お話

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ジェシルと赤いゲート 19

2023年02月24日 | ジェシルと赤いゲート 
 楽しそうに熱線銃を撃ちまくるジェシルとは対照的に、ジャンセンは暗い顔をしている。
「何よ?」ジェシルはそんなジャンセンの雰囲気を察して振り返る。「こんな仕掛け、他にもあるんでしょ? だったら、気にする事はないんじゃない?」
「いや、そうなんだけどさ……」ジャンセンはため息をつく。「こうも楽しそうにあっさりと壊されて行く様を見せられるとさ、歴史的な蓄積ってのが、何だか薄っぺらくて馬鹿馬鹿しいものに見えてしまうんだよなぁ……」
「あら、いいんじゃない?」ジェシルは微笑む。しかし、そこには底意地の悪さが潜んでいる。「これで、ジャンも現実をきちんと見る事が出来るようになったって事よ」
 ジャンセンは返事をしなかった。ジェシルは向き直り、天井を撃ち続ける。
 踊り場までたどり着いた。そこから階段は真後ろ向きになる。
「何だか、味気ないわねぇ」ジェシルは不満そうに言う。「どうせなら螺旋階段にでもしてくれたら良かったのに……」
「螺旋階段にすると、天井の構造が変わるから、こんな仕掛けは仕込めないんだよ」ジャンセンが言う。口調はやはり学術的だ。「……まあ、ジェシルに掛かるとどんな仕掛けも無意味だろうけどさ……」
「それって、どう言う意味よ!」
 そう言うと、ジェシルは天井に熱線銃を撃ち込む。
「……そう言う所だよ……」
 ジャンセンはジェシルに聞こえないようにぼそりと言った。

 踊り場から更に下へと階段を下りる。地下一階で観たのと同じ金属製の大きな両開きの扉が見えた。
「一々やる事が大袈裟なのよねぇ……」ジェシルはうんざりした顔をする。「我がご先祖ながら呆れちゃうわ」
「いや、時代的に見れば、荘厳にすればするほど、権威が増す状況だったんだ。ご先祖は時代に則っていただけだ」
 ジャンセンが冷静に分析する。そんな態度がジェシルには気に食わない。
「ふん! とにかくわたしはこんな大袈裟なのは大嫌いだわ! それをしたり顔で解説するあなたもね!」
「したり顔って……」ジャンセンはむっとした顔をする。「ぼくは歴史的事実を言っているだけだぞ。こんな事は、ちょいと調べれば子供だって見つけられる。……でも、ジェシルは子供の時からこの手の向学心が無かったから、仕方がないっちゃ仕方がないな」
 ジェシルはジャンセンに振り返る。無意識に銃口がジャンセンに向いていた。ジャンセンも無意識に両手を上げる。
「まあ、良いわ……」ジェシルは扉に向き直る。「じゃあ、この扉も穴を開けるわよ」
「いや、待てよ」ジャンセンが止める。ジェシルは不満そうな顔をジャンセンに向けた。「地下一階の扉、何も無かったぞ。軽く押したらすっと開いた」
「それは、わたしが扉を撃って、仕掛けが壊れたからよ」
「そうかなぁ…… 通路の仕掛けだけで充分じゃないのかなぁ……」
「それも歴史的事実ってヤツなの?」
「まあ、そうだとは言い切れないけど、考えられると思うよ」
「ふ~ん……」ジェシルは言うと、扉の前から下がった。「じゃあ、ジャンが先に行ってよ」
「え?」
「あなたの言い分だと、大丈夫なんでしょ? それに、わたしが破壊して回るのを良く思っていないようだしさ」
「たしかに、良くは思っていない」ジャンセンは否定しない。「でもさ、それとこれとは別じゃないか?」
「だって、通路の仕掛けだけで充分なんでしょ?」
「だからさ、そうだとは言い切れないって言ったじゃないか」
「あらあら、学者が自分の説に異を唱えるってわけぇ?」
「そうじゃないよ。何事にも可能性があるって話だ」
「そう? だったら、熱線銃を使ってもいいのね?」
「いや、それは…… この扉自体が歴史的な価値を持っている事は確実だから…… 出来るなら、無傷で……」
「だから、あなたが開けなさいよって話じゃない!」
「でも、万が一、何か仕掛けがあったら……」
「大丈夫よ」ジェシルは笑む。「わたし、銃の腕前はかなりのものよ。仕掛けが作動したら素早く撃ち抜いてやるから」
「……仕掛けの作動が分かるのかい?」ジャンセンは首をひねる。「通路の仕掛けだってものすごい速さで作動してたじゃないか。君はその動きよりも早く反応できるって事なのかい?」
「そうよ」ジェシルは即座に答える。それから、しげしげとジャンセンの顔を見る。「……でも、その顔じゃあ、信じていないわねぇ」
 ジェシルは言うと、銃口を扉に向ける。引き金に指がかかる。
「分かった!」ジャンセンが銃の前に飛び出す。「君を信じるよ!」
「あら、わたしを信じるんじゃなくって、ジャン、あなた自身を信じるって事じゃないの? あなたの御高説をさ」
 ジャンセンはむっとした顔でジェシルを見る。しかし、ジェシルは笑みを返した。ただし、目は笑っていない。
 ジャンセンは扉に向き直った。それから扉全体をぐるりと眺め回した。仕掛けらしきものが無いかを確認しているようだ。……見て分かるような仕掛けなんかあるわけないじゃない。ジェシルはそう思い、鼻で笑う。ジャンセンの右手がゆっくりと伸ばされる。震える指先が扉に触れる直前で止まり、小刻みに震えている。……扉に触った途端に何かが起きるって思っているようだわね。ジェシルは内心わくわくしている。……ジャンって、いろんな事に興味を持つくせに臆病だったわ。だから、いつもわたしが実行係だった。ジェシルは「ジェシル、頼むよぉ」と泣きそうな顔で振り返る子供の頃のジャンセンを思い出していた。
 指を伸ばしていたジャンセンがジェシルに振り返った。泣きそうな顔だった。
「……ジェシル、頼むよぉ……」
 ジェシルは笑いたいのを堪えて、熱線銃を扉に向かって撃った。


つづく

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