・・・妖魔 ・・・幸久
・・・ああっ! なんて事なのよう! 葉子は顔を両手で覆った。涙が溢れた。・・・もう、関わりがなくなったって思っていたのに! 明日からはいつもの生活ができると思ったいたのに!
「馬鹿女!」妖介が葉子の髪の毛を鷲掴み、顔を上げさせた。「泣くな、うるさい!」
涙でにじんだ瞳に、妖介のやや銀色がかった瞳が映った。・・・いやだ! もういやなのよう!
「お前が拒絶しようとしても、お前が無かった事にしようとしても、ヤツらには通じない」妖介は葉子に顔を近づけ、犬歯をむき出しにして見せた。「そして、オレ達にも、だ」
乱暴に手を放す。支えの無くなった人形のように、葉子は床に倒れ込んだ。妖介はいまいましそうな視線を葉子に向けながらソファに座った。
エリが伏している葉子の背を撫でた。優しい動きが葉子の気持ちを落ち着ける。
「葉子お姉さん・・・」エリは撫で続けながら言った。「妖魔がお姉さんを操ったのよ。お姉さんのせいじゃないわ・・・」
・・・そうなのかしら。あいつは『これがお前の弱点だ。お前が淫乱を克服しない限り、妖魔はお前の淫乱を衝いて来る』なんて言ったけど、やっぱり、わたしが原因なんじゃ・・・
「だから淫乱下着を処分しろと言ったんだ」妖介が不機嫌そうな声を出す。「その下着を持っている限り、お前の中から幸久との馬鹿な思い出は薄まらない。お前の弱みを、あいつらが逃すはずはない」
「お姉さん、これだけは覚えていた方がいいわ」エリが手を止めた。葉子はゆるゆると身体を起こし、エリを見つめた。「妖魔と関わった人は、いつも妖魔に見張られてるのよ」
「妖魔と敵対する者が惑う。ヤツらにすれば、こんなに面白おかしい事はない」妖介は開いている窓を見ながら言った。「ヤツらは理屈じゃ無く、本能でそれを嗅ぎ獲る。お前は既に敵対する者となっている。惑い乱れて行くのを、涎を垂らして待っている。今も、これからも、だ」
「・・・そして、今回の妖魔は、幸久って人の欲望と、お姉さんを狙っている妖魔とが一体化したの」エリが続けた。「お姉さんを、・・・その、・・・いっちゃった状態にして、食い尽くそうとしているの」
言い終わると、恥ずかしそうに下を向いた。それから、救いを求めるように、妖介を見上げる。
「お前が幸久との淫乱記憶を紡ぎ出すと、お前の傍で息を潜めていた妖魔がそれを察知し幸久を探しに出た。見つけた幸久は、何でも言う事を聞いたお前が忘れられずにいた。馬鹿な格好をしたり、無理な体位はしたり、お前は幸久の玩具だった。他の女ではそうは行かない。お前への欲求が増していた。妖魔はそれに取り憑いた。そして、幸久の意識を持った妖魔となった」
葉子は顔を伏せた。・・・幸久が、妖魔になったなんて・・・
「妖魔の本能と人間の悪知恵とが結びついた、一番厄介なヤツだよ!」妖介は吐き捨てるように言った。「妖魔の力を利用して、己の欲望を満たそうとする」
・・・そう言えば、幸久の言うままにわたしは動いていたわ。葉子は今になって背筋に冷たいものを走らせた。鳥肌が立つ。・・・でも、あの声に従う事がわたしは、とっても気持ち良かった・・・
「いいか、淫乱馬鹿女。確かに、お前が淫乱下着の尻を丸出しにさせられたのは妖魔の力だ。だが、」妖介が声を荒げて続けた。「それで股間を濡らしたのは、お前の心の奥底にある欲望がさせたんだ! お前の中にある幸久との淫乱な思い出が、幸久の言いなりになって、ひいひいよがりたい、と言う、どうしようもない欲望と結びついた。だから、魅入られた途端に、そんな淫乱馬鹿女の本性が解放された!」
葉子は耳を塞いだ。しかし、妖介の声は頭の中に響いている。
「聞け、淫乱馬鹿女! 今の幸久では『斬鬼丸』は使えない。人間の部分を消し去らないと『斬鬼丸』は通じない。『斬鬼丸』は妖魔しか退治しないからだ」
葉子はエリに視線を向けた。エリは困ったような顔をしている。それが、妖介の物言いのせいなのか、葉子の心を垣間見たせいなのかは、分からない。
「つまりね、妖魔が、幸久って人を鎧にしているってわけ」エリは葉子から視線を外して言った。「その鎧を脱がさないと、どんなに優秀な『斬鬼丸』でも、全く歯が立たないの」
葉子の視線が妖介とエリの間を行き交った。妖介は葉子を睨みつけ、エリは顔を横に向けている。
「・・・じゃあ、どうすれば・・・」葉子は絞り出すような声で言った。「・・・どうすれば、良いのよう・・・」
「幸久はまた来るだろう」妖介は冷たい声で言った。「そして、今と同じように、お前を淫乱の渦の中へ引き込む。その最高潮で、妖魔と取って代わり、お前は貪り喰われる。このままでは、避け様が無いな」
葉子は頭を抱えた。・・・イヤ、イヤよう! どうして助けてくれないのよう!
