「さとみちゃん!」
百合恵は言うと、ぽうっと立っている生身のさとみの手から半紙を取り上げ、体育館に駈け出した。百合恵は半紙を両手に持って広げ、さとみに向かって来る。
書かれている文字列が広げられた半紙の表で仁王立ちしているような姿を作った。金色の光が、さらに増して行った。その光に気圧されたのか、さとみに迫る影が止まった。
「さとみちゃん! 今なら動けるはずよ!」
百合恵が叫ぶ。さとみは生身の戻ろうと動いた。
金色に光る体育館に、半紙を持って体育館に立つ百合恵と、身構えているみつたちを見ている自分に、さとみは気がついた。
「……百合恵さん」さとみはつぶやく。それから、慌てて大きな声を出した。「百合恵さん! 戻れましたあ!」
百合恵はさとみに振り返り、大きくうなずいてみせた。と、影がゆらりと動いて向きを変えた。みつたちへと動き始めた。
「いけない!」さとみが叫ぶ。「みんな、逃げて! 早く!」
みつが苦しそうな顔で何か叫んだ。さとみは心配そうな顔を百合恵に向ける。
「みんな、動けないって言っているわ!」百合恵がみつたちを見ながら言う。「強い力に抑えつけられているって」
「影の仕業ね!」
さとみは言うと駈け出した。しかし、いきなり動き出したせいか、一歩踏み出した途端に足がもつれて転んでしまった。アイと朱音としのぶが一斉に駈け寄って来た。アイが、うつ伏せて倒れたさとみを素早く抱き起し、上を向かせる。
「会長! 大丈夫ですかあ!」朱音が声をかける。「うわっ、おでこが……」
さとみのおでこの真ん中が赤くなっている。
「ふつう、おでこより鼻をぶつけそうだけど……」しのぶが冷静な意見を述べる。「会長、そんなにおでこさんには見えないけど……」
「つまらねぇ事を言ってんじゃねぇぞ!」アイが叱る。「……会長! 大丈夫です、傷は浅いですう!」
「……うん、大丈夫よ、ありがとう……」
さとみの笑みを見たアイは、ほっとしたのか涙を浮かべ「良かった良かった……」と小声で繰り返している。
さとみは立ち上がり、体育館を見る。
金色に光る文字列が半紙から飛び出して、影と同じような高さで宙に浮いていた。影を挑発するかのように、一層光り始めた。その眩しさにさとみは目を細める。
影は文字列へと向きを変える。文字列はさらに挑発するように宙を高く上がって行った。影も応じるように宙を上がって文字列を追う。と、みつたちが崩れるように床に座り込んだ。影の縛が解けたようだ。皆、文字列と影とを見上げる。
宙高く浮き上がった文字列と影は、距離を置き、睨み合う様にしてその場に漂っている。長い対峙が続く。
不意に影が動いた。影は文字列に突進を始めた。それを待ってでもいたかのように、文字列も影に突進した。影はより一層黒く澱み、文字列はより一層金色に光った。
「わあっ!」
さとみは叫んだ。文字列と影とが激突したからだ。
文字列は無数の金色の火花のように散り散りになった。
「やられちゃったの……?」
さとみは不安そうな声を出す。百合恵も悔しそうに両拳を強く握り締めている。
が、火花は影を包みはじめた。影は逃れようと動くが、間に合わなかった。あっと言う間に金色の火花に包み込まれてしまった。
「やったあ!」さとみは握りしめた右拳を高く突き上げた。「勝ったあ!」
訳が分からなかったが、会長が喜んでいるので、アイたちも右手で拳を作り付きあげる。百合恵も握り締めていた両拳を高く上げて振っている。みつたちも立ち上がり、ほっとした顔で金色の塊を見上げている。
だが、すぐにさとみの表情が強張った。百合恵も手を止め呆然とした顔で見上げている。みつたちも険しい表情になる。
包んでいた金の火花が膨らみ始めたからだ。隙間から黒い色が覗いている。影が逃れようと己が身を膨らませているのだ。それを押し込めようと火花は縮む。しかし、すぐに膨らんでしまう。幾度か繰り返しているうちに、ついに火花は弾けてしまった。四方に散り散りになって消えてしまった。うっすらとした闇が戻る。その中にあって、影の黒さが目立っていた。
いきなり目の前が明るくなった。さとみは軽く悲鳴を上げ、目を細めた。
松原先生が体育館の照明を点けたのだ。
「おい、綾部、何がどうなってんだ?」松原先生自身も照明にの眩しさに目を細めながら言う。「百合恵さん、どうなったんだ?」
目が慣れて、さとみは改めて体育館を見回した。百合恵は手で目の上に庇を作って、眩しさを防いでいる。アイは腕で眩しさを避け、朱音としのぶは両手で目を押さえている。みつたちは呆然とした様子で立っている。
さとみは顔を上げた。影はそこに居なかった。
つづく
百合恵は言うと、ぽうっと立っている生身のさとみの手から半紙を取り上げ、体育館に駈け出した。百合恵は半紙を両手に持って広げ、さとみに向かって来る。
書かれている文字列が広げられた半紙の表で仁王立ちしているような姿を作った。金色の光が、さらに増して行った。その光に気圧されたのか、さとみに迫る影が止まった。
「さとみちゃん! 今なら動けるはずよ!」
百合恵が叫ぶ。さとみは生身の戻ろうと動いた。
金色に光る体育館に、半紙を持って体育館に立つ百合恵と、身構えているみつたちを見ている自分に、さとみは気がついた。
「……百合恵さん」さとみはつぶやく。それから、慌てて大きな声を出した。「百合恵さん! 戻れましたあ!」
百合恵はさとみに振り返り、大きくうなずいてみせた。と、影がゆらりと動いて向きを変えた。みつたちへと動き始めた。
「いけない!」さとみが叫ぶ。「みんな、逃げて! 早く!」
みつが苦しそうな顔で何か叫んだ。さとみは心配そうな顔を百合恵に向ける。
「みんな、動けないって言っているわ!」百合恵がみつたちを見ながら言う。「強い力に抑えつけられているって」
「影の仕業ね!」
さとみは言うと駈け出した。しかし、いきなり動き出したせいか、一歩踏み出した途端に足がもつれて転んでしまった。アイと朱音としのぶが一斉に駈け寄って来た。アイが、うつ伏せて倒れたさとみを素早く抱き起し、上を向かせる。
「会長! 大丈夫ですかあ!」朱音が声をかける。「うわっ、おでこが……」
さとみのおでこの真ん中が赤くなっている。
「ふつう、おでこより鼻をぶつけそうだけど……」しのぶが冷静な意見を述べる。「会長、そんなにおでこさんには見えないけど……」
「つまらねぇ事を言ってんじゃねぇぞ!」アイが叱る。「……会長! 大丈夫です、傷は浅いですう!」
「……うん、大丈夫よ、ありがとう……」
さとみの笑みを見たアイは、ほっとしたのか涙を浮かべ「良かった良かった……」と小声で繰り返している。
さとみは立ち上がり、体育館を見る。
金色に光る文字列が半紙から飛び出して、影と同じような高さで宙に浮いていた。影を挑発するかのように、一層光り始めた。その眩しさにさとみは目を細める。
影は文字列へと向きを変える。文字列はさらに挑発するように宙を高く上がって行った。影も応じるように宙を上がって文字列を追う。と、みつたちが崩れるように床に座り込んだ。影の縛が解けたようだ。皆、文字列と影とを見上げる。
宙高く浮き上がった文字列と影は、距離を置き、睨み合う様にしてその場に漂っている。長い対峙が続く。
不意に影が動いた。影は文字列に突進を始めた。それを待ってでもいたかのように、文字列も影に突進した。影はより一層黒く澱み、文字列はより一層金色に光った。
「わあっ!」
さとみは叫んだ。文字列と影とが激突したからだ。
文字列は無数の金色の火花のように散り散りになった。
「やられちゃったの……?」
さとみは不安そうな声を出す。百合恵も悔しそうに両拳を強く握り締めている。
が、火花は影を包みはじめた。影は逃れようと動くが、間に合わなかった。あっと言う間に金色の火花に包み込まれてしまった。
「やったあ!」さとみは握りしめた右拳を高く突き上げた。「勝ったあ!」
訳が分からなかったが、会長が喜んでいるので、アイたちも右手で拳を作り付きあげる。百合恵も握り締めていた両拳を高く上げて振っている。みつたちも立ち上がり、ほっとした顔で金色の塊を見上げている。
だが、すぐにさとみの表情が強張った。百合恵も手を止め呆然とした顔で見上げている。みつたちも険しい表情になる。
包んでいた金の火花が膨らみ始めたからだ。隙間から黒い色が覗いている。影が逃れようと己が身を膨らませているのだ。それを押し込めようと火花は縮む。しかし、すぐに膨らんでしまう。幾度か繰り返しているうちに、ついに火花は弾けてしまった。四方に散り散りになって消えてしまった。うっすらとした闇が戻る。その中にあって、影の黒さが目立っていた。
いきなり目の前が明るくなった。さとみは軽く悲鳴を上げ、目を細めた。
松原先生が体育館の照明を点けたのだ。
「おい、綾部、何がどうなってんだ?」松原先生自身も照明にの眩しさに目を細めながら言う。「百合恵さん、どうなったんだ?」
目が慣れて、さとみは改めて体育館を見回した。百合恵は手で目の上に庇を作って、眩しさを防いでいる。アイは腕で眩しさを避け、朱音としのぶは両手で目を押さえている。みつたちは呆然とした様子で立っている。
さとみは顔を上げた。影はそこに居なかった。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます