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吸血鬼大作戦 ㉒

2019年09月01日 | 吸血鬼大作戦(全30話完結)
 角を曲がり、明が目にしたのは、こちらを向いて座りこんでいる文枝と、その背後に立っている人の姿だった。うっすらした街灯の当たっている外側に立っているため、その人影ははっきりとは見えなかった。
 文枝は大声で泣きじゃくっていた。背後の人影はじりじりと後退し、街灯の届く範囲から外れた。黒いシルエットになった。しかし、その顔に当たる部分に、青く光る大きな円の真ん中に赤い点が浮かび上がったものが二つ並んでいた。不気味な目玉だ、と明は思った。目玉だとしたら、これは人間のものじゃない! くるみが言っていた宇宙人か? それとも本物の吸血鬼か?
 明は相手をじっとにらみ付けながら一歩前へ出た。泣きじゃくっている文枝が心配だった。襲われたのか? それともまだだったのか? 明には判断できなかった。文枝の泣きじゃくる声以外は音は無かった。しばらくすると、明の背後に気配があった。女子たちが恐る恐るやって来たようだった。
「文枝!」
 はるみの声がした。
「誰だ、てめぇ!」
 白木先生の声がした。
 文枝の背後の人影が明たちに背を向けて走り出した。とっさに明はそれを追った。文枝の横を駈け抜けながら様子を見た。血は出ていない。襲われる前だったようだ。通り過ぎてしばらくし、はるみたちの声が聞こえて来た。文枝を囲んでいるのだろう。しかし、明は振り返らず、逃げる相手を追った。
 明の頭の中には、正義と英雄と勇者しかいなかった。不良だ元その筋系だとは言うものの周りが女子ばかりだったから、余計にそんな気持ちが高まったのかもしれない。無茶とか無謀とか、そんなマイナスな感情は全く起こらなかった。とにかく、追いかけて、追いつめて…… そう! 正義は必ず勝つ!
 相手の逃げ足は速かったが、直前で靴紐を結び直したのと、学校ジャージという動きやすい服装のおかげで、明も速く走る事が出来た。……とにかく見失わないようにしなければ! 明は「待て!」と叫びたかったが、ドラマなどでこんなシーンを観ると、待てと叫んで待った犯人は一人としていない事を思い出し、黙々と後を追った。通り過ぎる街灯の下で、追う相手の後ろ姿が垣間見える。素材はよく分からないが、光沢のある黒い上着とズボンのようだった。
 あいつが、猫や犬を襲ったヤツなんだろうか? 次に人間が襲われるなんて、オレの考えが当たったようだ。しかし、文枝さんは猫や犬よりも大柄だし(人間の中でも大柄だけど)、暴れたら手こずるって事に気が付かなかったのか? やっぱり宇宙人なんだろうか? だとすると、襲った相手は人間の事を知らな過ぎたんだ。きっと予想外の抵抗に襲う事は難しいと判断して逃げているんだ。だから、オレみたいな、ひょろガリにも向かって来ないんだ。やっぱり、正義は勝つんだ! 明は心の中でそう叫びながら走った。
 相手は公園に逃げ込んだ。この公園は周囲に木立や大きな樹木が多い。その中に逃げ込まれたら見失ってしまう。
 明も公園に踏み込んだ。足を止めた。全身から汗がどっと噴き出した。息も荒い。それでも、耳に意識を集中させた。逃げる足音はしなかった。相手は公園のどこかに潜んでいるらしい。
 そう思ったとたん、明は急に現実に引き戻された。
 あんな恐ろしいヤツが潜んでいる。自分はくたくたになっている。そんなオレの様子を、どこかからじっと見ているに違いない。今襲われたら抵抗できないし、逃げる力も残っていない。……オレは何をやっていたんだ? 追いつめるつもりだったのか? だが、今の状態を見てみろよ、呼吸を整えようとするが一向に治まらないし、逆に追い詰められたみたいじゃないか! これじゃ、オレが犠牲の生贄だぞ! くるみは「明はな~んにも考えていないわよね」とよく言っていた。……そうだ、オレは深く考えていなかった。正義は勝つなんて、何を都合の良いことを考えていたんだろう! 武器も武術も知恵もないオレごときの正義なんか、本物の悪に通用するわけないじゃないか! そうと決まれば、出来ることは一つだ。ここから引き返すことだ。そうさ、どうせオレは「へっぽこ」だもんな…… 明は自嘲的な笑みを浮かべ、ゆっくりと踵を返した。
「あら、へっぽこ君!」
 背中に声をかけられた。聞き覚えのある声だ。
 明は振り返った。
 川村ひろみ先生が立っていた。


 つづく
 

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