学校に着いた。明はわざとゆっくりと上履きに履き替える。しかし、すでに履き替え終わったくるみが、いらいらしたように右の爪先を上げ下げしながら、明の前で待っていた。明は知らん顔をして、上履きを脱いだり履いたりを繰り返していた。
予冷が鳴った。教室で待機し、担任が来るのを待つようにとの合図だ。
明はほっとしたように上履きを履き、くるみを無視して教室に行こうと歩き出した。しかし、くるみに右腕をしっかりとつかまれた。明の足が止まる。
「行くのは教室じゃないでしょ?」くるみは怒ったままの表情で言い、明の腕をつかむ力を増した。「白木先生の保健室でしょ?」
「……いや、このチャイムは、教室に入る様にって言う合図で……」
「そんなの、へっぽこに言われなくても知っているわよ!」くるみはそう言い捨てると、急に勝ち誇った顔になる。「それに、保健室に行けば、白木先生が後で担任の先生に連絡してくれるわ。……あ、もちろん先生が宇宙人じゃなかったら、だけどね」
くるみはくすくすと笑う。明は覚悟を決めた。くるみに引きずられるようにして保健室へと連れて行かれた。
保健室は体育館に通じる廊下の脇にある。体育の授業や部活などでの怪我や事故などに対処しやすくするためなのだろう。
くるみは、上半分に四角い曇りガラスの嵌められた木製の引き戸の扉を叩いた。振動でガラスが音を立てた。
「失礼しま~す」
くるみは言うと、扉を開ける。ガラガラと扉下の滑車が鳴る。くるみは明の背中を押した。不意を突かれた明はとっとっとと、たたらを踏んで保健室に飛び込んだ。
明の足が止まった。白木先生はまだ来ていなかった。代わりに、昨日絵美が言っていた「札付き」が数人いた。市川はるみとその仲間の女子生徒三人がいた。四人全員がぎろりと明をにらみ付けてきた。
「何だぁ、おめぇは?」先生が座る椅子に腰掛けていた女生徒が凄んだ。明は圧倒されて動けない。「ここはおめぇのような奴が来るところじゃねえ!」
「はるみ、こいつ、ケガでもしたんじゃね?」一緒にいる赤い髪の女生徒が、ふざけた口調で言う。「ベッドに寝かせてやろうぜ」
「待ちなよ、桂子」縦にも横にも大きな女生徒が、赤い髪の娘に言う。それから妙にねっとしりた視線を明に送る。「良く見たら、中々かわいいじゃないか。ベッドに押し倒しちゃおうかな……」
「止めなよ、文枝。そんなことしたら、その子潰れちゃうよ」もう一人の小柄な娘が言って笑った。「この子とベッドがさ、ぺちゃんこになっちまうよ。あはははは!」
「なんだとお!」文枝の巨体が立ち上がる。「千草! そんなに言うんなら、あんたも一緒に潰してやろうか!」
皆が笑う。明はそっと踵を返して、出て行こうとする。
「待ちな!」椅子に座ったままのはるみが明を呼び止める。「何の用があったんだ?」
「……いや、白木先生に……会えるかなって……」明ははるみの方を向いて、ぼそぼそと話す。「でも、いないみたいなんで、教室に戻ります……」
「遠慮するなよ」大柄な文枝が笑う。「あたしの隣に座んなよ。先生はすぐに来るからさ」
「……」
明は動けない。はるみたち「札付き」は、にやにや笑っていた。くるみが入ってくる気配はない。まさかオレだけ残して教室に行ったんじゃ…… 明は半泣きだった。
「はるみちゃん、そんなに苛めないでよ」
くるみが扉の陰からひょっこりと顔を出す。
「な~んだ、くるみじゃん」はるみは楽しそうに言う。「何、この子、くるみのこれ(はるみは右手の親指を立てる。彼氏の意味だ)?」
「違うわよ!」くるみは思いきり否定する。「幼馴染のへっぽこよ!」
「へっぽこかい!」
不良娘たちは爆笑した。明は不満そうな顔をする。……それにしても、くるみはなんでこんな札付き不良娘と知り合いなんだ? まさか、優等生は表の顔で、裏ではこの一帯を仕切る影のスケ番…… 明の背を冷たい汗がつっと流れた。
「また、何か変なこと考えていたでしょ?」くるみは明をじっと見つめた。明はすっと視線を逸らせた。「あのね、はるみちゃんは、わたしの一つ上の従姉なの」
「そう言うことだよ、へっぽこ!」はるみは笑う。「あたしがはるみだから、一つ下のこいつが、くるみってわけさ。もし、あたしがれいこだったら、多分、よいこってなってたな」
「またその冗談を言う!」くるみがほほを膨らませてはるみを見る。「たまたまでしょ! たまたま!」
「たまたまって……」文枝がぐふぐふ笑う。「くるみも下ネタを言うようになったんだねえ……」
「馬鹿!」くるみは、べぇと文枝に向かって舌を突き出す。「いっつもそんな事ばっかり言うんだから!」
くるみも加えて女子たちで笑う。ぽつんと明だけが取り残されていた。
「こらこら、学校内では静かにするものよ!」
