「とにかく、この事をお伝えしなきゃならねぇ」
豆蔵は窓ガラスを叩く。みつが寄ってくる。
「どうしたのです、豆蔵さん?」みつが怪訝な顔をする。「何か分かりましたか?」
「みつ様…… 驚かねぇで聞いておくんなさい」豆蔵は言うと、一呼吸置く。「あっしらも中へ入ぇれなくなりやした」
「え? まさか……」
みつは言うと、自らを外に出そうと窓に向かう。しかし、窓に遮られて出られない。壁も同様だった。
「じゃあ、わたしがやってみるわ」
そう言って虎之助も試してみるが、同じだった。
「豆蔵さん! わたしたちも出られません!」みつは言う。「どうしたものでしょう……」
「嵩彦さんの話じゃ、黒尽くめの男の格好をした女がいるんだそうですぜ」
「男の格好をした女……?」みつは自分の格好を見る。「わたしのような……?」
「いえ、洋装だそうで……」
「冨美代さん」みつは冨美代に振り返る。「どうしてその事を話してくれなかったのですか!」
「いえ、わたくしは…… 存じ上げておりません」みつの迫力に、冨美代は蚊の鳴くような声で答える。「わたくしは嵩彦様だけを見ておりましたので……」
「嵩彦さんの話じゃ、窓越しに会っている時、出入り口に立っていたそうで」豆蔵が言う。「それも、見たのはその一度きりだったそうでやす」
「じゃあ、見てないわよね」虎之助がうなずく。「みつさん、冨美代さんを叱責しても始まらないわ」
「……申し訳ありませんでした」みつは冨美代に頭を下げた。「突然の事で我を忘れてしまいました」
「いえ、わたくしこそ、そのような事があったなど全く知らず……」冨美代も頭を下げる。「自分に起きた悲劇にしか頭が回っておりいませんでした」
「嵩彦さんも、そいつに気がついていたんなら、一言、冨美代ちゃん言ってあげれば良かったじゃない」
虎之助は不満気に言う。その声に、確かにこの支那娘は男だと嵩彦は思った。
「いえ、姿が見えたのはほんの一時だったのです」嵩彦が言う。「それよりも、冨美代さんが不憫で……」
「ま~ったく、二人して悲劇に主人公なんだから」虎之助は呆れたように言う。「……って事は、そいつはこの状況を見ているって考えて良いわけね……」
「それは言えているでしょうね……」みつは周囲の気配を窺う。「しかし、どうしてこのような事を?」
「……それを聞きたいか?」
不意に声がした。低めだが女性の声だ。皆が声の方を見る。ドアの所に、嵩彦が言った通りの姿をした者が立っていた。色白で整った顔に赤い口紅が目立っている。みつは素早く抜刀し、虎之助は拳を繰り出せるように構えを取る。その人物は殺気立つ二人を平然と見ていた。
「ふふふ…… 何とも勇ましい」
「ふざけた事を言うな!」みつが語気を荒げる。「きさま、何者!」
「まあまあ、そういきり立つ事はないだろう…… わたしはミツルと言う、いわゆる、男装の麗人と言うヤツだよ」
ミツルは言うと気取った仕草でみつと虎之助に一礼して見せた。
「天誅!」
みつは叫ぶと、抜いた刀をミツル目がけて振り下ろした。しかし、ミツルは軽くかわす。
「てやあっ!」
虎之助が裂帛の気合いで風切音とともに鋭く拳をミツルに撃ち込んできた。しかし、これも軽くかわす。
「二人とも、落ち着きたまえ」ミツルが笑む。「別にわたしは君たちに危害を加えようとするものではない」
あまりにもあっさりとかわされた二人は、言葉を失ったまま呆然としてミツルを見つめる。
「おい、きさま! さっさと戻しやがれ!」
窓の外で豆蔵が叫ぶ。ミツルは眉間に皺を寄せて窓を見る。
「どうだね? 男って乱暴で野蛮だ。何でも力で解決しようとする」ミツルは吐き捨てるように言う。「わたしは剣術でも空手でも、また、学問においても男に負けた事はない。時代は『大正デモクラシー』などど後に言われるほどに浮かれていたが、女に向ける目はまだまだだった。だから、敢えてこういうスタイルをしたのだ。女のくせにとか倒錯娘とか言われたが、どんな男も敵ではなかった。だが、卑怯な男がいた。銃を使ったのだ。わたしはそれで死んだのさ。男などいらない!」
「それは気の毒だとは思うが、分を弁えなかったのではないか?」みつが言う。「男女共にあればこその世の中ではないか? お前はそれを踏み越え過ぎたのだ」
「君は見たところ女性剣士の様だが、女性ゆえに蔑まれたり舐められたりした事はなかったのか?」
「気にした事はないな。そんな事を気にして居られぬほどに修行をしていたからな」
「だが、総じて男が強いではないか? それに対して憤りはないのか?」
「わたしは強さに憧れるが、羨んだりはしない。剣とは自己の鍛錬に他ならず、誰かと比較するものでは無い。常に自分との闘いであり、自分への問いかけだ」
「真面目だな……」ミツルは笑う。「だが、わたしは違う。わたしが下らぬ男を散々見てきたせいかもしれない。とにかく、男は嫌いだ」
「それはお前の感想だ」みつは冷たく言う。「わたしたちとは関係の無い事だ。速やかにわたしたちを開放してほしい」
「そうは行かない」ミツルが言う。「言っただろう? 男が嫌いだと。だから、わたしは女が好きになったのさ」
「何を言っているのだ?」みつは怪訝な顔をする。「それとわたしたちと何の関わりがあるのだ?」
「ふふふ……」ミツルは含み笑いをする。「わたしは決めたのさ。君たちのような美しく整った娘たちをコレクションする事にね」
つづく
豆蔵は窓ガラスを叩く。みつが寄ってくる。
