お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

ある男の日記  ①

2019年06月24日 | ある男の日記(全5話完結)
 6月10日(月)
 今日から日記をつけようと思う。と言うのは、隣の部屋に引っ越しがあったからだ。
 それも、若い女性が独りだ。
 さらに、引っ越しのあいさつに来てくれたのだ。
 元々、オレは人と接するのを避けている。面倒臭いからだ。だから、隣の引っ越し作業にも無関心だった。
 それだから、あいさつに来られた時は、あわててしまった。
 名前を川村ひろみと言っていた。二十くらいだろうか。豊かな黒髪が腰まで伸びていて、仲々かわいい娘だ。あいさつの時の明るい声と笑顔に、どきんとした。
 他の者を気にしたのは、これが初めてかもしれない。
 オレはこの女、ひろみの事を記すつもりで、これから日記をつけていく。


 6月11日(火)
 今日は朝から、ひろみは出掛けたようだ。
 ずっと帰って来ない。
 誰かと会っているのだろうか…… 気になる。
 仕事は何をしているのか? 学生か?
 たかがあいさつをされただけなのに、オレは何を考えているのだろう。
 こんな自分が嫌になる。
 しかし、気になる……


 6月12日(水)
 ひろみが帰っているようだ。夜中に帰って来たのだろうか?
 このアパート、思っているよりも壁が厚くはないのだ。
 ひろみが明るくかわいらしい声で何か歌っている声が聞こえている。帰って来たのがわかったのも、この歌声のおかげだ。
 しかし、これは気まずい。声が聞こえやすいと言う事を、知らせてやらねばならないだろう。
 オレはわざと咳払いをした。ひろみの歌声が止んだ。聞こえたのだろう。


 6月13日(木)
 隣からは何も聞こえない。
 これはこれで良かったが、逆に気になってしまう。
 オレの咳払いが嫌味ととらえられたのではないかと思ってしまう。
 あるいは、変人とか、アブナイ男とか、思われてしまったのか……
 ひろみは昼前に出掛けたようだ。ドアの開閉音と鉄製階段を降りる靴音がしたからだ。
 今は夜の十一時を過ぎたところだ。
 何をしているのか……
 つまらない妄想が浮かんでは消える。


つづく


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