片岡はさゆりがさとみと話をしているのを見ながら、ゆっくりと上着の内ポケットに手をしのばせる。
「そこのじいさん! 何をこそこそやってんだい!」
さゆりは語気を強めて言うと、片岡に顔を向けた。片岡は手を内ポケットから離した。
「あんたからは、初めっから凄くイヤな気が立ち昇っていたよ」さゆりはじっと片岡を見つめる。「何者だい?」
「……わたしは、お前のような碌で無しを始末する仕事をしているのだよ」
片岡は穏やかに答える。
「ほう……」さゆりは、片岡に向けた表情を小馬鹿にしたものに変えた。「じいさんにそんな事が出来るのかい?」
「他の所でも、そうやって始末をしてきているのよ!」
さとみが言う。さゆりの片岡への様子に険悪な気を感じたからだ。少しでもさゆりの気を削いだ方が良いと思ったのだ。
「そうなの?」さゆりはさとみを見て言う。「そりゃ、凄いや!」
さゆりは笑う。だが、その笑いは楽しいと言うより、邪悪な感じがする。
「あなたは、もうおしまいよ」さとみが言う。「わたしたちは充分に準備してきているのよ。逃れられないと思うわ」
「そうなのかい、わたしはおしまいで、逃れられないのかい」さゆりが答える。「そりゃ、大変だわ」
「ちっとも大変そうじゃないじゃない!」さとみが口を尖らせて言う。「まだ、何か企んでいるんじゃないの?」
「企むだってぇ?」さゆりが驚いた顔をして、さとみを見る。「人聞きの悪い事を言うんじゃ無いわよ。もう、わたしは覚悟を決めたのさ」
「覚悟って……?」
「何だかさ、こんな所で意地を張っているのが面倒になっちゃったのよねぇ…… 元々、わたしは、あんたを恨む気の強さに包まれただけで、単に利用されている身だしさあ……」
「じゃあ、大人しくあの世に逝ってもらえるの?」
「う~ん…… それもあり、ってところかなぁ」
「本当に?」
「まあね…… わたしって、面倒くさがりで飽きっぽいからさ。もう、どうでも良くなっちゃったわ」
さとみは片岡に振り返った。
「片岡さん、さゆりはああ言ってますけど……」
「そうですね……」片岡はさゆりを見ながら答える。「たしかに、邪悪な気は薄れつつあるようですね」
「じゃあ、あの世へと逝ってくれますね?」
「そうであって欲しいですが……」
さとみはさゆりを見る。確かに穏やかそうに見える。あの世へと逝く前の霊体たちと同じような雰囲気があった。
みつは刀を鞘に納め、冨美代は薙刀を消し、虎之助は構えを解き、豆蔵も石礫を懐に戻し、楓も長煙管を下ろし、三人の祖母たちも互いを見合いながら頷いている。百合恵も大きく息をつく。
緊張していた空気が、安堵のそれに変わった。その気配が伝わったのか、「百合恵会」のメンバーたちも落ち着きを取り戻した。麗子もよろよろと立ち上がった。アイが目敏く麗子の元に駈け寄る。
「さあて、っと……」さゆりは大きく伸びをした。「色々と騒がせちゃって悪かったね。でも、言っておくけどさ、これって、わたしの気持ちじゃないんだ。わたしを操ったヤツのせいだからね」
「分かったわ」さとみはうなずく。「でも、霊体を抜け出させなくても話が出来るなんて、あなたって、相当に強い霊になったのね」
「さっきも言ったけどさ、わたしがそうしたくてなったわけじゃないんだ」さゆりが笑う。「……でもさ、なかなかな気分だったよ」
さゆりは笑みを浮かべたまま、さとみを見る。さとみはその笑みな違和感を感じ、皆に振り返った。
「みんな! 気を抜いちゃダメ! さゆりはやっぱり何か企んでいるわ!」
さとみに言われた皆は戸惑う。さゆりの様子に変化はない。さとみの思い込みではないのか、皆はそう思った。
「さとみ、ひどいじゃない…… せっかく、わたしが改心したって言うのに……」
さゆりが泣き出しそうな顔で言うと、両手で顔を覆って下を向いた。
「でも、わたしは違和感を持ったわ……」
「そんなのあんたの思い込みだわ」顔を伏せたままでさゆりが答える。「みんなだって、わたしを信じてくれているのに……」
「そう……」すんすんと泣くさゆりに、さとみは頭を下げた。「……ごめんなさい……」
「いいの、謝る事なんてないわ……」さゆりは言うと、顔を上げた。その顔は泣いてはいなかった。「さとみ、あなたは間違っていないもの!」
さゆりは再び邪悪な笑みを浮かべると、右の手の平を片岡に向けた。手の平から衝撃波が発せられた。
片岡は避けることが出来なかった。まともに衝撃波を喰らった片岡は、大きく弾き飛ばされ、屋上の床を転がった。松原先生が介抱に走る。
「片岡さん! 片岡さん!」
松原先生は倒れている片岡を揺する。返事が無かった。静も傍にいた。静も深刻な表情をしている。
「綾部、片岡さん、気を失っちまった!」
松原先生がさとみに向かって声を上げた。
「あらあら、どうしましょう?」
さゆりは楽しそうに言うと、くすくすと笑い出した。
みつたちは得物を手にさゆりに迫る。
つづく
