「さとみぃ!」
翌朝、登校途中に麗子に声を掛けられた。さとみはぽうっとした顔で麗子に振り返る。
「何よ、その眠そうな顔は!」麗子が笑う。「昨日は、どう? アイと親密になれた?」
「親密……」さとみはつぶやくと、突然目を大きく見開き、ぷっと頬を膨らませた。「何よ、その言い方! 来られなかったんじゃなくて、ワザと来なかったって事?」
「いいじゃない、そんな事!」麗子も負けじと頬を膨らませる。「わたしはあなたと付き合いが長いけど、アイはまだ何にもないじゃない! だからわたしが気を利かせたのよ! それを何て言い方するのよう!」
「昨日は大変だったのよう! 一緒に来てくれればもっと楽だったのに!」
「なによ、それ! あんた、わたしとアイを何かに利用しようとしたの?」
「ふん! 来なかった人に言うことなんかないわよう!」
「あんたねえ……」
向かい合って怒鳴り合うさとみと麗子の間に、争いを止めるようにすっと右手が伸びてきた。二人の怒鳴り合いが止まった。手を入れて来たのはアイだった。
「姐さん、おはようございます!」アイがさとみに深く頭を下げた。「昨日は有難うございましたあ!」
「ねえ、アイ」麗子がアイの肩に手をかける。「昨日何があったの? さとみったら教えてくれないのよ」
「わたしも良く分かんないんだ……」アイは困った顔をして麗子を見る。「でも、姐さんのお役には立てたから、舎弟としてはそれで十分なのさ」
「そうなんだろうけど……」
二人を残してさとみがトコトコと歩き出した。
「姐さん!」アイがあわてて後を追う。「置いて行かないでくださいよ!」
「あ、ごめん…… 悪いんだけど、先に学校へ行っててくれる?」
「え~っ、何でよう!」麗子が文句を言う。「昨日の話、聞かせてよう!」
「いや、麗子、行こう」アイが麗子をたしなめるように言う。「舎弟は、姐さんの言葉が絶対だ」
「ちょっと、わたしは舎弟じゃないわよう!」
アイに強引に連れて行かれる麗子が文句を言う。それでも、二人は先に学校へ向かって行った。
さとみは霊体を抜け出させた。豆蔵とみつと竜二がそろって立っていたからだ。
「みんな、昨日はどうもありがとう」さとみが頭を下げた。それからふと気がついたように続けた。「……あれ、ももちゃんは?」
突然、竜二が泣き出した。みつが慰めるように竜二の肩を優しく叩く。
「実は嬢様……」
豆蔵が話し出した。
騒ぎの後、恨みの晴れたももが、竜二と共にこの世に残ると言い出した。
「馬鹿言っちゃいけないよ」
そう諭したのは竜二だった。
「ももちゃんはもう恨みが無くなったんだから、成仏しなきゃいけないよ」
「でも、わたし、竜二さんが好きだから……」
「だめだよ、ももちゃん。オレみたいな、馬鹿で単純でお調子者で何のとりえもないヤツ(思わず豆蔵もみつも大きくうなずいてしまう)と、ずっと一緒だなんてのは、絶対にダメだ」
「でも……」
「でもも田楽もねえよ(気の利いたことを言ったつもりだったが、誰も反応しなかった)。ももちゃんは新しく生まれ変わって、良い人生を歩むべきだ」
豆蔵もみつもうなずく。
「……わかったわ……」
ももの身体が明るく光りはじめた。
「ありがとう、竜二さん……」
「泣くなよ、ももちゃん。幸せの門出だろ? 笑ってくれよ」
ももは微笑んだ。
光が強くなったかと思うと次第に弱まり、光が消えるとともに、ももの姿も消えた。
「ももちゃん、幸せになあ!」
言い終わると、竜二はわんわん泣き出した。
「……で、やっと泣き止んだんで、ご報告にと連れて来たんですが……」豆蔵はわんわん泣く竜二に困惑の表情を向けている。「ちと早かった様で……」
「そうなんだ…… 竜二のくせに強がるからよ」さとみは竜二を見ながら言う。「でも、ももちゃんには良かったんじゃないかしらね」
「あっしもそう思いやす」
「でも、最後に話くらいしたかったわ」
「さとみ殿」みつが話しかけてきた。「ももさんはさとみ殿に感謝してました。気を失っていたのを治した時に何度も『さとみちゃん、ありがとう』と繰り返してました」
「そうなんだ……」さとみも泣きだした。「良かった、良かったわ……」
豆蔵はやれやれと言う顔をみつに向けた。みつは優しく微笑んでいた。
ひとしきり泣いたさとみは霊体を戻した。気がつくと周りに登校する生徒たちの姿が無かった。
「いけない! 遅刻!」
さとみは一人できゃあきゅあ叫びながら走って行った。
豆蔵たちは、その後ろ姿を目で追いながら、すっと消えた。
おしまい
* 何とか最終回を迎えることができました。ちょっと最後は急ぎ足だったかなとも思いましたが、次のさとみの話も構想中なものですから、ご勘弁願いたいと思います。これからもよろしくお願いいたしまする~
翌朝、登校途中に麗子に声を掛けられた。さとみはぽうっとした顔で麗子に振り返る。
「何よ、その眠そうな顔は!」麗子が笑う。「昨日は、どう? アイと親密になれた?」
