「嵩彦様とわたくしは結婚の誓いを致しました。それからの日々も楽しゅうございました……」
冨美代が目を閉じて、懐かしむような表情で語り出す。
「ふと、嵩彦様が、今時の学校を見てみようとおっしゃったのです。それはとても楽しそうに思えましたので、わたくしも同意致しました。それからは昼夜を問わずに見て回っておりました。元気にはしゃぎまわる幼稚園の子供たち、学年が進むにつれて大人びて行く小学生、心の成長とからだの成長との差に悩む中学生、大人予備軍の高校生、本当に難しい学問に取り組む大学生(もちろん名ばかりの大学もございましたが)、にぎやかな昼間と、しんとした夜の校舎の対比も面白うございました。嵩彦様は学問熱心でございましたので、大学に大変興味をお持ちで、学生に混じって講義を聞いていらっしゃいました。わたくしは子供たちの教育に関心がございましたので、特に小学校が好きでした」
「はあ、左様で……」みつは滔々と話す冨美代に圧倒された。別に二人に楽しかった思い出を聞きたかったわけではなかったのだが。「……それは楽しかったですな。で、ここでどのような事があったのです?」
「ああ、そうでございましたわね」冨美代が我に返る。恥ずかしそうに顔を赤くしている。「ついつい、我が事ばかりをお話ししてしまって……」
「いえ、構いませんよ」みつは笑む。「楽しい思い出は人の話したくなるものです」
「いえ、何ともお恥ずかしい……」冨美代は言ってみつを見つめる。「そう言えば、まだ皆様のお名前を伺っていませんでしたわ」
「わたしは荒木田みつ。十手を持っているのが目明し豆蔵さん。若い男性が竜二さん。赤い服が虎之助さんです」
「え?」冨美代が驚いた顔でみつと虎之助とを交互に見る。「みつさんって、あなたは女性ですか? それで、あちらは虎之助さんって、男性?」
「そうです。わたしは剣の修行のため、このような格好をしています。虎之助さんは……」
「わたしは本当は女だったのよ」虎之助が言う。「でもね、神様がちょっと余分なものを付けてくれちゃったから……」
「まあ!」冨美代は口を手で隠し、顔を真っ赤にする。この程度の下ネタでも明治の淑女には刺激的なのだろう。「……確かに声は男性ですわね。世の中もすっかり変わりましたから、そう言う事もありなのですね……」
冨美代は自身を納得させるように何度もうなずいた。
「……それで、話を戻しますが」みつが軽く咳払いをして続ける。「ここでどのような事が?」
「あ、はい……」冨美代も軽く咳払いをする。「嵩彦様とわたくしは、あちらこちらの様々な学校を見て参りました。その一つとしてこちらの学校へ参ったのです」
「それは何時の事です?」
「かれこれ一週間ほど前かと存じます」冨美代が言うと窓の外を見る。嵩彦は辛そうな顔を冨美代に向けている。「色々と部屋を見回って、最後にこの部屋に入りました。他の階と同様の用具室でしたので、すぐに出ようと致しました。まず嵩彦様が外へとお出になり、続いてわたくしがと致しましたところ、わたくしは外に出られなかったのでございます。慌ててわたくしは嵩彦様を呼んだのです。嵩彦様も大層驚かれて、部屋にお戻りになろうなさったのですが……」
「出来なかった、と……」
「はい……」みつの言葉に冨美代は涙ぐみながらうなずく。「嵩彦様は部屋に入れず、わたくしは部屋から出られずとなってしまったのです……」
「他の部屋でも試したのですか?」
「他の部屋には入れなくなったのです。廊下を彷徨うばかりで……」
「唯一入れるのがこの用具室だと」
「はい、そして、嵩彦様にお会いできるのも、この部屋だけ、しかも夜だけなのです」冨美代の頬を涙が伝う。「他の霊体の方々は何事もなく出入り出来ているのです……」
「では、冨美代さんと嵩彦さんだけが?」
「そうなのでございます…… 何がどうなっているのか、皆目見当もつきません」
ついに冨美代は声を上げて泣き出した。
「みつさん、どうしよう?」虎之助が深刻な顔で言う。「冨美代ちゃんの話から、何かの力が働いているのは確実だわ…… あの骸骨の時のような……」
「そうかも知れませんね。結界の影響だと考えたわたしの読みが甘かったのかもしれません」
みつは言うと左手で鯉口を切り、周囲に気を配る。
「みつ様」豆蔵が言う。「あっしは外で嵩彦さんの話を聞いてめぇりやす。何か分かるかも知れやせん」
「豆蔵さん、オレも行くぜ!」竜二が言う。「男の話は男が聞いた方が良いだろうからね」
「まあ、竜二ちゃんったら!」虎之助が嬉しそうに笑む。「頼もしいわ。さすが、わたしの竜二ちゃん!」
「よせやい!」
竜二は言うと、豆蔵と共に窓を抜け出て行った。嵩彦と話を始めた。
「……嵩彦様……」
冨美代が窓の外を見つめる。
つづく
冨美代が目を閉じて、懐かしむような表情で語り出す。
「ふと、嵩彦様が、今時の学校を見てみようとおっしゃったのです。それはとても楽しそうに思えましたので、わたくしも同意致しました。それからは昼夜を問わずに見て回っておりました。元気にはしゃぎまわる幼稚園の子供たち、学年が進むにつれて大人びて行く小学生、心の成長とからだの成長との差に悩む中学生、大人予備軍の高校生、本当に難しい学問に取り組む大学生(もちろん名ばかりの大学もございましたが)、にぎやかな昼間と、しんとした夜の校舎の対比も面白うございました。嵩彦様は学問熱心でございましたので、大学に大変興味をお持ちで、学生に混じって講義を聞いていらっしゃいました。わたくしは子供たちの教育に関心がございましたので、特に小学校が好きでした」
「はあ、左様で……」みつは滔々と話す冨美代に圧倒された。別に二人に楽しかった思い出を聞きたかったわけではなかったのだが。「……それは楽しかったですな。で、ここでどのような事があったのです?」
「ああ、そうでございましたわね」冨美代が我に返る。恥ずかしそうに顔を赤くしている。「ついつい、我が事ばかりをお話ししてしまって……」
「いえ、構いませんよ」みつは笑む。「楽しい思い出は人の話したくなるものです」
「いえ、何ともお恥ずかしい……」冨美代は言ってみつを見つめる。「そう言えば、まだ皆様のお名前を伺っていませんでしたわ」
「わたしは荒木田みつ。十手を持っているのが目明し豆蔵さん。若い男性が竜二さん。赤い服が虎之助さんです」
「え?」冨美代が驚いた顔でみつと虎之助とを交互に見る。「みつさんって、あなたは女性ですか? それで、あちらは虎之助さんって、男性?」
「そうです。わたしは剣の修行のため、このような格好をしています。虎之助さんは……」
「わたしは本当は女だったのよ」虎之助が言う。「でもね、神様がちょっと余分なものを付けてくれちゃったから……」
「まあ!」冨美代は口を手で隠し、顔を真っ赤にする。この程度の下ネタでも明治の淑女には刺激的なのだろう。「……確かに声は男性ですわね。世の中もすっかり変わりましたから、そう言う事もありなのですね……」
冨美代は自身を納得させるように何度もうなずいた。
「……それで、話を戻しますが」みつが軽く咳払いをして続ける。「ここでどのような事が?」
「あ、はい……」冨美代も軽く咳払いをする。「嵩彦様とわたくしは、あちらこちらの様々な学校を見て参りました。その一つとしてこちらの学校へ参ったのです」
「それは何時の事です?」
「かれこれ一週間ほど前かと存じます」冨美代が言うと窓の外を見る。嵩彦は辛そうな顔を冨美代に向けている。「色々と部屋を見回って、最後にこの部屋に入りました。他の階と同様の用具室でしたので、すぐに出ようと致しました。まず嵩彦様が外へとお出になり、続いてわたくしがと致しましたところ、わたくしは外に出られなかったのでございます。慌ててわたくしは嵩彦様を呼んだのです。嵩彦様も大層驚かれて、部屋にお戻りになろうなさったのですが……」
「出来なかった、と……」
「はい……」みつの言葉に冨美代は涙ぐみながらうなずく。「嵩彦様は部屋に入れず、わたくしは部屋から出られずとなってしまったのです……」
「他の部屋でも試したのですか?」
「他の部屋には入れなくなったのです。廊下を彷徨うばかりで……」
「唯一入れるのがこの用具室だと」
「はい、そして、嵩彦様にお会いできるのも、この部屋だけ、しかも夜だけなのです」冨美代の頬を涙が伝う。「他の霊体の方々は何事もなく出入り出来ているのです……」
「では、冨美代さんと嵩彦さんだけが?」
「そうなのでございます…… 何がどうなっているのか、皆目見当もつきません」
ついに冨美代は声を上げて泣き出した。
「みつさん、どうしよう?」虎之助が深刻な顔で言う。「冨美代ちゃんの話から、何かの力が働いているのは確実だわ…… あの骸骨の時のような……」
「そうかも知れませんね。結界の影響だと考えたわたしの読みが甘かったのかもしれません」
みつは言うと左手で鯉口を切り、周囲に気を配る。
「みつ様」豆蔵が言う。「あっしは外で嵩彦さんの話を聞いてめぇりやす。何か分かるかも知れやせん」
「豆蔵さん、オレも行くぜ!」竜二が言う。「男の話は男が聞いた方が良いだろうからね」
「まあ、竜二ちゃんったら!」虎之助が嬉しそうに笑む。「頼もしいわ。さすが、わたしの竜二ちゃん!」
「よせやい!」
竜二は言うと、豆蔵と共に窓を抜け出て行った。嵩彦と話を始めた。
「……嵩彦様……」
冨美代が窓の外を見つめる。
つづく
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