「そこのじいさん! 何をこそこそやってんだい!」
さゆりは語気を強めて言うと、片岡に顔を向けた。片岡は手を内ポケットから離した。
「あんたからは、初めっから凄くイヤな気が立ち昇っていたよ」さゆりはじっと片岡を見つめる。「何者だい?」
「……わたしは、お前のような碌で無しを始末する仕事をしているのだよ」
片岡は穏やかに答える。
「ほう……」さゆりは、片岡に向けた表情を小馬鹿にしたものに変えた。「じいさんにそんな事が出来るのかい?」
「他の所でも、そうやって始末をしてきているのよ!」
さとみが言う。さゆりの片岡への様子に険悪な気を感じたからだ。少しでもさゆりの気を削いだ方が良いと思ったのだ。
「そうなの?」さゆりはさとみを見て言う。「そりゃ、凄いや!」
さゆりは笑う。だが、その笑いは楽しいと言うより、邪悪な感じがする。
「あなたは、もうおしまいよ」さとみが言う。「わたしたちは充分に準備してきているのよ。逃れられないと思うわ」
「そうなのかい、わたしはおしまいで、逃れられないのかい」さゆりが答える。「そりゃ、大変だわ」
「ちっとも大変そうじゃないじゃない!」さとみが口を尖らせて言う。「まだ、何か企んでいるんじゃないの?」
「企むだってぇ?」さゆりが驚いた顔をして、さとみを見る。「人聞きの悪い事を言うんじゃ無いわよ。もう、わたしは覚悟を決めたのさ」
「覚悟って……?」
「何だかさ、こんな所で意地を張っているのが面倒になっちゃったのよねぇ…… 元々、わたしは、あんたを恨む気の強さに包まれただけで、単に利用されている身だしさあ……」
「じゃあ、大人しくあの世に逝ってもらえるの?」
「う~ん…… それもあり、ってところかなぁ」
「本当に?」
「まあね…… わたしって、面倒くさがりで飽きっぽいからさ。もう、どうでも良くなっちゃったわ」
さとみは片岡に振り返った。
「片岡さん、さゆりはああ言ってますけど……」
「そうですね……」片岡はさゆりを見ながら答える。「たしかに、邪悪な気は薄れつつあるようですね」
「じゃあ、あの世へと逝ってくれますね?」
「そうであって欲しいですが……」
さとみはさゆりを見る。確かに穏やかそうに見える。あの世へと逝く前の霊体たちと同じような雰囲気があった。
みつは刀を鞘に納め、冨美代は薙刀を消し、虎之助は構えを解き、豆蔵も石礫を懐に戻し、楓も長煙管を下ろし、三人の祖母たちも互いを見合いながら頷いている。百合恵も大きく息をつく。
緊張していた空気が、安堵のそれに変わった。その気配が伝わったのか、「百合恵会」のメンバーたちも落ち着きを取り戻した。麗子もよろよろと立ち上がった。アイが目敏く麗子の元に駈け寄る。
「さあて、っと……」さゆりは大きく伸びをした。「色々と騒がせちゃって悪かったね。でも、言っておくけどさ、これって、わたしの気持ちじゃないんだ。わたしを操ったヤツのせいだからね」
「分かったわ」さとみはうなずく。「でも、霊体を抜け出させなくても話が出来るなんて、あなたって、相当に強い霊になったのね」
「さっきも言ったけどさ、わたしがそうしたくてなったわけじゃないんだ」さゆりが笑う。「……でもさ、なかなかな気分だったよ」
さゆりは笑みを浮かべたまま、さとみを見る。さとみはその笑みな違和感を感じ、皆に振り返った。
「みんな! 気を抜いちゃダメ! さゆりはやっぱり何か企んでいるわ!」
さとみに言われた皆は戸惑う。さゆりの様子に変化はない。さとみの思い込みではないのか、皆はそう思った。
「さとみ、ひどいじゃない…… せっかく、わたしが改心したって言うのに……」
さゆりが泣き出しそうな顔で言うと、両手で顔を覆って下を向いた。
「でも、わたしは違和感を持ったわ……」
「そんなのあんたの思い込みだわ」顔を伏せたままでさゆりが答える。「みんなだって、わたしを信じてくれているのに……」
「そう……」すんすんと泣くさゆりに、さとみは頭を下げた。「……ごめんなさい……」
「いいの、謝る事なんてないわ……」さゆりは言うと、顔を上げた。その顔は泣いてはいなかった。「さとみ、あなたは間違っていないもの!」
さゆりは再び邪悪な笑みを浮かべると、右の手の平を片岡に向けた。手の平から衝撃波が発せられた。
片岡は避けることが出来なかった。まともに衝撃波を喰らった片岡は、大きく弾き飛ばされ、屋上の床を転がった。松原先生が介抱に走る。
「片岡さん! 片岡さん!」
松原先生は倒れている片岡を揺する。返事が無かった。静も傍にいた。静も深刻な表情をしている。
「綾部、片岡さん、気を失っちまった!」
松原先生がさとみに向かって声を上げた。
「あらあら、どうしましょう?」
さゆりは楽しそうに言うと、くすくすと笑い出した。
みつたちは得物を手にさゆりに迫る。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます