拍手が湧き上がった。……え? 何でこんなに大きな拍手が起きているんだ?
コーイチの鼓動が一気に早まった。不安そうな顔を京子に向けた。京子はステージへ進むように手振りをした。すっかり動揺しているコーイチは、京子の手振りに促されるまま、ステージへ一歩踏み出した。
一瞬、目がくらんだ。暗くなった場内の奥から照らしているスポットライトが、まぶしかったのだ。拍手はまだ続いていた。ステージの床を踏みしめているはずなのに、ふわふわした感触しか伝わって来ない。林谷が待っているステージ中央のマイクの所へ早く行こうとしているのだが、自分だけがスローモーションになってしまったようで、一向にマイクへたどり着けない。
まさか、これは魔法じゃないだろうな。コーイチは必死に足を動かしながら思った。背中を冷や汗がつつつと流れた。鼓動が耳元でどどどどどどどと爆音を立てていた。照らしつけるスポットライトのせいなのか、視界には何も映らない。
あああ、なんてマイクが遠いんだ。ひょっとして、前に進んでいるつもりだけど、足踏みを繰り返しているんじゃないだろうか? 岡島みたいに同じ動作を繰り返してしまう魔法をかけられたのだろうか? それとも、自分が気がつかないうちに、鉢植えの樹に姿を変えられたんじゃないのか? そうだとしたら、進みたくても進めないのは当然だな。そうか、そうに違いない。これからは水と日光と二酸化炭素で生きて行く事になるのか…… どうせなら何か実が生る樹がいいな。
「どうしたのよ、コーイチ君?」
京子が目の前にいた。心配そうな顔をしている。コーイチは驚いた。
「あれえ? どうして君が前にいるんだよ?」
「何言ってんのよ。ステージ袖から出たと思ったら、くるりと輪を描いて戻って来たんじゃない。戻って来たと思ったら、またくるりと輪を描いてステージに向かって、そうしたらまたすぐ、くるりと戻って来て…… あなた、くるくると円を描き続けているのよ」
「え? そうなの?」
きょろきょろと見回すと、そこはステージ袖だった。……だからマイクにたどり着けなかったんだ。よかった。足踏み魔法や鉢植え魔法じゃなかったんだ。
「……なんて言うか、ちょっと、いや、かなり緊張していたもんだから……」
「仕方ないわねぇ……」京子は腰に手を当てて、困ったような顔をした。「じゃ、私が一緒に行ってあげるわ。本当はコーイチ君の後から出ようと思ってたんだけど……」
京子はコーイチを回れ右させて、背中を押して歩き出した。
「ちょ、ちょ、ちょっとお!」
押されたコーイチは急ぎ足になってしまった。そのままの勢いでステージ中央へ進んだ。
「おやおや、くるくる回った後は、お二人さんでご登場ですか」
林谷が、スポットライトに浮かび上がりながら移動している二人に、からかうような口調で言った。
「でも、電車ごっこ風の登場なんて、ほんわかムード一杯ですねぇ」
場内から笑いが漏れた。林谷のアナウンスが続く。
「運転手は営業四課のコーイチ君、車掌は金色に輝く着物っぽい衣装の、コーイチ君の幼なじみの京子さんです」
「えっ?」
丁度マイクの前で止まったコーイチが出した驚いた声にエコーがかかって場内に流れた。それにかまわずに、コーイチは振り返った。京子はステージ袖で見せたあの格好をしていた。
「へへへ……」
京子はぺろりと舌を出した。
「……んもぉうっ!」
コーイチはどうして良いのか分からないと言った感じでうめいた。……でも、可愛いから許しちゃえ! コーイチは半ばヤケになっていた。いつの間にか緊張が取れていた。
つづく
コーイチの鼓動が一気に早まった。不安そうな顔を京子に向けた。京子はステージへ進むように手振りをした。すっかり動揺しているコーイチは、京子の手振りに促されるまま、ステージへ一歩踏み出した。
一瞬、目がくらんだ。暗くなった場内の奥から照らしているスポットライトが、まぶしかったのだ。拍手はまだ続いていた。ステージの床を踏みしめているはずなのに、ふわふわした感触しか伝わって来ない。林谷が待っているステージ中央のマイクの所へ早く行こうとしているのだが、自分だけがスローモーションになってしまったようで、一向にマイクへたどり着けない。
まさか、これは魔法じゃないだろうな。コーイチは必死に足を動かしながら思った。背中を冷や汗がつつつと流れた。鼓動が耳元でどどどどどどどと爆音を立てていた。照らしつけるスポットライトのせいなのか、視界には何も映らない。
あああ、なんてマイクが遠いんだ。ひょっとして、前に進んでいるつもりだけど、足踏みを繰り返しているんじゃないだろうか? 岡島みたいに同じ動作を繰り返してしまう魔法をかけられたのだろうか? それとも、自分が気がつかないうちに、鉢植えの樹に姿を変えられたんじゃないのか? そうだとしたら、進みたくても進めないのは当然だな。そうか、そうに違いない。これからは水と日光と二酸化炭素で生きて行く事になるのか…… どうせなら何か実が生る樹がいいな。
「どうしたのよ、コーイチ君?」
京子が目の前にいた。心配そうな顔をしている。コーイチは驚いた。
「あれえ? どうして君が前にいるんだよ?」
「何言ってんのよ。ステージ袖から出たと思ったら、くるりと輪を描いて戻って来たんじゃない。戻って来たと思ったら、またくるりと輪を描いてステージに向かって、そうしたらまたすぐ、くるりと戻って来て…… あなた、くるくると円を描き続けているのよ」
「え? そうなの?」
きょろきょろと見回すと、そこはステージ袖だった。……だからマイクにたどり着けなかったんだ。よかった。足踏み魔法や鉢植え魔法じゃなかったんだ。
「……なんて言うか、ちょっと、いや、かなり緊張していたもんだから……」
「仕方ないわねぇ……」京子は腰に手を当てて、困ったような顔をした。「じゃ、私が一緒に行ってあげるわ。本当はコーイチ君の後から出ようと思ってたんだけど……」
京子はコーイチを回れ右させて、背中を押して歩き出した。
「ちょ、ちょ、ちょっとお!」
押されたコーイチは急ぎ足になってしまった。そのままの勢いでステージ中央へ進んだ。
「おやおや、くるくる回った後は、お二人さんでご登場ですか」
林谷が、スポットライトに浮かび上がりながら移動している二人に、からかうような口調で言った。
「でも、電車ごっこ風の登場なんて、ほんわかムード一杯ですねぇ」
場内から笑いが漏れた。林谷のアナウンスが続く。
「運転手は営業四課のコーイチ君、車掌は金色に輝く着物っぽい衣装の、コーイチ君の幼なじみの京子さんです」
「えっ?」
丁度マイクの前で止まったコーイチが出した驚いた声にエコーがかかって場内に流れた。それにかまわずに、コーイチは振り返った。京子はステージ袖で見せたあの格好をしていた。
「へへへ……」
京子はぺろりと舌を出した。
「……んもぉうっ!」
コーイチはどうして良いのか分からないと言った感じでうめいた。……でも、可愛いから許しちゃえ! コーイチは半ばヤケになっていた。いつの間にか緊張が取れていた。
つづく
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