力の加減が出来ない京子に思い切り押し出されたコーイチは、もはや自分を止めることはできなかった。足が勝手に走り出していた。思わず目を閉じる。
魔法が失敗しても、そんなにステージは高くないし、ふかふかじゅうたんを敷き詰めているし、落っこちても怪我はしないだろう。さらに、「いやいやいやいや、まいったなあ」なんて言っておけば、ボクが笑われるだけで済む。魔女だとバレないし、その後であのノートを返せば終了だ。世は全て氷菓子、何事もなく終わるだろう。さよならするのは辛いけど…… それにしても、こんなにステージって奥行きあったっけ?
コーイチは目を開けた。目の前には果物をあふれ出さんばかりに盛った大きな皿があった。果物一つ一つも通常のものより相当大きい。……なんだ! 何がどうなっているんだ!
「よっ、コーイチ!」
名護瀬の声だ。しかし、声は下から聞こえる。コーイチは反射的に下を見た。自分を見上げている顔、顔、顔。口々の歓声を上げている。前を見た。果物は壁の高い所に飾られている油絵だった。
そうか、そうなんだ! 飛んでいる! ボクは空を飛んでいるんだ! いや、正確には、飛ばされているんだよな。……もうどっちでも良いや!
壁にぎりぎりまで近付き、それから、引き戻されるように後退した。風を切る音が耳元を通り過ぎる。気が付くと、ステージ後方に立っていた。
拍手と歓声とが同時に興った。耳が痛いほどだ。コーイチはぎごちなく頭を下げた。
「これはこれはこれはこれは! なんとも凄い事が起きました!」
林谷が興奮した口調で叫んだ。場内が再び湧いた。
「一体、どうやったんでしょうか?」
林谷は京子に聞いた。京子はにこにこしながらマイクの前に立った。
「どうやったか、ですって?」
京子は右手人差し指をピンと立てた。魔法を使うのか! コーイチはあわててステージ後方から京子に駆け寄った。
「それは、企業秘密!」
そう言うと、京子はさっと身を翻してコーイチをかわし、そのまま駆け抜けたコーイチの背中を強く押した。勢いに勢いをつけられたコーイチはステージから飛び出した。
歓声が下の方で湧いた。また飛んでいる。今度はぐるりと円を描いている。四方の壁の油絵が目の前に見えている。風が全身に当たっている。飛ばされているのに、自分の意志で飛んでいるような気分になっている。
コーイチは、指先を伸ばした両手を、後方に向けてやや左右に開き、左足をつま先までしっかり伸ばし、そのふくらはぎに右足の甲を乗せたポーズで飛んでいる。
「こりゃあ…… 最高の気分だ!」
コーイチは思わず声を出した。
「どう? 気持ちいいでしょ? 初めてにしちゃ、上出来よね!」
京子の声がした。コーイチは驚いてきょろきょろと見回すと、京子がにっこりと微笑みながら後ろを飛んでいた。
「皆様、ご覧下さい! 二人仲良く飛んでいます!」
林谷の興奮しきったアナウンスが場内いっぱいに流れていた。
つづく
魔法が失敗しても、そんなにステージは高くないし、ふかふかじゅうたんを敷き詰めているし、落っこちても怪我はしないだろう。さらに、「いやいやいやいや、まいったなあ」なんて言っておけば、ボクが笑われるだけで済む。魔女だとバレないし、その後であのノートを返せば終了だ。世は全て氷菓子、何事もなく終わるだろう。さよならするのは辛いけど…… それにしても、こんなにステージって奥行きあったっけ?
コーイチは目を開けた。目の前には果物をあふれ出さんばかりに盛った大きな皿があった。果物一つ一つも通常のものより相当大きい。……なんだ! 何がどうなっているんだ!
「よっ、コーイチ!」
名護瀬の声だ。しかし、声は下から聞こえる。コーイチは反射的に下を見た。自分を見上げている顔、顔、顔。口々の歓声を上げている。前を見た。果物は壁の高い所に飾られている油絵だった。
そうか、そうなんだ! 飛んでいる! ボクは空を飛んでいるんだ! いや、正確には、飛ばされているんだよな。……もうどっちでも良いや!
壁にぎりぎりまで近付き、それから、引き戻されるように後退した。風を切る音が耳元を通り過ぎる。気が付くと、ステージ後方に立っていた。
拍手と歓声とが同時に興った。耳が痛いほどだ。コーイチはぎごちなく頭を下げた。
「これはこれはこれはこれは! なんとも凄い事が起きました!」
林谷が興奮した口調で叫んだ。場内が再び湧いた。
「一体、どうやったんでしょうか?」
林谷は京子に聞いた。京子はにこにこしながらマイクの前に立った。
「どうやったか、ですって?」
京子は右手人差し指をピンと立てた。魔法を使うのか! コーイチはあわててステージ後方から京子に駆け寄った。
「それは、企業秘密!」
そう言うと、京子はさっと身を翻してコーイチをかわし、そのまま駆け抜けたコーイチの背中を強く押した。勢いに勢いをつけられたコーイチはステージから飛び出した。
歓声が下の方で湧いた。また飛んでいる。今度はぐるりと円を描いている。四方の壁の油絵が目の前に見えている。風が全身に当たっている。飛ばされているのに、自分の意志で飛んでいるような気分になっている。
コーイチは、指先を伸ばした両手を、後方に向けてやや左右に開き、左足をつま先までしっかり伸ばし、そのふくらはぎに右足の甲を乗せたポーズで飛んでいる。
「こりゃあ…… 最高の気分だ!」
コーイチは思わず声を出した。
「どう? 気持ちいいでしょ? 初めてにしちゃ、上出来よね!」
京子の声がした。コーイチは驚いてきょろきょろと見回すと、京子がにっこりと微笑みながら後ろを飛んでいた。
「皆様、ご覧下さい! 二人仲良く飛んでいます!」
林谷の興奮しきったアナウンスが場内いっぱいに流れていた。
つづく
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