「パスポートですか? それなら、つい最近、パリへ行ったので持っています」
岡島は社長に向かって、はきはきと答えた。好印象を与えようと必死だな、ま、がんばってくれ、コーイチは思った。
「パスポートあるんだね? じゃ、ちょっと外国へ行っちゃってよ」
社長が言う。岡島は大きくうなずいてから聞いた。
「社長、外国と言っても、どこの国へ行くんですか?」
「それは、Youが決める事だよ」
「え? どう言う事ですか……」
岡島は社長や重役たちを見た。重役の一人が軽く咳払いをして言った。
「君は、社員でいながら会社を批判するような事を言っていたそうだね」
別の重役が続けた。
「同僚の悪口を――聞くところによると、作り話が多いようだね――誰彼構わずするそうじゃないか」
別の重役も言った。
「自分は何か特別だと思い込んでいるようだ。以前はともかく、今はどう評価されているか分かっているのかね」
「まあまあまあ」社長が重役たちを両手で制した。それから岡島の方を向いた。「そんなわけで、You、世界を乱舞して来てね」
「は、はあ……」
岡島があいまいな感じで答えた。
「まあ、良かったじゃないの」清水が言った。「岡島君、念願の世界乱舞よ! しっかりね!」
清水さん、本気で喜んでいるわけじゃなさそうだな。
「うん、良かった良かった」林谷が言った。「色々と普段から言っている事の総決算が出たって感じだね。がんばれよ! ……って、何をがんばるのかは、今一つ分かんないけどね」
林谷さん、言外に微妙なニュアンスがにじみ出てるんだよなぁ……
「今まで培ったものを最大限に生かすんだぞ!」西川が言った。「ただし、即興はいかん。あれはおふざけのし過ぎ、お遊びのし過ぎだ」
西川課長、好い加減なものが嫌いだからな。
「本当に良かったわ! もちろん、わたしたちが、だけど」
逸子が弾んだ声で言って、京子と顔を合わせ「ねぇ~!」と声をそろえた。
「岡島君……」静世がぽつりと言った。「外国へ行っちゃうと、コーイチ君より格上って言う姿がもう見られなくなるのね。残念ね……」
「しゃ、社長!」岡島が必死の声を出した。「私一人で行くんですか? コーイチが一緒じゃダメですか?」
「Why?」社長は不思議そうに聞き返した。「コーイチ君は批判も悪口も特別視もしてないよ。Youと一緒にする理由はないようだね」
岡島は見るからに不安そうな、青ざめた顔になっていた。……どうした、岡島、いつもの上から目線と自信に満ちあふれた姿を取り戻すんだ。それとも、今までの態度って、会社に居続けられるから出来たのか? それじゃ、あまりに情けないだろう…… コーイチは思った。
「とにかくね、明日発ってみようか。行く国は決めた?」
社長がのん気そうに言った。
「……フランスかアフリカにでも……」
「OK、じゃ、アフリカね」
「社長」重役の一人が言った。「アフリカは国名ではありませんが……」
岡島! しっかりしろ! コーイチは心底思った。
と、その時、場内がどよめいた。
コーイチが見ると、出入り口のドアが開いて、黒スーツを着込んだごつい男たちに取り囲まれた、小柄な和服の婦人が入って来るところだった。
つづく
岡島は社長に向かって、はきはきと答えた。好印象を与えようと必死だな、ま、がんばってくれ、コーイチは思った。
「パスポートあるんだね? じゃ、ちょっと外国へ行っちゃってよ」
社長が言う。岡島は大きくうなずいてから聞いた。
「社長、外国と言っても、どこの国へ行くんですか?」
「それは、Youが決める事だよ」
「え? どう言う事ですか……」
岡島は社長や重役たちを見た。重役の一人が軽く咳払いをして言った。
「君は、社員でいながら会社を批判するような事を言っていたそうだね」
別の重役が続けた。
「同僚の悪口を――聞くところによると、作り話が多いようだね――誰彼構わずするそうじゃないか」
別の重役も言った。
「自分は何か特別だと思い込んでいるようだ。以前はともかく、今はどう評価されているか分かっているのかね」
「まあまあまあ」社長が重役たちを両手で制した。それから岡島の方を向いた。「そんなわけで、You、世界を乱舞して来てね」
「は、はあ……」
岡島があいまいな感じで答えた。
「まあ、良かったじゃないの」清水が言った。「岡島君、念願の世界乱舞よ! しっかりね!」
清水さん、本気で喜んでいるわけじゃなさそうだな。
「うん、良かった良かった」林谷が言った。「色々と普段から言っている事の総決算が出たって感じだね。がんばれよ! ……って、何をがんばるのかは、今一つ分かんないけどね」
林谷さん、言外に微妙なニュアンスがにじみ出てるんだよなぁ……
「今まで培ったものを最大限に生かすんだぞ!」西川が言った。「ただし、即興はいかん。あれはおふざけのし過ぎ、お遊びのし過ぎだ」
西川課長、好い加減なものが嫌いだからな。
「本当に良かったわ! もちろん、わたしたちが、だけど」
逸子が弾んだ声で言って、京子と顔を合わせ「ねぇ~!」と声をそろえた。
「岡島君……」静世がぽつりと言った。「外国へ行っちゃうと、コーイチ君より格上って言う姿がもう見られなくなるのね。残念ね……」
「しゃ、社長!」岡島が必死の声を出した。「私一人で行くんですか? コーイチが一緒じゃダメですか?」
「Why?」社長は不思議そうに聞き返した。「コーイチ君は批判も悪口も特別視もしてないよ。Youと一緒にする理由はないようだね」
岡島は見るからに不安そうな、青ざめた顔になっていた。……どうした、岡島、いつもの上から目線と自信に満ちあふれた姿を取り戻すんだ。それとも、今までの態度って、会社に居続けられるから出来たのか? それじゃ、あまりに情けないだろう…… コーイチは思った。
「とにかくね、明日発ってみようか。行く国は決めた?」
社長がのん気そうに言った。
「……フランスかアフリカにでも……」
「OK、じゃ、アフリカね」
「社長」重役の一人が言った。「アフリカは国名ではありませんが……」
岡島! しっかりしろ! コーイチは心底思った。
と、その時、場内がどよめいた。
コーイチが見ると、出入り口のドアが開いて、黒スーツを着込んだごつい男たちに取り囲まれた、小柄な和服の婦人が入って来るところだった。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます