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怪談 雑兵ヶ原 2

2020年01月22日 | 怪談 雑兵ヶ原(全8話完結)
 ここは古戦場跡だった。敗北を喫した某武将の一団は、降伏をする事なく、雑兵の最後の一兵までもが戦で命を落としたと言われている。勝利した側が、あまりの執拗さを持ったその一団に腹を立て、死骸を転ったままにさせ、鳥や野犬に蝕まれるに任させた場所だとも言う。成仏には程遠い扱いを受けたためか、それから幾世代も経ってはいるものの、夜には亡者となった雑兵どもの気配が漂っていた。
 駈け回る足音、合戦の雄叫び……
 ここはいつからか「雑兵が原」と呼ばれるようになっていた。夜にうっかり通りかかろうものなら、雑兵の亡者どもに憑りつかれ、己れが喉や腹を掻っ捌いて果ててしまう、そんな場所でもあった。
 その中に一人立っているこの坊様は、荒ぶる雑兵の亡者どもを成仏へと導けぬものかと、ここに数日留まっていた。
 黙然としながら、宿にしている朽ちかけた掘っ立て小屋へと戻る。笠を取り、建て付けの悪くなった引き戸を力任せに開けると、朧な明かりがあった。ちびた蝋燭が土間に突き刺した棒の上で煤交じりの黒煙を上げながら灯っていた。
「おや、お坊様、お戻りかい」蝋燭の脇から声がした。藁の敷かれた土間に老婆が座っていた。「今宵も駄目だったようだね」
「おう、おときばあさんかい」坊様は笑う。「そんな朧な蝋燭に照らされていたんじゃあ、雑兵の亡者どもよりも亡者っぽく見えるぞ」
「ふん、大きなお世話だよ!」
 おときばあさんは歯のない口を大きく開けて笑った。
 坊様がここに留まっている事を知って、なにくれと世話を焼いてくれていた。やせっぽちの癖にやたらと元気で、この小屋に敷く藁や蝋燭や食い物までも用意してくれた。今日も、夕暮れ間近にここを出た坊様と入れ替わりぐらいに来て、坊様の帰りを待っていたのだろう。
「ばあさん、いつもすまんのう……」坊様は藁の上に座ると頭を下げた。「……で、今宵の飯は何じゃ?」
「亡者より腹具合の心配かい……」ばあさんは呆れたように言う。「まあ、家の者がうるさいでね、持ち出せたのはこれくらいじゃ」
 ばあさんは風呂敷をほどいた。縁の欠けた木の椀に輪切りにした大根の煮物が盛ってあった。
「もう冷めちまったがね、食えないよりはましじゃろう」
「そうだな」坊様は手を伸ばし一切れ頬張る。噛むと甘い汁が口の中に広がる。「美味いな、ばあさんの料理は天下一じゃ」
「ふん、これは嫁のこさえたものだよ」
「おお、そうであったか。じゃあ、ばあさん直伝だな」
「あたしゃ、何にも教えちゃいないよ!」
「いやいや、これは拙僧が一本取られたわい」
 ぶんむくれるばあさんに、坊様はうっすらと髪が伸びた頭を掻いて見せた。


つづく

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