「あら、あっちでまた何日か過ごしてきたのね」花子は洋子の姿を見て言った。「さっきまではヤボったい例のスーツだったから」
「はい。あっちでは休日だったので……」洋子は笑顔で言い、くるりと一回りしてみせる。「わたし、カンフー着が気に入りました」
「そ、それで、逸子さんは?」コーイチが割って入る。「逸子さんはどうなんだい?」
「まあ、コーイチさん!」洋子は驚いたようだ。「逸子さんの話だと、もう少し気を失っているはずだったんですが…… さすが、逸子さんに叩かれ慣れしているようですね」
「……ああ、確かに……」コーイチは逸子と付き合ってからのことを思い返しながら言う。「……いや、そんな事よりも……」
「逸子さんなら大丈夫です」洋子はうなずきながら言う。「今、コーイチさんのアパートのそばで待っています。わたし、そこからこちらへ戻ってきました。今帰れば、逸子さんの目の前に戻れますよ」
「そう……」
コーイチはちらっと花子を見た。花子は微笑みを浮かべたままだ。
「では、戻りましょう」
洋子は紙とエンピツを取り出した。
「ちょ、ちょっと待って」コーイチは両手を振りながら洋子に言う。「実は、花子さんと約束したことがあるんだよ……」
「え?」洋子の手が止まる。「約束……ですか?」
「実は、ぼくはここに残る事にしているんだよ」
「どう言うことですか!」
「花子さんが協力してくれる条件なんだ。ぼくがこの世界に残るって言う事がね」
「でも、花子さんがコーイチさんも戻すようにって言ってたんですけど……」
「え?」コーイチは花子に振り返る。「どう言う……」
「あ~っはっはっはあ!」花子は高笑いを上げた。からだを折り曲げて笑っている。「コーイチさんって、本当にお人好しよね! あんな話、信じてたんだ!」
「だって……」
「あれは冗談よ、冗談! コーイチさんってからかいがいがあって楽しかったわ!」
「そ、そんなぁ…… ぼくはすっかりそのつもりでいるんだけど……」
「わたしはこの世界の主よ。やる事がいっぱいあるのよ。コーイチさんをかまっているヒマなんかないのよ」
「でも、……ほら、大王の城の前で……その、泣いたりして……」
「なんだ、あれに引っかかったの? わたしって演技が上手いでしょ?」
「……」
「さ、洋子ちゃん、早くコーイチさんを逸子ちゃんの所に帰してあげて。わたしはジョーカーやブサシやリー・チェンやその仲間たちと楽しくやるわ」
花子はそう言うと、くるりと背中を向けた。
「花子さん……」
コーイチはつぶやいた。花子は背を向けたまま、ひらひらと右手を振ってみせた。
「さあ、洋子ちゃん、コーイチさんの名前を書いて連れて行って!」
花子の肩が震えているようにコーイチには見えた。
「わかりました……」洋子の持ったエンピツが紙の上で動く。エンピツの動きが止まる。ぺこりと花子に頭を下げる。「花子さん! ありがとうございましたあ!」
コーイチが最後に見た花子は、後ろ姿のままだった。
元の世界に戻って数日が経った。
洋子は残務整理のために再び某国の海外支社へ異動になった。残務整理が終わればまた日本に戻って来るそうだ。コーイチの所にくるメールによると、例の四人は、たまに「出でよ、我が僕よ!」と言ったりしているが、大人しく服役しているとの事だった。
六郎はパーティ会場に戻ったが、その場を騒がせた責任を取らさせる羽目となり、僻地の支社へ左遷となった。と同時に、あのウザい「オレが三十三分持たせてやる」と言う馬鹿なセリフを言わなくなった。以前は「オレのライフワークだ」とまで言ったいたくせに、飽きてしまったらしい。と言うより、誰も注目しなかったからだろう。今では『六田流大王拳』の完成に燃えているそうだ。……でも、いずれ飽きてしまうだろうな。コーイチは思った。
洋子に一目惚れした谷畑准一は洋子の異動を聞き、長期休暇を取って某国へ行った。しかし、相変わらずの政情不安のため、好きな女性に会いに来たと言う入国理由が疑われ、入国管理局の狭い部屋に閉じ込められていた。「芳川洋子さんを呼んでくれぇ!」と繰り返し訴えるも無視されているそうだ。
コーイチは逸子と会うと花子や洋子の事を話す。「会いたいわねぇ……」たまに逸子が言う。コーイチもそう思う。でも会う手段はない。最後に見た花子の後ろ姿が思い出される。
海外支社の残務整理が終わった頃、洋子の姿が見えなくなったとの報せが入った。しかし、支社の性格を知る者たちは、洋子が新たな極秘の仕事に就いたと思っていたため、大した騒ぎにはならなかった。