そう言って入って来たのは白木先生だった。
つづく
予冷が鳴った。教室で待機し、担任が来るのを待つようにとの合図だ。
明はほっとしたように上履きを履き、くるみを無視して教室に行こうと歩き出した。しかし、くるみに右腕をしっかりとつかまれた。明の足が止まる。
「行くのは教室じゃないでしょ?」くるみは怒ったままの表情で言い、明の腕をつかむ力を増した。「白木先生の保健室でしょ?」
「……いや、このチャイムは、教室に入る様にって言う合図で……」
「そんなの、へっぽこに言われなくても知っているわよ!」くるみはそう言い捨てると、急に勝ち誇った顔になる。「それに、保健室に行けば、白木先生が後で担任の先生に連絡してくれるわ。……あ、もちろん先生が宇宙人じゃなかったら、だけどね」
くるみはくすくすと笑う。明は覚悟を決めた。くるみに引きずられるようにして保健室へと連れて行かれた。
保健室は体育館に通じる廊下の脇にある。体育の授業や部活などでの怪我や事故などに対処しやすくするためなのだろう。
くるみは、上半分に四角い曇りガラスの嵌められた木製の引き戸の扉を叩いた。振動でガラスが音を立てた。
「失礼しま~す」
くるみは言うと、扉を開ける。ガラガラと扉下の滑車が鳴る。くるみは明の背中を押した。不意を突かれた明はとっとっとと、たたらを踏んで保健室に飛び込んだ。
明の足が止まった。白木先生はまだ来ていなかった。代わりに、昨日絵美が言っていた「札付き」が数人いた。市川はるみとその仲間の女子生徒三人がいた。四人全員がぎろりと明をにらみ付けてきた。
「何だぁ、おめぇは?」先生が座る椅子に腰掛けていた女生徒が凄んだ。明は圧倒されて動けない。「ここはおめぇのような奴が来るところじゃねえ!」
「はるみ、こいつ、ケガでもしたんじゃね?」一緒にいる赤い髪の女生徒が、ふざけた口調で言う。「ベッドに寝かせてやろうぜ」
「待ちなよ、桂子」縦にも横にも大きな女生徒が、赤い髪の娘に言う。それから妙にねっとしりた視線を明に送る。「良く見たら、中々かわいいじゃないか。ベッドに押し倒しちゃおうかな……」
「止めなよ、文枝。そんなことしたら、その子潰れちゃうよ」もう一人の小柄な娘が言って笑った。「この子とベッドがさ、ぺちゃんこになっちまうよ。あはははは!」
「なんだとお!」文枝の巨体が立ち上がる。「千草! そんなに言うんなら、あんたも一緒に潰してやろうか!」
皆が笑う。明はそっと踵を返して、出て行こうとする。
「待ちな!」椅子に座ったままのはるみが明を呼び止める。「何の用があったんだ?」
「……いや、白木先生に……会えるかなって……」明ははるみの方を向いて、ぼそぼそと話す。「でも、いないみたいなんで、教室に戻ります……」
「遠慮するなよ」大柄な文枝が笑う。「あたしの隣に座んなよ。先生はすぐに来るからさ」
「……」
明は動けない。はるみたち「札付き」は、にやにや笑っていた。くるみが入ってくる気配はない。まさかオレだけ残して教室に行ったんじゃ…… 明は半泣きだった。
「はるみちゃん、そんなに苛めないでよ」
くるみが扉の陰からひょっこりと顔を出す。
「な~んだ、くるみじゃん」はるみは楽しそうに言う。「何、この子、くるみのこれ(はるみは右手の親指を立てる。彼氏の意味だ)?」
「違うわよ!」くるみは思いきり否定する。「幼馴染のへっぽこよ!」
「へっぽこかい!」
不良娘たちは爆笑した。明は不満そうな顔をする。……それにしても、くるみはなんでこんな札付き不良娘と知り合いなんだ? まさか、優等生は表の顔で、裏ではこの一帯を仕切る影のスケ番…… 明の背を冷たい汗がつっと流れた。
「また、何か変なこと考えていたでしょ?」くるみは明をじっと見つめた。明はすっと視線を逸らせた。「あのね、はるみちゃんは、わたしの一つ上の従姉なの」
「そう言うことだよ、へっぽこ!」はるみは笑う。「あたしがはるみだから、一つ下のこいつが、くるみってわけさ。もし、あたしがれいこだったら、多分、よいこってなってたな」
「またその冗談を言う!」くるみがほほを膨らませてはるみを見る。「たまたまでしょ! たまたま!」
「たまたまって……」文枝がぐふぐふ笑う。「くるみも下ネタを言うようになったんだねえ……」
「馬鹿!」くるみは、べぇと文枝に向かって舌を突き出す。「いっつもそんな事ばっかり言うんだから!」
くるみも加えて女子たちで笑う。ぽつんと明だけが取り残されていた。
「こらこら、学校内では静かにするものよ!」
そう言って入って来たのは白木先生だった。
つづく
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