「助けを拒んだのは、お前だ」妖介が言う。「身を守るものの無いお前は、どう足掻いても、最後には妖魔に襲われる」
・・・身を守る? 『斬鬼丸』! ダメだわ! 敦子に持って帰ってもらった。今頃どこかのゴミ捨て場ね。葉子の目から涙がこぼれた。
「お姉さん・・・」エリが持っている黒いレザー仕様のバッグの口を開けた。「はい、これ」
エリの手には『斬鬼丸』があった。エリはそれをテーブルに置く。葉子は驚いた顔でそれを見つめている。
「ユウジに脅しをかけさせて取り返したわ」エリは言って、含み笑いをした。「ユウジったらさあ、『おうおう、姉ちゃんよぉ。バッグ、こっちへ渡してもらおうかぁ?』な~んて言ってさあ。・・・ダッサかったわよう! 中から斬鬼丸だけ取り出すと、バッグを地面に投げ捨てて戻ってきたのね。そしたら、はあはあ肩で息して大汗かいてるんだもん。あいつ、元々、チンピラヤクザの器じゃないのよね」
葉子はテーブルの上の『斬鬼丸』に手を伸ばした。『斬鬼丸』が青白く光った。思わず妖介に振り返る。
「これはお前が引き込んだ問題だ。お前が解決しろ」妖介は言うと、犬歯を覗かせて笑った。「淫乱の絶頂で『斬鬼丸』を使うことだな。まさに淫乱女剣士だぜ!」
「・・・大丈夫よ、お姉さん」エリは葉子の手にしっかりと『斬鬼丸』を握らせた。「『斬鬼丸』が必ず守ってくれるわ」
つづく
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・・・ああっ! なんて事なのよう! 葉子は顔を両手で覆った。涙が溢れた。・・・もう、関わりがなくなったって思っていたのに! 明日からはいつもの生活ができると思ったいたのに!
「馬鹿女!」妖介が葉子の髪の毛を鷲掴み、顔を上げさせた。「泣くな、うるさい!」
涙でにじんだ瞳に、妖介のやや銀色がかった瞳が映った。・・・いやだ! もういやなのよう!
「お前が拒絶しようとしても、お前が無かった事にしようとしても、ヤツらには通じない」妖介は葉子に顔を近づけ、犬歯をむき出しにして見せた。「そして、オレ達にも、だ」
乱暴に手を放す。支えの無くなった人形のように、葉子は床に倒れ込んだ。妖介はいまいましそうな視線を葉子に向けながらソファに座った。
エリが伏している葉子の背を撫でた。優しい動きが葉子の気持ちを落ち着ける。
「葉子お姉さん・・・」エリは撫で続けながら言った。「妖魔がお姉さんを操ったのよ。お姉さんのせいじゃないわ・・・」
・・・そうなのかしら。あいつは『これがお前の弱点だ。お前が淫乱を克服しない限り、妖魔はお前の淫乱を衝いて来る』なんて言ったけど、やっぱり、わたしが原因なんじゃ・・・
「だから淫乱下着を処分しろと言ったんだ」妖介が不機嫌そうな声を出す。「その下着を持っている限り、お前の中から幸久との馬鹿な思い出は薄まらない。お前の弱みを、あいつらが逃すはずはない」
「お姉さん、これだけは覚えていた方がいいわ」エリが手を止めた。葉子はゆるゆると身体を起こし、エリを見つめた。「妖魔と関わった人は、いつも妖魔に見張られてるのよ」
「妖魔と敵対する者が惑う。ヤツらにすれば、こんなに面白おかしい事はない」妖介は開いている窓を見ながら言った。「ヤツらは理屈じゃ無く、本能でそれを嗅ぎ獲る。お前は既に敵対する者となっている。惑い乱れて行くのを、涎を垂らして待っている。今も、これからも、だ」
「・・・そして、今回の妖魔は、幸久って人の欲望と、お姉さんを狙っている妖魔とが一体化したの」エリが続けた。「お姉さんを、・・・その、・・・いっちゃった状態にして、食い尽くそうとしているの」
言い終わると、恥ずかしそうに下を向いた。それから、救いを求めるように、妖介を見上げる。