「どうしたのです、豆蔵さん?」みつが怪訝な顔をする。「何か分かりましたか?」
「みつ様…… 驚かねぇで聞いておくんなさい」豆蔵は言うと、一呼吸置く。「あっしらも中へ入ぇれなくなりやした」
「え? まさか……」
みつは言うと、自らを外に出そうと窓に向かう。しかし、窓に遮られて出られない。壁も同様だった。
「じゃあ、わたしがやってみるわ」
そう言って虎之助も試してみるが、同じだった。
「豆蔵さん! わたしたちも出られません!」みつは言う。「どうしたものでしょう……」
「嵩彦さんの話じゃ、黒尽くめの男の格好をした女がいるんだそうですぜ」
「男の格好をした女……?」みつは自分の格好を見る。「わたしのような……?」
「いえ、洋装だそうで……」
「冨美代さん」みつは冨美代に振り返る。「どうしてその事を話してくれなかったのですか!」
「いえ、わたくしは…… 存じ上げておりません」みつの迫力に、冨美代は蚊の鳴くような声で答える。「わたくしは嵩彦様だけを見ておりましたので……」
「嵩彦さんの話じゃ、窓越しに会っている時、出入り口に立っていたそうで」豆蔵が言う。「それも、見たのはその一度きりだったそうでやす」
「じゃあ、見てないわよね」虎之助がうなずく。「みつさん、冨美代さんを叱責しても始まらないわ」
「……申し訳ありませんでした」みつは冨美代に頭を下げた。「突然の事で我を忘れてしまいました」
「いえ、わたくしこそ、そのような事があったなど全く知らず……」冨美代も頭を下げる。「自分に起きた悲劇にしか頭が回っておりいませんでした」
「嵩彦さんも、そいつに気がついていたんなら、一言、冨美代ちゃん言ってあげれば良かったじゃない」
虎之助は不満気に言う。その声に、確かにこの支那娘は男だと嵩彦は思った。
「いえ、姿が見えたのはほんの一時だったのです」嵩彦が言う。「それよりも、冨美代さんが不憫で……」
「ま~ったく、二人して悲劇に主人公なんだから」虎之助は呆れたように言う。「……って事は、そいつはこの状況を見ているって考えて良いわけね……」
「それは言えているでしょうね……」みつは周囲の気配を窺う。「しかし、どうしてこのような事を?」
「……それを聞きたいか?」
不意に声がした。低めだが女性の声だ。皆が声の方を見る。ドアの所に、嵩彦が言った通りの姿をした者が立っていた。色白で整った顔に赤い口紅が目立っている。みつは素早く抜刀し、虎之助は拳を繰り出せるように構えを取る。その人物は殺気立つ二人を平然と見ていた。
「ふふふ…… 何とも勇ましい」
「ふざけた事を言うな!」みつが語気を荒げる。「きさま、何者!」
「まあまあ、そういきり立つ事はないだろう…… わたしはミツルと言う、いわゆる、男装の麗人と言うヤツだよ」
ミツルは言うと気取った仕草でみつと虎之助に一礼して見せた。
「天誅!」
みつは叫ぶと、抜いた刀をミツル目がけて振り下ろした。しかし、ミツルは軽くかわす。
「てやあっ!」
虎之助が裂帛の気合いで風切音とともに鋭く拳をミツルに撃ち込んできた。しかし、これも軽くかわす。
「二人とも、落ち着きたまえ」ミツルが笑む。「別にわたしは君たちに危害を加えようとするものではない」
あまりにもあっさりとかわされた二人は、言葉を失ったまま呆然としてミツルを見つめる。
「おい、きさま! さっさと戻しやがれ!」
窓の外で豆蔵が叫ぶ。ミツルは眉間に皺を寄せて窓を見る。
「どうだね? 男って乱暴で野蛮だ。何でも力で解決しようとする」ミツルは吐き捨てるように言う。「わたしは剣術でも空手でも、また、学問においても男に負けた事はない。時代は『大正デモクラシー』などど後に言われるほどに浮かれていたが、女に向ける目はまだまだだった。だから、敢えてこういうスタイルをしたのだ。女のくせにとか倒錯娘とか言われたが、どんな男も敵ではなかった。だが、卑怯な男がいた。銃を使ったのだ。わたしはそれで死んだのさ。男などいらない!」
「それは気の毒だとは思うが、分を弁えなかったのではないか?」みつが言う。「男女共にあればこその世の中ではないか? お前はそれを踏み越え過ぎたのだ」
「君は見たところ女性剣士の様だが、女性ゆえに蔑まれたり舐められたりした事はなかったのか?」
「気にした事はないな。そんな事を気にして居られぬほどに修行をしていたからな」
「だが、総じて男が強いではないか? それに対して憤りはないのか?」
「わたしは強さに憧れるが、羨んだりはしない。剣とは自己の鍛錬に他ならず、誰かと比較するものでは無い。常に自分との闘いであり、自分への問いかけだ」
「真面目だな……」ミツルは笑う。「だが、わたしは違う。わたしが下らぬ男を散々見てきたせいかもしれない。とにかく、男は嫌いだ」
「それはお前の感想だ」みつは冷たく言う。「わたしたちとは関係の無い事だ。速やかにわたしたちを開放してほしい」
「そうは行かない」ミツルが言う。「言っただろう? 男が嫌いだと。だから、わたしは女が好きになったのさ」
「何を言っているのだ?」みつは怪訝な顔をする。「それとわたしたちと何の関わりがあるのだ?」
「ふふふ……」ミツルは含み笑いをする。「わたしは決めたのさ。君たちのような美しく整った娘たちをコレクションする事にね」
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます