男子生徒たちが、しんとなった。固唾を呑んで待っているという感じだ。身じろぎ一つしない。目はステージに釘付けだ。
ステージの上では、件の美人教諭は入れ替わる際に白木先生に軽く頭を下げていた。腰まである豊かな黒髪が揺れた。「はおぉう……」男子生徒たちのため息があちこちから漏れた。
美人教諭はマイクの前に立った。正面顔も整っていて美しい。美人と言うだけではなく、どこか気品があった。笑みを浮かべた顔には、優しさと慈愛とが満ちているように見えた。
「あの……」
マイクを通して流れてきた声は、明るくてかわいらしいものだった。緊張しているのか、しばしの間が開いた。少しもじもじしている。その動きが男子生徒たちを、さらに虜にした。
「……二年生六クラス全ての数学を担当することになりました、川村ひろみです……」
まだ話の途中だったが、二年生の男子たちが勝ち誇ったような雄叫びを上げた。それを覆うように、一、三年の男子たちが咆哮する。体育館が破壊されそうな勢いだった。
先程怒鳴っていた、上下ジャージ姿の男性教諭が、再びマイクを音割れさせながら静かにするように声を荒げた。男子生徒たちはそんな注意など聞いてはいなかった。
結局、男子生徒たちの異常な興奮状態が治まらないため、朝礼はそのまま終了となってしまった。三人の先生たちはステージ袖に下がったまま出て来なかった。
川村ひろみ先生をもう一度見ようと、男子生徒たちはステージにかぶりついていたが、体育教師を筆頭に、体格の良い先生たちにステージから引きはがされて、教室へと追いやられていた。最終的には渋々と全員教室へと戻って行った。
明の教室でも男子たちは興奮を隠せないでいた。
「いやあ、ひろみ先生最高だな!」
「あのぴっちりしたスーツとスラックス、プロポーションを強調してたよなあ!」
「それよりも、あの白いブラウスの胸元! ボタンが弾けんじゃないかって、冷や冷やしたぜ!」
「冷や冷やじゃねえだろう! ワクワクだろう!」
「声フェチのオレは、あのかわいい声にやられちまった!」
「オレ、ひろみ先生の下僕になるぜ!」
「数学、オレたちのクラスが最初だぜ!」
男子たちは口々に喚いている。
「何よ、男子ったらイヤラしい!」
「ちょっと胸があって、ちょっとプロポーションが良くて、ちょっとかわいいだけじゃない!」
「そうそう! ちょっと美人ってだけじゃない!」
「腰まで髪が伸び手りゃ偉いってもんじゃないわ!」
「わたし、絶対、数学なんか勉強してやんないわ!」
女子たちも、別の意味で興奮していた。
明はそんなクラスの様子をぼうっと見ていた。
「ねえ、明……」
くるみが明に声をかけてきた。座ったままの明は横に立っているくるみを見上げた。
「何だ?」
「あんた、どうしてほかの男子みたいに騒がないのよ?」
「さあ……」明はしばらく考え込む。「ひろみ先生があまりにも現実離れして見えて、今一つワクワクしてこないんだよなあ……」
「何それ?」
「自分でもよく分からないんだけどさ……」
「明って、女性に興味が無いんじゃない?」
「そうじゃないよ! オレだって、女に興味はあるさ」
「女だって! わ~っ、イヤラしい!」
「何だよ! お前こそ、他の女子みたいに、ひろみ先生に嫉妬しないのかよ?」
「しないわよ」
「自信満々ってか? 自惚れてんじゃないの?」
「そんなじゃないわ。……なんか、あの先生、現実離れしてそうで……」
「それはオレが言ったぞ」
くるみが言い返そうとしたところに、クラス担任の藤巻先生が教室に入って来た。
つづく
ステージの上では、件の美人教諭は入れ替わる際に白木先生に軽く頭を下げていた。腰まである豊かな黒髪が揺れた。「はおぉう……」男子生徒たちのため息があちこちから漏れた。
美人教諭はマイクの前に立った。正面顔も整っていて美しい。美人と言うだけではなく、どこか気品があった。笑みを浮かべた顔には、優しさと慈愛とが満ちているように見えた。
「あの……」
マイクを通して流れてきた声は、明るくてかわいらしいものだった。緊張しているのか、しばしの間が開いた。少しもじもじしている。その動きが男子生徒たちを、さらに虜にした。
「……二年生六クラス全ての数学を担当することになりました、川村ひろみです……」
まだ話の途中だったが、二年生の男子たちが勝ち誇ったような雄叫びを上げた。それを覆うように、一、三年の男子たちが咆哮する。体育館が破壊されそうな勢いだった。
先程怒鳴っていた、上下ジャージ姿の男性教諭が、再びマイクを音割れさせながら静かにするように声を荒げた。男子生徒たちはそんな注意など聞いてはいなかった。
結局、男子生徒たちの異常な興奮状態が治まらないため、朝礼はそのまま終了となってしまった。三人の先生たちはステージ袖に下がったまま出て来なかった。
川村ひろみ先生をもう一度見ようと、男子生徒たちはステージにかぶりついていたが、体育教師を筆頭に、体格の良い先生たちにステージから引きはがされて、教室へと追いやられていた。最終的には渋々と全員教室へと戻って行った。
明の教室でも男子たちは興奮を隠せないでいた。
「いやあ、ひろみ先生最高だな!」
「あのぴっちりしたスーツとスラックス、プロポーションを強調してたよなあ!」
「それよりも、あの白いブラウスの胸元! ボタンが弾けんじゃないかって、冷や冷やしたぜ!」
「冷や冷やじゃねえだろう! ワクワクだろう!」
「声フェチのオレは、あのかわいい声にやられちまった!」
「オレ、ひろみ先生の下僕になるぜ!」
「数学、オレたちのクラスが最初だぜ!」
男子たちは口々に喚いている。
「何よ、男子ったらイヤラしい!」
「ちょっと胸があって、ちょっとプロポーションが良くて、ちょっとかわいいだけじゃない!」
「そうそう! ちょっと美人ってだけじゃない!」
「腰まで髪が伸び手りゃ偉いってもんじゃないわ!」
「わたし、絶対、数学なんか勉強してやんないわ!」
女子たちも、別の意味で興奮していた。
明はそんなクラスの様子をぼうっと見ていた。
「ねえ、明……」
くるみが明に声をかけてきた。座ったままの明は横に立っているくるみを見上げた。
「何だ?」
「あんた、どうしてほかの男子みたいに騒がないのよ?」
「さあ……」明はしばらく考え込む。「ひろみ先生があまりにも現実離れして見えて、今一つワクワクしてこないんだよなあ……」
「何それ?」
「自分でもよく分からないんだけどさ……」
「明って、女性に興味が無いんじゃない?」
「そうじゃないよ! オレだって、女に興味はあるさ」
「女だって! わ~っ、イヤラしい!」
「何だよ! お前こそ、他の女子みたいに、ひろみ先生に嫉妬しないのかよ?」
「しないわよ」
「自信満々ってか? 自惚れてんじゃないの?」
「そんなじゃないわ。……なんか、あの先生、現実離れしてそうで……」
「それはオレが言ったぞ」
くるみが言い返そうとしたところに、クラス担任の藤巻先生が教室に入って来た。
つづく
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