お話

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ジェシルと赤いゲート 25

2023年03月21日 | ジェシルと赤いゲート 
 ジャンセンはドア枠をぽんぽんと軽く叩いた。そして、鞄から虫眼鏡を取り出すと、調べ始めた。
「う~ん…… これはアズマイック杉で出来ているようだなぁ…… しかも一旦蒸し焼きにして固くして、それから防腐用に塗装したもののようだ…… でも、ぼくの知っている中で、赤色ってのは無かったなぁ…… 大発見かも知れないぞぉ……」
 ……何よ、一人でにやにやしちゃってさ! わたしの事を忘れているんだわ! ジャンって何かに夢中になるとこうだったわね! わたしを置き去りにしてさ!
 にやにやしながら独り言を言っているジャンセンを、座り込んだままで口を尖らせながら見ていたジェシルは、ジャンセンの鞄から発光粘土を取り出す際に床に撒き散らした金貨を一枚拾い上げ、ジャンセンの背中に投げつけた。金貨はジャンセンに当たり、床に落ちるとちゃりんと言う音を立てた。そのまま床を転がり壁に当たって倒れた。
 しかし、ジャンセンは全く気がついていない。
 嘘でしょうと言った表情のジェシルだったが、にやりと悪意のある笑みを浮かべると、もう一枚金貨を拾い上げて立ち上がった。屈みこんでドア枠を調べているジャンセンのお尻に狙いを定めると、勢い良く投げつけた。金貨は左のお尻に当たり、跳ね返って床で音を立てた。……さあ、ジャン! 文句の一つでも言ってみなさいよ! ジェシルは身構える。が、ジャンセンは金貨の当たった左のお尻をぽりぽりと軽く掻いただけで、何も言わず、振り返りもしない。
「ちょっと! ジャン!」
 さすがに堪えきれなくなって、ジェシルが声を荒げた。
「え?」ジャンセンは振り返った。右目に虫眼鏡を当てたままの姿だったので、顔の九割が目玉になっていた。「……どうかしたかい?」
「あなた、気がついていなかったの?」
「何をだい?」
「わたしがあなたに金貨を投げつけていた事を、よ!」
「そうなんだ……」ジャンセンは上の空で答える。「そう言えば、何かが当たったような気もしたなぁ……」
「あなたって、最低ね!」
 ぷんぷんと怒っているジェシルに、ジャンセンはどうして良いのか分からない。……怒らずに笑みを湛えていれば女神には見えるんだけどなぁ。ジャンセンは残念に思う。
「……そうだ、ジェシルも見てごらんよ」話題を替えれば機嫌も直るだろうとジャンセンは考えた。「これって、何に見える?」
「どう見たって、ドアの無くなったドア枠だわ!」ジェシルは挑むような口調だ。「それがどうかしたって言うの?」
「ぼくは基本的には文献を調べるのが仕事だからさ、こう言った実際のものを扱う事は少ないんだよ」
「そう、それは良かったわね!」
「それで、ぼくの見た感じでは、アズマイック杉の蒸し焼きなんてのを使っていたところから察するに、今から数千年前のドア枠だと思うんだよ。でもね、赤く塗られているだろう?」
「そうね、剥げちゃっているけど、赤いわね……」
「だろう? でもさ、これが使われていた頃は赤色って使わなかったはずなんだ」
「どうして?」
「赤はね、その当時では魔物が好む色と言われていたからさ。だから、わざわざ魔物を呼び込むような色を使うはずがない」
「でもさ、魔物が大好きな人が赤く塗ったのかもしれないじゃない?」
「……魔物信仰ねぇ……」
 適当な事を言ったジェシルだったが、ジャンセンが真に受け、腕組みをして目を閉じると、ぶつぶつ言いながら考え込んでしまった。ジェシルは呆れたようにため息をつく。
「ねえ、ジャン!」ジェシルは強い口調で言う。「ジャンってば!」
「は?」考えを中断されて、些か不機嫌な表情のジャンセンだった。「何だよ? ぼくは魔物信仰に関する文献を思い起こしていたんだぞ」
「そう、それは悪かったわね」全然悪かったと言う態も無くジェシルは答える。「もう良いじゃない? 文献もお宝も見つかったんだし。調査はまた今度にしましょうよ」
「……どう言う意味だい?」
「わたし、飽きちゃったのよねぇ」ジェシルは言うと大きく伸びをした。「それにさ、お腹も空いちゃったし……」
「そうは言うけどさ、このドア枠は貴重だぜ。もっと詳しく調べないと……」
「でも、あなたの専門分野ではないんでしょ?」
「……まあ、そうだけど……」ジャンセンはじっとジェシルを見る。「だけどさ、今日を逃したら、もう二度と入れないんだろう?」
「そうねぇ……」ジェシルはつぶやくように言うと、ジャンセンを見る。もっと遊んでいたいけど親に帰ると言われて泣き出しそうな子供と言った表情だ。「……分かったわよ。また調べに来ても良いわよ」
「えええっ!」ジャンセンは驚きの声を上げ、同時ににこにこと笑顔になった。「いやあ、そうかい! おじさんの話だと二度目は無いぞって言われていたんだけどさ! いやあ、良かったよ! ありがとう!」
 ジャンセンはジェシルに駈け寄ると、両手を握って感謝の意を表した。そして、子供のように、握った手を上下左右にぶんぶんと振りまわした。思わずジェシルも笑ってしまう。……ジャンって子供の心のまま大人になっちゃったって感じだわね。我が一族では希少だわ。
「そうと決まれば、ぼくの知り合いの考古学者のボーリンとアーネストにも連絡しなきゃあなぁ」ジャンセンはジェシルの手を握ったままで動きを止める(宇宙中の男どもが知ったら、何度殺されるか分からない)。「他にも色々と調べなきゃならないから…… う~ん、これは大掛かりな調査になりそうだぞ……」
「ちょっと、ジャン!」ジェシルは言うとジャンセンの手を振りほどく。「あなた、何を言っているのよ?」
「え? この地下室の調査についてだけど?」
「今の話じゃ、大人数でやって来るみたいじゃないのよう!」
「だってさ、ぼくの専門は、地下一階の文献だよ? 地下二階のお宝や、この部屋のドア枠に関しては、ぼくの知識では全然足りない。それぞれの専門家を集めた方が早いし、室内の作りについても十分に調べたいし。そうなると、大掛かりな調査団は必至だな」
「イヤよ! ダメよ!」ジェシルは口を尖らせる。「そう勝手に大人数でずかずか来てほしくないわ! あなた一人なら我慢も出来るけど、大人数は絶対にダメ!」
「ジェシルさぁ……」ジャンセンは大きなため息をつき、頭を左右に振る。「言ったけどさ、これは極めて学術的な調査なんだよ。君のプライベートには一切触れないからさ」
「でも、イヤだわ! 入口の部屋はわたしの私室なのよ? 色んなものがあるのよ?」
「だからさ、誰も気にしないからさ……」
「わたしが気になるの! わたしがイヤなの!」
「ジェシル、それは子供の我儘だぞ」
「あなたに言われたくないわよう!」
 ジェシルは言うと金貨を拾い、ジャンセンに向かって投げつけた。ジャンセンはそれを躱す。投げられた金貨はドア枠に当たった。
「あら?」
「おやぁ?」
 二人は顔を見合わせた。木製のドア枠に当たったはずなのに、金属に当たった時の音がしたからだ。  


つづく

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