい、そんなに怒るなよ」タロウはにやにやしている。「オレとお前の仲じゃないかよ」
「仲って……」アツコはちらっとコーイチを見た。コーイチはぼうっとした表情でタロウを見ている。「わたしとあなたは、リーダーと側近ってだけじゃない!」
「ははは、照れるなよ」タロウは笑った。「実はさ、タイムマシンの事、どうしても直接、偉大なコーイチに聞きたくってさ、我慢が出来なかったんだ」
つづく
「あら、大人しくなっちゃったのね」アツコは鼻で笑う。「疲れちゃったのかしら? やっぱりオジサンね」
「なんだって!」コーイチはむっとして言い返す。「そりゃあ、君よりは年上だけどさ、それほど変わらないじゃないか! 今に君だってオバサンになっちゃうんだぞ!」
「……みんな、下がっていいわよ」
アツコはコーイチの文句を無視して、部下三人に飛び切りの笑顔を向けた。部下三人はそろって顔を赤くし、照れ笑いを浮かべながら階段を降りて行った。三人の足音が聞こえなくなると、すぐにむすっとした表情になって冷たい眼差しでコーイチを見た。
「な、何だよ!」コーイチは言う。「ボクには笑顔の一つも見せてくれないのかい?」
「当たり前じゃない!」……この人を前にすると、なぜか攻撃的になっちゃうわね。アツコは思った。でも、何となく楽しい。「単なるコーイチ、ダメコーイチには、もったいないわ!」
「そこまで言うのかい!」
「あ、間違えたわ! ダメコーイチじゃなくて、ダメダメダメダメコーイチだったわ!」
ここまで言われて、コーイチもむすっとした顔になった。その顔でアツコをにらみ付ける。アツコはにやにやしている。
「どう? ここまで言われたら飛び掛かってくればいいじゃない?」アツコは挑発する。「そんなことしても、わたしの『烈風庵空手』の前じゃ無意味だけどね」
「ふん! どんなに憎々しく思ったって、ボクは女の人には手は上げないよ!」コーイチは言う。「それが男の矜持だよ!」
「……な~に、時代遅れな事を言ってんのよ!」
アツコの時代には男女平等が当然になっていた。男だから、女だからという「甘え」とも取れる考えは、すでに無くなっていた。それなので、コーイチの言葉はアツコには過去の化石と言うか、遺物と言うかくらいのものだった。だが、「男の矜持」と言う言葉に少なからず心が反応したのも事実だった。
「どうしたんだい?」コーイチは急に黙り込んでしまったアツコを心配そうに見ている。「……ボク、何か変な事でも言った?」
「……別に……」アツコは冷たい口調で言う。ちょっとわざとらしさが漂う。「……それよりも、言っておきたいことがあるから呼んだのよ」
「文句を言うために呼んだんじゃなかったんだ」
「当たり前じゃない!」アツコはむっとしたが、こほんと空咳を一つして、何とか自制した。「……実はね、あなたが単なるコーイチだって知っているのは、わたしだけなの。他の連中は、あなたを偉大なコーイチだと信じているわ」
「じゃあ、それを訂正してくれよ。リーダーなら一言『これは単なるコーイチで、ダメダメダメダメコーイチだ』って言えばいいだろ?」
「……根に持つのね……」アツコはまたむっとした顔になるが、すぐに元に戻した。「……とにかく、色々とあって、あなたが単なるコーイチだって言えなくなっちゃったのよ」
「色々ねぇ……」コーイチはため息をつく。「それで、どうするつもりなんだい? 君の口から言えないんだったら、ボクが直接みんなに言っても良いけど?」
「それはダメよ!」アツコは強く言う。「それだけは…… 絶対に、ダメ……」
急に弱々しい態度になったアツコをコーイチは不思議そうに見ていが、やがて、大きくうなずいた。
「分かったよ。ボクは何も言わないよ」コーイチは優しく言う。アツコは疑るようにコーイチを見る。「大丈夫だよ。ボクは困っている女性に追い打ちをかけるような、男のクズにはなりたくないからさ」
「ふん!」アツコは鼻を鳴らす。「男のクズだなんて、それも時代遅れの言葉だわ!」
アツコはそう言ってくるりとコーイチに背中を向けた。「男の矜持」と同様に「男のクズ」という言葉にも、アツコの心は反応した。……この反応って何? アツコは自問する。「男」を意識してしまう。そして、今まで感じたことのない気持ちになっている。……何と言うか、にまにましちゃって、顔が赤くなっちゃって、もじもじしちゃいそうで…… アツコはそう思いながら、コーイチへと振り返る。さっきまでは頼りなさそうな、単なるダメダメダメダメコーイチだったのが、全くの別人に見えた。コーイチと視線が合うと、どきっとしてしまい、あわてて視線を逸らせてしまう。……何? 何なのよう! こんな気持ち初めてよう! どうしちゃったのよ、わたし? でも、でも…… アツコはとろんと緩んでしまそうになるのを、奥歯を噛みしめて耐えていた。
と、その時、階段を昇って来る音がした。タロウが姿を現わした。
「タロウ!」アツコは怒鳴った。「何してんのよ! コーイチとはわたしが話すって言ったでしょ!」
「おいおい、そんなに怒るなよ」タロウはにやにやしている。「オレとお前の仲じゃないかよ」
「仲って……」アツコはちらっとコーイチを見た。コーイチはぼうっとした表情でタロウを見ている。「わたしとあなたは、リーダーと側近ってだけじゃない!」
「ははは、照れるなよ」タロウは笑った。「実はさ、タイムマシンの事、どうしても直接、偉大なコーイチに聞きたくってさ、我慢が出来なかったんだ」
つづく
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