ボトルを口元まで運んだジェシルの手が止まった。
「……」
カルースではないが、違和感があった。ジェシルはオムルに顔を向ける。オムルは自分の椅子に座ってジェシルを見上げている。
「ねえ、オムル……」ジェシルはボトルを軽く振ってみせた。「あなた、席を外した時間ってあった?」
「いや、ずっとこの部屋にいたが……」
「トイレとかにも立たなかったの?」
「こんなからだになったら、トイレも一日一回になっちまったよ」
「そう……」ジェシルはボトルをデスクに戻した。「こんな事を言っちゃ悪いけど、いつ作ったジュースなの?」
「いつって……」オムルは戸惑った表情で、ジェシルを見つめる。「毎朝作っているんだがな……」
「じゃあ、これも朝作ってくれたのね?」
「そうだが…… 何かあったのか?」
「なんて言うのかなあ…… ちょっと違和感……」
「ジェシルのために作ったんだぜ」
「それは感謝しているんだけど…… ねえ、グラスってある? ちょっと飲んでみてよ」
「ジューサーで絞っただけのものだ。添加物なし、百パーセント天然ジュースだ」
「そう……」
「何だよ、気になるな。味見もしてきたぜ」
「良いから、飲んでみてよ」
「信用が無いんだな…… じゃあ良いや、捨てておくよ」
「そうじゃないの……」ジェシルも戸惑った表情だ。「このジュースの香り、わたしが知っているベルザの実の香りがしないのよ……」
「どう言う事だ?」
「ベルザの実は、この宇宙に三十七種類あるの。わたしはそれらのジュースを全部飲んでいるから、香りや味の違いは全部わかるのよ。……でも、この香りは初めてだわ……」
「そうかい……」
「だから、すり替えでもあったのかなって思ったんだけど、あなたは席を離れていないって言うから……」
「お前さんの思い違いじゃないのか?」
「いいえ、そんな事は無いわ」
「じゃあ、オレが何かしたって言うのかい?」
「そうは思わないけど……」
「もう良いよ、捨てちまうから…… 残念だぜ、疑われちまうとはな……」
オムルは言うと、ボトルに手を伸ばした。
「待って! ごめん! 飲むわ!」
ジェシルも慌てて手を伸ばす。ジェシルの手がオムルの手に重なった。ジェシルは、はっとした表情になって手を引いた。
「……オムル…… あなたのその手……」
ジェシルは言うと、数歩後退した。
「手?」オムルはゆっくりと立ち上がった。「オレの手が、どうかしたのかい?」
「……サイボーグ……」
ジェシルはつぶやいた。
オムルは何も言わず、じっとジェシルを見つめている。
「そうだよ……」オムルはにやりと笑って、手を振って見せた。「オレはサイボーグ手術を受けたんだ。手足を取り換えたのさ。ジュースの毒で死んでくれれば問題なかったんだがな……」
オムルは言うと、デスクを飛び越えた。いつもからだがよじれていて、動きづらそうな右手で杖を扱い、右足を引きずりながら危なげに歩いていたオムルだったが、背筋を伸ばし、直立している。ジェシルよりも背が高かった。その姿に、ジェシルは見覚えがあった。
「オムル! 病院でわたしを襲ったのは、あなただったのね!」
「病院だけじゃない。オフィスに忍び込んだのもオレだ」オムルは言うと笑った。さっきまでのかすれた声ではなかった。「医療班から薬をちょろまかしたのもオレだ」
ジェシルは腰のメルカトリーム熱線銃に手をかけた。素早く抜くと銃口をオムルに向け、引き金を引いた。熱線はオムルの胸に命中したが、オムルは平然と立っていた。
「もう一つ言い忘れていたが、全身も対熱線銃用にコーティングしてあるんだ。だから、そんな生温い銃なんぞ効かないよ」
ジェシルはもう一度銃を構え直そうとした。不意にオムルの右手が伸びてジェシルの制服の胸倉をつかんだ。そのまま締め上げた。ジェシルは苦しそうな表情になった。オムルは締め上げながらジェシルのからだを持ち上げた。ジェシルの爪先が床から離れ、宙づり状態になった。苦しさの故か、熱線銃を持ったままの右手がだらりと下がった。
「ははは……」オムルは馬鹿にしたように笑った。「驚いたろう? オレの手足は伸縮するんだよ。しかも、常人の数十倍の力が出せるのさ」
「それは違法よ……」ジェシルは声を詰まらせる。「オムル、一体どういうつもりなのよ……」
「からだが不自由ってのが辛くてな。それに違法って言うのなら、病院でのお前の銃、出力が違法だったんじゃないのか? 腕が一部破壊されたからな」
「何が目的なのよ!」
「ははは、こんな目に遭っても元気だな。若いってのは羨ましいねぇ……」オムルは締め上げる力を増した。ジェシルはさらに苦しそうな顔を歪める。「目的は何かって聞いてたな」
「言いなさいよ……」
「目的か。お前も分かっているだろう……」オムルはジェシルをさらに持ち上げた。苦しそうなジェシルを見ながら残忍な笑みを浮かべる。「お前の命だよ……」
つづく
「……」
カルースではないが、違和感があった。ジェシルはオムルに顔を向ける。オムルは自分の椅子に座ってジェシルを見上げている。
「ねえ、オムル……」ジェシルはボトルを軽く振ってみせた。「あなた、席を外した時間ってあった?」
「いや、ずっとこの部屋にいたが……」
「トイレとかにも立たなかったの?」
「こんなからだになったら、トイレも一日一回になっちまったよ」
「そう……」ジェシルはボトルをデスクに戻した。「こんな事を言っちゃ悪いけど、いつ作ったジュースなの?」
「いつって……」オムルは戸惑った表情で、ジェシルを見つめる。「毎朝作っているんだがな……」
「じゃあ、これも朝作ってくれたのね?」
「そうだが…… 何かあったのか?」
「なんて言うのかなあ…… ちょっと違和感……」
「ジェシルのために作ったんだぜ」
「それは感謝しているんだけど…… ねえ、グラスってある? ちょっと飲んでみてよ」
「ジューサーで絞っただけのものだ。添加物なし、百パーセント天然ジュースだ」
「そう……」
「何だよ、気になるな。味見もしてきたぜ」
「良いから、飲んでみてよ」
「信用が無いんだな…… じゃあ良いや、捨てておくよ」
「そうじゃないの……」ジェシルも戸惑った表情だ。「このジュースの香り、わたしが知っているベルザの実の香りがしないのよ……」
「どう言う事だ?」
「ベルザの実は、この宇宙に三十七種類あるの。わたしはそれらのジュースを全部飲んでいるから、香りや味の違いは全部わかるのよ。……でも、この香りは初めてだわ……」
「そうかい……」
「だから、すり替えでもあったのかなって思ったんだけど、あなたは席を離れていないって言うから……」
「お前さんの思い違いじゃないのか?」
「いいえ、そんな事は無いわ」
「じゃあ、オレが何かしたって言うのかい?」
「そうは思わないけど……」
「もう良いよ、捨てちまうから…… 残念だぜ、疑われちまうとはな……」
オムルは言うと、ボトルに手を伸ばした。
「待って! ごめん! 飲むわ!」
ジェシルも慌てて手を伸ばす。ジェシルの手がオムルの手に重なった。ジェシルは、はっとした表情になって手を引いた。
「……オムル…… あなたのその手……」
ジェシルは言うと、数歩後退した。
「手?」オムルはゆっくりと立ち上がった。「オレの手が、どうかしたのかい?」
「……サイボーグ……」
ジェシルはつぶやいた。
オムルは何も言わず、じっとジェシルを見つめている。
「そうだよ……」オムルはにやりと笑って、手を振って見せた。「オレはサイボーグ手術を受けたんだ。手足を取り換えたのさ。ジュースの毒で死んでくれれば問題なかったんだがな……」
オムルは言うと、デスクを飛び越えた。いつもからだがよじれていて、動きづらそうな右手で杖を扱い、右足を引きずりながら危なげに歩いていたオムルだったが、背筋を伸ばし、直立している。ジェシルよりも背が高かった。その姿に、ジェシルは見覚えがあった。
「オムル! 病院でわたしを襲ったのは、あなただったのね!」
「病院だけじゃない。オフィスに忍び込んだのもオレだ」オムルは言うと笑った。さっきまでのかすれた声ではなかった。「医療班から薬をちょろまかしたのもオレだ」
ジェシルは腰のメルカトリーム熱線銃に手をかけた。素早く抜くと銃口をオムルに向け、引き金を引いた。熱線はオムルの胸に命中したが、オムルは平然と立っていた。
「もう一つ言い忘れていたが、全身も対熱線銃用にコーティングしてあるんだ。だから、そんな生温い銃なんぞ効かないよ」
ジェシルはもう一度銃を構え直そうとした。不意にオムルの右手が伸びてジェシルの制服の胸倉をつかんだ。そのまま締め上げた。ジェシルは苦しそうな表情になった。オムルは締め上げながらジェシルのからだを持ち上げた。ジェシルの爪先が床から離れ、宙づり状態になった。苦しさの故か、熱線銃を持ったままの右手がだらりと下がった。
「ははは……」オムルは馬鹿にしたように笑った。「驚いたろう? オレの手足は伸縮するんだよ。しかも、常人の数十倍の力が出せるのさ」
「それは違法よ……」ジェシルは声を詰まらせる。「オムル、一体どういうつもりなのよ……」
「からだが不自由ってのが辛くてな。それに違法って言うのなら、病院でのお前の銃、出力が違法だったんじゃないのか? 腕が一部破壊されたからな」
「何が目的なのよ!」
「ははは、こんな目に遭っても元気だな。若いってのは羨ましいねぇ……」オムルは締め上げる力を増した。ジェシルはさらに苦しそうな顔を歪める。「目的は何かって聞いてたな」
「言いなさいよ……」
「目的か。お前も分かっているだろう……」オムルはジェシルをさらに持ち上げた。苦しそうなジェシルを見ながら残忍な笑みを浮かべる。「お前の命だよ……」
つづく
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