しかし、コーイチはどこに行ったのか知っていた。アパートに洋子から手紙が届き、中に一言「花子さんの所に行きます」とあったからだ。コーイチは誰にも言わずにおこうと決めていた。……あの二人、気が合っていたものな。乙女に関しては別だけど。
コーイチはアパートの窓から外を眺めていた。不意に二人の裸を思い出したが、あわてて首を振ってそれを振り払った。
「あら、洋子ちゃん、来てくれたんだ」
「花子さん、ただいま。わたし、ここの方が居心地良くて……」
「そうなんだ、お帰りなさい。うれしいわ。ジョーカーやブサシやリー・チェンも洋子ちゃんに会いたがっていたわよ。これから行きましょう!」
「はい! わたしも会いたいです!」
「……それとね、もう一人……」
「もう一人?」
「そう、もう一人」 花子は森の方を向いた。「さあ、出て来て!」
「……」洋子が口を押える。「……コーイチさん……」
見慣れたコーイチが森からのそのそと出て来た。
「やあ、芳川さん」コーイチはにこりと笑う。「元気だったかい?」
「でも、え? どうして……」
「実はね」花子がコーイチの隣に立ってその右腕にしがみつく。「みんなあっちに戻っちゃって、急にがらんとしちゃって…… あの時は強がり言ってたけど、本当は寂しくって、しばらく泣いていたわ。そうしていたら、ふと思いついたの」
「何をです?」
「わたしはこの世界の主、創造主。だったら、寂しくならないようにすれば良いじゃない、って」
「と言う事は……」
「そう、このコーイチさん、わたしが創ったのよ」花子は胸を張る。「どっちが本物かわからないくらいよ」
「そうなんですか!」洋子はコーイチの左腕にしがみついた。「確かにコーイチさんですね!」
二人はきゃあきゃあ言いながら、コーイチを引きずるようにして歩いて行った。
「くしょん!」コーイチはくしゃみをした。「……あの二人、ぼくの噂でもしているのかなあ…… いや、そんな事無いか。風邪でもひいたのかもしれないな……」
コーイチは鼻をぐずぐずさせながらアパートの窓を閉めた。
作者註:
十年ほどのブランクがあったにもかかわらず、お読み頂いて感謝しております。他に未完のお話が残っていますので、そちらの方も続きを作ってまいります。引き続いてのご愛読、お願い申し上げまする~。
「はい。あっちでは休日だったので……」洋子は笑顔で言い、くるりと一回りしてみせる。「わたし、カンフー着が気に入りました」
「そ、それで、逸子さんは?」コーイチが割って入る。「逸子さんはどうなんだい?」
「まあ、コーイチさん!」洋子は驚いたようだ。「逸子さんの話だと、もう少し気を失っているはずだったんですが…… さすが、逸子さんに叩かれ慣れしているようですね」
「……ああ、確かに……」コーイチは逸子と付き合ってからのことを思い返しながら言う。「……いや、そんな事よりも……」
「逸子さんなら大丈夫です」洋子はうなずきながら言う。「今、コーイチさんのアパートのそばで待っています。わたし、そこからこちらへ戻ってきました。今帰れば、逸子さんの目の前に戻れますよ」
「そう……」
コーイチはちらっと花子を見た。花子は微笑みを浮かべたままだ。
「では、戻りましょう」
洋子は紙とエンピツを取り出した。
「ちょ、ちょっと待って」コーイチは両手を振りながら洋子に言う。「実は、花子さんと約束したことがあるんだよ……」
「え?」洋子の手が止まる。「約束……ですか?」
「実は、ぼくはここに残る事にしているんだよ」
「どう言うことですか!」
「花子さんが協力してくれる条件なんだ。ぼくがこの世界に残るって言う事がね」
「でも、花子さんがコーイチさんも戻すようにって言ってたんですけど……」
「え?」コーイチは花子に振り返る。「どう言う……」
「あ~っはっはっはあ!」花子は高笑いを上げた。からだを折り曲げて笑っている。「コーイチさんって、本当にお人好しよね! あんな話、信じてたんだ!」
「だって……」
「あれは冗談よ、冗談! コーイチさんってからかいがいがあって楽しかったわ!」
「そ、そんなぁ…… ぼくはすっかりそのつもりでいるんだけど……」
「わたしはこの世界の主よ。やる事がいっぱいあるのよ。コーイチさんをかまっているヒマなんかないのよ」
「でも、……ほら、大王の城の前で……その、泣いたりして……」
「なんだ、あれに引っかかったの? わたしって演技が上手いでしょ?」
「……」
「さ、洋子ちゃん、早くコーイチさんを逸子ちゃんの所に帰してあげて。わたしはジョーカーやブサシやリー・チェンやその仲間たちと楽しくやるわ」
花子はそう言うと、くるりと背中を向けた。
「花子さん……」
コーイチはつぶやいた。花子は背を向けたまま、ひらひらと右手を振ってみせた。
「さあ、洋子ちゃん、コーイチさんの名前を書いて連れて行って!」
花子の肩が震えているようにコーイチには見えた。
「わかりました……」洋子の持ったエンピツが紙の上で動く。エンピツの動きが止まる。ぺこりと花子に頭を下げる。「花子さん! ありがとうございましたあ!」
コーイチが最後に見た花子は、後ろ姿のままだった。
元の世界に戻って数日が経った。
洋子は残務整理のために再び某国の海外支社へ異動になった。残務整理が終わればまた日本に戻って来るそうだ。コーイチの所にくるメールによると、例の四人は、たまに「出でよ、我が僕よ!」と言ったりしているが、大人しく服役しているとの事だった。
六郎はパーティ会場に戻ったが、その場を騒がせた責任を取らさせる羽目となり、僻地の支社へ左遷となった。と同時に、あのウザい「オレが三十三分持たせてやる」と言う馬鹿なセリフを言わなくなった。以前は「オレのライフワークだ」とまで言ったいたくせに、飽きてしまったらしい。と言うより、誰も注目しなかったからだろう。今では『六田流大王拳』の完成に燃えているそうだ。……でも、いずれ飽きてしまうだろうな。コーイチは思った。
洋子に一目惚れした谷畑准一は洋子の異動を聞き、長期休暇を取って某国へ行った。しかし、相変わらずの政情不安のため、好きな女性に会いに来たと言う入国理由が疑われ、入国管理局の狭い部屋に閉じ込められていた。「芳川洋子さんを呼んでくれぇ!」と繰り返し訴えるも無視されているそうだ。
コーイチは逸子と会うと花子や洋子の事を話す。「会いたいわねぇ……」たまに逸子が言う。コーイチもそう思う。でも会う手段はない。最後に見た花子の後ろ姿が思い出される。
海外支社の残務整理が終わった頃、洋子の姿が見えなくなったとの報せが入った。しかし、支社の性格を知る者たちは、洋子が新たな極秘の仕事に就いたと思っていたため、大した騒ぎにはならなかった。
しかし、コーイチはどこに行ったのか知っていた。アパートに洋子から手紙が届き、中に一言「花子さんの所に行きます」とあったからだ。コーイチは誰にも言わずにおこうと決めていた。……あの二人、気が合っていたものな。乙女に関しては別だけど。
コーイチはアパートの窓から外を眺めていた。不意に二人の裸を思い出したが、あわてて首を振ってそれを振り払った。
「あら、洋子ちゃん、来てくれたんだ」
「花子さん、ただいま。わたし、ここの方が居心地良くて……」
「そうなんだ、お帰りなさい。うれしいわ。ジョーカーやブサシやリー・チェンも洋子ちゃんに会いたがっていたわよ。これから行きましょう!」
「はい! わたしも会いたいです!」
「……それとね、もう一人……」
「もう一人?」
「そう、もう一人」 花子は森の方を向いた。「さあ、出て来て!」
「……」洋子が口を押える。「……コーイチさん……」
見慣れたコーイチが森からのそのそと出て来た。
「やあ、芳川さん」コーイチはにこりと笑う。「元気だったかい?」
「でも、え? どうして……」
「実はね」花子がコーイチの隣に立ってその右腕にしがみつく。「みんなあっちに戻っちゃって、急にがらんとしちゃって…… あの時は強がり言ってたけど、本当は寂しくって、しばらく泣いていたわ。そうしていたら、ふと思いついたの」
「何をです?」
「わたしはこの世界の主、創造主。だったら、寂しくならないようにすれば良いじゃない、って」
「と言う事は……」
「そう、このコーイチさん、わたしが創ったのよ」花子は胸を張る。「どっちが本物かわからないくらいよ」
「そうなんですか!」洋子はコーイチの左腕にしがみついた。「確かにコーイチさんですね!」
二人はきゃあきゃあ言いながら、コーイチを引きずるようにして歩いて行った。
「くしょん!」コーイチはくしゃみをした。「……あの二人、ぼくの噂でもしているのかなあ…… いや、そんな事無いか。風邪でもひいたのかもしれないな……」
コーイチは鼻をぐずぐずさせながらアパートの窓を閉めた。
作者註:
十年ほどのブランクがあったにもかかわらず、お読み頂いて感謝しております。他に未完のお話が残っていますので、そちらの方も続きを作ってまいります。引き続いてのご愛読、お願い申し上げまする~。
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