「それにしても、まだ成仏させられんのかね。ここに来て幾日経ったかね」ばあさんが嫌味な顔をする。「わしんとこの村にまでここのわあわあ言う声が毎夜毎夜流れてきてのう…… 孫も怖がっておってなあ……」
「ははは、面目ない事じゃ……」
「坊様よう。お前さん、本当にあの雑兵の亡者どもを成仏させられるんかね」
「うむ。結構亡者が集まって来るようになってのう。あと一歩なんじゃが、何かが邪魔をしておるようじゃ」
「何かって、何だね」
「拙僧のからだに手を伸ばしてくる気配はある。だがそれが不意に消えてしまうのじゃ。拙僧にしっかりと触れてくれれば、そこで成仏させてやれるんだがのう……」
「それを邪魔してくる者がおるって事かい」ばあさんは腕組みをした。しばらくし、ぽんと膝を叩く。「そりゃあ、隣に住んどる太郎兵衛の、意地悪糞爺ぃじゃないかね」
「これこれ、他人様の悪口を言うでない」坊様は言うと豪快に笑った。「たしかに、あの爺ぃ、水を一杯所望したら『功徳を施すは坊主の務め、わしの務めではないわ!』とぬかしておったがな」
「いつもそうじゃ。難癖ばかりつけおって何もしやせん!」ばあさんは怒鳴った。それから、表情が柔らかくなった。「……でもまあ、その後お坊様がわしんとこに来て、水を所望してくれたおかげで、こうして世話が焼けとるんじゃから、良しとするかのう」
隙間風が壁に開いた穴から流れ込んだ。蝋燭の火を揺らす。それに混じって、雑兵たちの雄叫びが聞こえた。
「また始まりおったか、おぞましい……」ばあさんが溜め息をつく。「わしが子供の頃から、ずっとじゃよ……」
「そうか……」坊様はじっと耳を澄ます。「拙僧には成仏できぬ悲しみに聞こえるな」
「さすが、お坊様じゃ、心根が優しいのう」
「見てくれは熊じゃがな」
二人は笑った。
「ま、何が邪魔をしておるのかは分からんが、分からんものを考えていても分からん。明日、陽が昇れば何か考えが浮かぶかもしれんて……」
坊様はごろりと横になると、すぐさま鼾をかき出した。
「あれまあ、潔いと言うか、諦めが早いと言うか……」ばあさんは笑ったが、その寝顔を見ると呟いた。「かなり、お疲れのようじゃのう……」
ばあさんは蝋燭の火を吹き消して、自分もごろりと横になって眠ってしまった。
つづく
「ははは、面目ない事じゃ……」
「坊様よう。お前さん、本当にあの雑兵の亡者どもを成仏させられるんかね」
「うむ。結構亡者が集まって来るようになってのう。あと一歩なんじゃが、何かが邪魔をしておるようじゃ」
「何かって、何だね」
「拙僧のからだに手を伸ばしてくる気配はある。だがそれが不意に消えてしまうのじゃ。拙僧にしっかりと触れてくれれば、そこで成仏させてやれるんだがのう……」
「それを邪魔してくる者がおるって事かい」ばあさんは腕組みをした。しばらくし、ぽんと膝を叩く。「そりゃあ、隣に住んどる太郎兵衛の、意地悪糞爺ぃじゃないかね」
「これこれ、他人様の悪口を言うでない」坊様は言うと豪快に笑った。「たしかに、あの爺ぃ、水を一杯所望したら『功徳を施すは坊主の務め、わしの務めではないわ!』とぬかしておったがな」
「いつもそうじゃ。難癖ばかりつけおって何もしやせん!」ばあさんは怒鳴った。それから、表情が柔らかくなった。「……でもまあ、その後お坊様がわしんとこに来て、水を所望してくれたおかげで、こうして世話が焼けとるんじゃから、良しとするかのう」
隙間風が壁に開いた穴から流れ込んだ。蝋燭の火を揺らす。それに混じって、雑兵たちの雄叫びが聞こえた。
「また始まりおったか、おぞましい……」ばあさんが溜め息をつく。「わしが子供の頃から、ずっとじゃよ……」
「そうか……」坊様はじっと耳を澄ます。「拙僧には成仏できぬ悲しみに聞こえるな」
「さすが、お坊様じゃ、心根が優しいのう」
「見てくれは熊じゃがな」
二人は笑った。
「ま、何が邪魔をしておるのかは分からんが、分からんものを考えていても分からん。明日、陽が昇れば何か考えが浮かぶかもしれんて……」
坊様はごろりと横になると、すぐさま鼾をかき出した。
「あれまあ、潔いと言うか、諦めが早いと言うか……」ばあさんは笑ったが、その寝顔を見ると呟いた。「かなり、お疲れのようじゃのう……」
ばあさんは蝋燭の火を吹き消して、自分もごろりと横になって眠ってしまった。
つづく
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