「お前が幸久との淫乱記憶を紡ぎ出すと、お前の傍で息を潜めていた妖魔がそれを察知し幸久を探しに出た。見つけた幸久は、何でも言う事を聞いたお前が忘れられずにいた。馬鹿な格好をしたり、無理な体位はしたり、お前は幸久の玩具だった。他の女ではそうは行かない。お前への欲求が増していた。妖魔はそれに取り憑いた。そして、幸久の意識を持った妖魔となった」
葉子は顔を伏せた。・・・幸久が、妖魔になったなんて・・・
「妖魔の本能と人間の悪知恵とが結びついた、一番厄介なヤツだよ!」妖介は吐き捨てるように言った。「妖魔の力を利用して、己の欲望を満たそうとする」
・・・そう言えば、幸久の言うままにわたしは動いていたわ。葉子は今になって背筋に冷たいものを走らせた。鳥肌が立つ。・・・でも、あの声に従う事がわたしは、とっても気持ち良かった・・・
「いいか、淫乱馬鹿女。確かに、お前が淫乱下着の尻を丸出しにさせられたのは妖魔の力だ。だが、」妖介が声を荒げて続けた。「それで股間を濡らしたのは、お前の心の奥底にある欲望がさせたんだ! お前の中にある幸久との淫乱な思い出が、幸久の言いなりになって、ひいひいよがりたい、と言う、どうしようもない欲望と結びついた。だから、魅入られた途端に、そんな淫乱馬鹿女の本性が解放された!」
葉子は耳を塞いだ。しかし、妖介の声は頭の中に響いている。
「聞け、淫乱馬鹿女! 今の幸久では『斬鬼丸』は使えない。人間の部分を消し去らないと『斬鬼丸』は通じない。『斬鬼丸』は妖魔しか退治しないからだ」
葉子はエリに視線を向けた。エリは困ったような顔をしている。それが、妖介の物言いのせいなのか、葉子の心を垣間見たせいなのかは、分からない。
「つまりね、妖魔が、幸久って人を鎧にしているってわけ」エリは葉子から視線を外して言った。「その鎧を脱がさないと、どんなに優秀な『斬鬼丸』でも、全く歯が立たないの」
葉子の視線が妖介とエリの間を行き交った。妖介は葉子を睨みつけ、エリは顔を横に向けている。
「・・・じゃあ、どうすれば・・・」葉子は絞り出すような声で言った。「・・・どうすれば、良いのよう・・・」
「幸久はまた来るだろう」妖介は冷たい声で言った。「そして、今と同じように、お前を淫乱の渦の中へ引き込む。その最高潮で、妖魔と取って代わり、お前は貪り喰われる。このままでは、避け様が無いな」
葉子は頭を抱えた。・・・イヤ、イヤよう! どうして助けてくれないのよう!
「助けを拒んだのは、お前だ」妖介が言う。「身を守るものの無いお前は、どう足掻いても、最後には妖魔に襲われる」
・・・身を守る? 『斬鬼丸』! ダメだわ! 敦子に持って帰ってもらった。今頃どこかのゴミ捨て場ね。葉子の目から涙がこぼれた。
「お姉さん・・・」エリが持っている黒いレザー仕様のバッグの口を開けた。「はい、これ」
エリの手には『斬鬼丸』があった。エリはそれをテーブルに置く。葉子は驚いた顔でそれを見つめている。
「ユウジに脅しをかけさせて取り返したわ」エリは言って、含み笑いをした。「ユウジったらさあ、『おうおう、姉ちゃんよぉ。バッグ、こっちへ渡してもらおうかぁ?』な~んて言ってさあ。・・・ダッサかったわよう! 中から斬鬼丸だけ取り出すと、バッグを地面に投げ捨てて戻ってきたのね。そしたら、はあはあ肩で息して大汗かいてるんだもん。あいつ、元々、チンピラヤクザの器じゃないのよね」
葉子はテーブルの上の『斬鬼丸』に手を伸ばした。『斬鬼丸』が青白く光った。思わず妖介に振り返る。
「これはお前が引き込んだ問題だ。お前が解決しろ」妖介は言うと、犬歯を覗かせて笑った。「淫乱の絶頂で『斬鬼丸』を使うことだな。まさに淫乱女剣士だぜ!」
「・・・大丈夫よ、お姉さん」エリは葉子の手にしっかりと『斬鬼丸』を握らせた。「『斬鬼丸』が必ず守ってくれるわ」
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