「親密……」さとみはつぶやくと、突然目を大きく見開き、ぷっと頬を膨らませた。「何よ、その言い方! 来られなかったんじゃなくて、ワザと来なかったって事?」
「いいじゃない、そんな事!」麗子も負けじと頬を膨らませる。「わたしはあなたと付き合いが長いけど、アイはまだ何にもないじゃない! だからわたしが気を利かせたのよ! それを何て言い方するのよう!」
「昨日は大変だったのよう! 一緒に来てくれればもっと楽だったのに!」
「なによ、それ! あんた、わたしとアイを何かに利用しようとしたの?」
「ふん! 来なかった人に言うことなんかないわよう!」
「あんたねえ……」
向かい合って怒鳴り合うさとみと麗子の間に、争いを止めるようにすっと右手が伸びてきた。二人の怒鳴り合いが止まった。手を入れて来たのはアイだった。
「姐さん、おはようございます!」アイがさとみに深く頭を下げた。「昨日は有難うございましたあ!」
「ねえ、アイ」麗子がアイの肩に手をかける。「昨日何があったの? さとみったら教えてくれないのよ」
「わたしも良く分かんないんだ……」アイは困った顔をして麗子を見る。「でも、姐さんのお役には立てたから、舎弟としてはそれで十分なのさ」
「そうなんだろうけど……」
二人を残してさとみがトコトコと歩き出した。
「姐さん!」アイがあわてて後を追う。「置いて行かないでくださいよ!」
「あ、ごめん…… 悪いんだけど、先に学校へ行っててくれる?」
「え~っ、何でよう!」麗子が文句を言う。「昨日の話、聞かせてよう!」
「いや、麗子、行こう」アイが麗子をたしなめるように言う。「舎弟は、姐さんの言葉が絶対だ」
「ちょっと、わたしは舎弟じゃないわよう!」
アイに強引に連れて行かれる麗子が文句を言う。それでも、二人は先に学校へ向かって行った。
さとみは霊体を抜け出させた。豆蔵とみつと竜二がそろって立っていたからだ。
「みんな、昨日はどうもありがとう」さとみが頭を下げた。それからふと気がついたように続けた。「……あれ、ももちゃんは?」
突然、竜二が泣き出した。みつが慰めるように竜二の肩を優しく叩く。
「実は嬢様……」
豆蔵が話し出した。
騒ぎの後、恨みの晴れたももが、竜二と共にこの世に残ると言い出した。
「馬鹿言っちゃいけないよ」
そう諭したのは竜二だった。
「ももちゃんはもう恨みが無くなったんだから、成仏しなきゃいけないよ」
「でも、わたし、竜二さんが好きだから……」
「だめだよ、ももちゃん。オレみたいな、馬鹿で単純でお調子者で何のとりえもないヤツ(思わず豆蔵もみつも大きくうなずいてしまう)と、ずっと一緒だなんてのは、絶対にダメだ」
「でも……」
「でもも田楽もねえよ(気の利いたことを言ったつもりだったが、誰も反応しなかった)。ももちゃんは新しく生まれ変わって、良い人生を歩むべきだ」
豆蔵もみつもうなずく。
「……わかったわ……」
ももの身体が明るく光りはじめた。
「ありがとう、竜二さん……」
「泣くなよ、ももちゃん。幸せの門出だろ? 笑ってくれよ」
ももは微笑んだ。
光が強くなったかと思うと次第に弱まり、光が消えるとともに、ももの姿も消えた。
「ももちゃん、幸せになあ!」
言い終わると、竜二はわんわん泣き出した。
「……で、やっと泣き止んだんで、ご報告にと連れて来たんですが……」豆蔵はわんわん泣く竜二に困惑の表情を向けている。「ちと早かった様で……」
「そうなんだ…… 竜二のくせに強がるからよ」さとみは竜二を見ながら言う。「でも、ももちゃんには良かったんじゃないかしらね」
「あっしもそう思いやす」
「でも、最後に話くらいしたかったわ」
「さとみ殿」みつが話しかけてきた。「ももさんはさとみ殿に感謝してました。気を失っていたのを治した時に何度も『さとみちゃん、ありがとう』と繰り返してました」
「そうなんだ……」さとみも泣きだした。「良かった、良かったわ……」
豆蔵はやれやれと言う顔をみつに向けた。みつは優しく微笑んでいた。
ひとしきり泣いたさとみは霊体を戻した。気がつくと周りに登校する生徒たちの姿が無かった。
「いけない! 遅刻!」
さとみは一人できゃあきゅあ叫びながら走って行った。
豆蔵たちは、その後ろ姿を目で追いながら、すっと消えた。
おしまい
* 何とか最終回を迎えることができました。ちょっと最後は急ぎ足だったかなとも思いましたが、次のさとみの話も構想中なものですから、ご勘弁願いたいと思います。これからもよろしくお願いいたしまする~
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もちろん、出来不出来(不出来が多いのですけれど)はありますが、頑張りたいと思います。
そのうち「豆蔵捕り物帳」なんて出来たらいいですね。気長にお待ちいただければと思います。
竜二も頼りないようなでも優しくて、
後半でさとみのおばあちゃんが登場したのは
少しうるうるっときました
楽しく読ませて頂きました