お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

士師 オテニエル 1

2019年09月10日 | 士師のお話

(士師記 1章から3章8節までをご参照ください)


「あんた、どうしたもんだろうねぇ……」
 昼前の畑仕事を終えて戻ってきた夫の昼食を用意しながら妻が嘆息した。
「どうもこうもないだろう」夫は吐き捨てるように言った。「我がイスラエルの神ヤハウェに背いているんだからな」
「どうしてこうなっちまったんだろうねぇ……」妻は出来立ての煮豆を大きな木の器に盛りながらなめ息をつく。「死んだ父さんがこの事を知ったら、どうするだろうねぇ……」
「今の軟弱共が打ち滅ぼされるだろうな」
「だよねぇ……」
 夫の名はオテニエル、妻はアクサと言った。死んだ父とはカレブの事だった。
 カレブは、モーセの頃、神から与えられると約束された地であるカナンを、十二人の斥候の一人として四十日にわたり下見に加わった。また、八十五歳でカナンの地に入ってからは、巨人アナキム人の保持していた都市ヘブロンと近くのデビルを含むその周囲の領地を割り当てられ、これを攻め獲った。年老いても尚、勇猛果敢であるとともに信仰の厚い人だった。
 さて、デビルを攻め獲る際、カレブは「だれでもデビルを討ってこれを攻略した者には必ずわたしの娘アクサを妻として与えよう」と言明した。カレブの甥オテニエルがそれを果たし、アクサを妻にした。カレブは婚礼のための贈り物として、南のほうの一つの土地のほかに、グロト・マイム(水の豊かな地)を与えた。
 二人はその土地で農耕をしながら暮らしていた。
 オテニエルもアクサも、周りの多くの部族が、攻め滅ぼすよう神から言われたカナン人たちを残した事を苦々しく思っていた。さらに、戦さ漬けの日々はすっかり過去のものとなり、戦さを知らない世代が中心となるにつれ、残されているカナン人たちの慣行を嬉々として受け入れている様も腹立たしく感じていた。
「神から警告を下されたにもかかわらず、今のヤツらはバアルだアシタロテだと異教の神々を崇めて喜んでいやがる!」
「自分たちの娘をカナン人に嫁がせたり、カナン人の娘を娶ったりしてるしねぇ……」
「神はお怒りだ。メソポタミアの王のクシャン・リシュアタイムに支配されて当然だ」
 その時、入口の戸が勢いよく開けられた。
「我々はクシャン・リシュアタイム王の兵である!」
 防具と武具を身につけた男が二人そう怒鳴り、低い戸を頭を下げながら、くぐって入ってきた。そして、顔を上げて夫婦を見たとたん動きが止まった。
 アクサは、猛者カレブの娘だけあって大柄だった。兵たちを睨み付けながら組んだ腕は、兵たちとそう変わりない。二の腕に見える力こぶはぴくぴくと動いている。
 オテニエルは、歴戦の戦士だけあって、兵たちよりは年上だったが、その筋骨隆々たる様は、比べ物にならなかった。オテニエルは煮豆の入った器を取り上げ、無言のまま手を突っ込んで食べ始めた。しかし、その眼光は鋭く、二人の兵を捉えていた。
「……き、聞いているのか!」兵の一人が上ずった声で叫んだ。「クシャン・リシュアタイム王の兵だぞ! 平伏しろ!」
 オテニエルもアクサも無言のまま立っていた。オテニエルの手と口だけが動いている。
「おい……」もう一人の兵が叫んだ兵の肩を掴む。声が震えている。「き、きっとこいつらは、耳が聞こえんのだ。怒鳴るだけ無駄だろう……」
「そ、そうだな」額を流れる汗を手の甲でぬぐいながら答える。「仕方ない、引き上げるとするか…… 今日の所はこれで勘弁してやる!」
 つまらない捨て台詞を残して、兵たちはそそくさと出て行った。
「……あんなのに支配されてんのか、情けない……」オテニエルは呆れた顔をして煮豆に手を伸ばした。「クシャン・リシュアタイムには二重の悪のクシュ人とかいう意味があるらしいが、あんなのが兵隊じゃ、たかが知れてるな」
「あんた……」アクサが低い声で言った。「その煮豆、あたしの分も入ってんだけどね」
 オテニエルの手が、びくっとなって止まった。
 
 
 つづく

作者註:これは聖書「士師記」を基にしたフィクションです。お気軽にお楽しみくださいませ。

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