「よう、来たか、お二人さん」ケーイチは逸子とコーイチを見て言った。「まあ、もう少し近くへ……」
ケーイチの手招きで、ケーイチの座っている椅子の前に置かれた古びたソファに二人は腰掛けた。
「それで、兄さん、何かあるのかい?」コーイチが尋ねる。「また、何か作ったものを披露しようって言うのかな?」
「そうじゃない」ケーイチは即否定し、いつもは見せない真面目な表情を浮かべた。「もっと大事な事だ」
「何だろう……」コーイチは腕組みをして考え込む。段々と寄り目になって行く。「……う~ん……」
「コーイチさん、寄り目、寄り目!」逸子の注意でコーイチの目が戻った。逸子はくすくすと笑う。「相変わらずねぇ……」
「話と言うのはだ……」
ケーイチの雰囲気がいつもと違うと感じた逸子は、思わずごくりと鳴らした喉の音が妙に大きく響いた。それが恥かしかったのか、逸子はコーイチの腕を思い切りつかんだ。声は出さなかったが、コーイチの顔が苦痛で歪んだ。ケーイチのそのやり取りが終わるのを待って続けた。
「……コーイチも逸子さんも不思議に思わないだろうか? 時代の違う者同士が一堂に会して交流するなんてさ。確かに、タイムマシンのおかげなのは分かっているんだけどね。しかし、悪影響もある。早い話、歴史が変わってしまうと言う事だ。あり得ない事が起きているんだよ。それだけじゃない。今のタイムマシンはパラレルワールド製造機となっているから、幾つもの歴史の流れを作ってしまっている。これは今は良いかも知れないが、いずれ大変な事になるだろう」
「大変って?」
「過ぎたるは及ばざるって事でな……」ケーイチは重々しく言う。「歴史が崩壊する」
「なるほど……」コーイチはうなずく。それからケーイチを見る。「……つまり、どう言う事なんだい、兄さん?」
「何だ、分かっていなかったのか……」ケーイチはため息をつく。「逸子さんなら分かるだろう?」
「増え過ぎたパラレルワールドが、本当の歴史の流れを止めてしまうかもって事ですね」逸子はコーイチを見る。「……ほら、二酸化炭素が増えてしまったなんて話があるじゃない? 地球が暖かくなっちゃって。氷が解けるとか異常気象とか。何とかしなきゃって世界中で言っているわ」
「ああ、そうだねぇ……」
「そう言う事だ」ケーイチが言う。「増え過ぎてからでは、解決が面倒になるのだよ」
「でもさ、兄さん」コーイチは口を尖らせる。「そのおかげで色々な可能性が見られたじゃないか。チトセちゃんなんか、そうだろう? あの娘、山賊の仲間のままで終わらせるのは可哀相じゃないか。チトセちゃんは、今の方が幸せだと思うけど」
「それは何とも言えんぞ。チトセは実はどこかの姫で将来幸せに暮らしたかもしれない。山賊の女首領になって、全国津々浦々に名を馳せ、歴史に名を残すかもしれない。それとも、平凡ながらも幸せな家庭を築くかもしれない」
「でもさ、それは可能性の一つだろう?」
「だがな、タイムマシンに乗って未来に来るって言う可能性だけは、無いんだよ」ケーイチは言う。「それはどう考えてもあってはならない事なんだ。オレたちが、ここにこうして居る事も、おかしな話だ」
「じゃあ、綺羅姫とテルキさんの結婚も……」逸子がつぶやく。「おかしな話だと……」
「過去と未来が平気な顔で交わると言うのは、あってはならないと思うのだよ。確かに、様々な可能性を否定するのはどうかとは思うけどさ。例えば、ある事に失敗した自分に未来の自分が会いに来て、失敗の原因を教えて回避させたとする。どうなると思う? パラレルワールドなら、失敗した自分の世界と、失敗を回避した自分の世界とが、並んで存在することになる。しかしだ、失敗をいずれは克服できるかもしれない。回避したとしても別の失敗があるかもしれない。つまり、何が言いたいかと言うとだ、本来、歴史の流れは一本だって事だ。タイムマシンで作り出すパラレルワールドなんてのは、小細工に過ぎない。解決にはならない。現実が厳しくて辛いものだとしても、それが歴史の本来の流れならば、変えてはいけないのだよ」
「それじゃあ、タイムマシンを否定するんですか?」逸子が驚く。「お兄様、あんなに研究なさっていたのに……」
「いや、そうじゃないよ」ケーイチは笑う。「本当のタイムマシンってのが分かったさ」
「本当のタイムマシン……?」
「そう。本当のタイムマシンてのは、歴史に関わっちゃいけないのさ。あくまでも、その流れを傍から見守るものでなければいけない。パラレルワールドなんて産み出してはいけないのさ」
ケーイチは言うと、作業台の上にある一本の物差し状の物を手に取った。それを二人の前に差し出す。
「これが最終形態のタイムマシンだ。これは歴史の流れを見守るだけのものだ。つまり、これを使えば、今までのパラレルワールドを作り出すタイムマシンは消える」
「え?」コーイチは驚くとともに、戸惑う。「そう言う事になると……」
「そうだ。この唯一の正しいタイムマシンを作動させれば、パラレルワールド自体が消滅する。あり得ない世界は無くなるのだよ」
「……じゃあ、この世界も……」
「当然、無くなる。だがな、この世界が、本来の歴史の流れの上にあるものならば、消えることはない」
「その可能性は?」コーイチはケーイチに挑むように言う。「その可能性はどれくらいあるんだい?」
「お前も分かっているだろう……」ケーイチは静かに言う。「可能性は少ないよ……」
コーイチは肩の力を落とした。
つづく
ケーイチの手招きで、ケーイチの座っている椅子の前に置かれた古びたソファに二人は腰掛けた。
「それで、兄さん、何かあるのかい?」コーイチが尋ねる。「また、何か作ったものを披露しようって言うのかな?」
「そうじゃない」ケーイチは即否定し、いつもは見せない真面目な表情を浮かべた。「もっと大事な事だ」
「何だろう……」コーイチは腕組みをして考え込む。段々と寄り目になって行く。「……う~ん……」
「コーイチさん、寄り目、寄り目!」逸子の注意でコーイチの目が戻った。逸子はくすくすと笑う。「相変わらずねぇ……」
「話と言うのはだ……」
ケーイチの雰囲気がいつもと違うと感じた逸子は、思わずごくりと鳴らした喉の音が妙に大きく響いた。それが恥かしかったのか、逸子はコーイチの腕を思い切りつかんだ。声は出さなかったが、コーイチの顔が苦痛で歪んだ。ケーイチのそのやり取りが終わるのを待って続けた。
「……コーイチも逸子さんも不思議に思わないだろうか? 時代の違う者同士が一堂に会して交流するなんてさ。確かに、タイムマシンのおかげなのは分かっているんだけどね。しかし、悪影響もある。早い話、歴史が変わってしまうと言う事だ。あり得ない事が起きているんだよ。それだけじゃない。今のタイムマシンはパラレルワールド製造機となっているから、幾つもの歴史の流れを作ってしまっている。これは今は良いかも知れないが、いずれ大変な事になるだろう」
「大変って?」
「過ぎたるは及ばざるって事でな……」ケーイチは重々しく言う。「歴史が崩壊する」
「なるほど……」コーイチはうなずく。それからケーイチを見る。「……つまり、どう言う事なんだい、兄さん?」
「何だ、分かっていなかったのか……」ケーイチはため息をつく。「逸子さんなら分かるだろう?」
「増え過ぎたパラレルワールドが、本当の歴史の流れを止めてしまうかもって事ですね」逸子はコーイチを見る。「……ほら、二酸化炭素が増えてしまったなんて話があるじゃない? 地球が暖かくなっちゃって。氷が解けるとか異常気象とか。何とかしなきゃって世界中で言っているわ」
「ああ、そうだねぇ……」
「そう言う事だ」ケーイチが言う。「増え過ぎてからでは、解決が面倒になるのだよ」
「でもさ、兄さん」コーイチは口を尖らせる。「そのおかげで色々な可能性が見られたじゃないか。チトセちゃんなんか、そうだろう? あの娘、山賊の仲間のままで終わらせるのは可哀相じゃないか。チトセちゃんは、今の方が幸せだと思うけど」
「それは何とも言えんぞ。チトセは実はどこかの姫で将来幸せに暮らしたかもしれない。山賊の女首領になって、全国津々浦々に名を馳せ、歴史に名を残すかもしれない。それとも、平凡ながらも幸せな家庭を築くかもしれない」
「でもさ、それは可能性の一つだろう?」
「だがな、タイムマシンに乗って未来に来るって言う可能性だけは、無いんだよ」ケーイチは言う。「それはどう考えてもあってはならない事なんだ。オレたちが、ここにこうして居る事も、おかしな話だ」
「じゃあ、綺羅姫とテルキさんの結婚も……」逸子がつぶやく。「おかしな話だと……」
「過去と未来が平気な顔で交わると言うのは、あってはならないと思うのだよ。確かに、様々な可能性を否定するのはどうかとは思うけどさ。例えば、ある事に失敗した自分に未来の自分が会いに来て、失敗の原因を教えて回避させたとする。どうなると思う? パラレルワールドなら、失敗した自分の世界と、失敗を回避した自分の世界とが、並んで存在することになる。しかしだ、失敗をいずれは克服できるかもしれない。回避したとしても別の失敗があるかもしれない。つまり、何が言いたいかと言うとだ、本来、歴史の流れは一本だって事だ。タイムマシンで作り出すパラレルワールドなんてのは、小細工に過ぎない。解決にはならない。現実が厳しくて辛いものだとしても、それが歴史の本来の流れならば、変えてはいけないのだよ」
「それじゃあ、タイムマシンを否定するんですか?」逸子が驚く。「お兄様、あんなに研究なさっていたのに……」
「いや、そうじゃないよ」ケーイチは笑う。「本当のタイムマシンってのが分かったさ」
「本当のタイムマシン……?」
「そう。本当のタイムマシンてのは、歴史に関わっちゃいけないのさ。あくまでも、その流れを傍から見守るものでなければいけない。パラレルワールドなんて産み出してはいけないのさ」
ケーイチは言うと、作業台の上にある一本の物差し状の物を手に取った。それを二人の前に差し出す。
「これが最終形態のタイムマシンだ。これは歴史の流れを見守るだけのものだ。つまり、これを使えば、今までのパラレルワールドを作り出すタイムマシンは消える」
「え?」コーイチは驚くとともに、戸惑う。「そう言う事になると……」
「そうだ。この唯一の正しいタイムマシンを作動させれば、パラレルワールド自体が消滅する。あり得ない世界は無くなるのだよ」
「……じゃあ、この世界も……」
「当然、無くなる。だがな、この世界が、本来の歴史の流れの上にあるものならば、消えることはない」
「その可能性は?」コーイチはケーイチに挑むように言う。「その可能性はどれくらいあるんだい?」
「お前も分かっているだろう……」ケーイチは静かに言う。「可能性は少ないよ……」
コーイチは肩の力を落とした。
つづく
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