と、その時、階段を上ってくる足音がした。そして、忙しなくドアがノックされた。
「恵一郎、お前に会いたいって人たちが来ているんだけど」ドア越しに母親が言う。「降りて来てちょうだい」
「誰?」
「さあ、良く分からないわ……」
「どんな人たち? 大人の人?」
「自分で確認してちょうだい。玄関へ急ぐのよ」
そう言うと母親は階段を下りて行った。
……僕に会いたいだって? 誰が? 恵一郎は考えてみるが、全く思い当たらない。……ふっ、気にしているんだな。もう終わりにしようと思ったばかりなのに。恵一郎は自嘲の笑みを浮かべる。
とにかく会う事にして、恵一郎は部屋を出た。階段を降りて居間に出ると母親がソファに座ってテレビを観ていた。音量は小さめで、字幕が画面に出ていた。母親は恵一郎を見ようともしない。用件は伝えたから後はそっちでやってくれと言った雰囲気が、露骨なまでに漂っていた。
恵一郎は溜め息をついて居間を出て玄関へと向かう。
そこには、いかにも育ちの良さそうな、恵一郎と同じくらいの年頃の少年と少女が立っていた。恵一郎を見ると、爽やかな笑みを浮かべた。二人がいると、玄関がくすんで見えた。それほどに二人は輝いて見えたのだ。
「……岡園恵一郎君、ですね?」少年が柔らかな口調で問いかけてきた。「僕、広小路達也と申します」
「わたくしは……」少女は優しい口調で言う。「深山寺照子と申します」
「はあ……」
恵一郎は二人を交互に見る。記憶では一度も会った事が無い。第一、こんな上品な雰囲気の人たちと接すると言う事など、産まれてこの方、全くなかった。良く見ると、着ているものも恵一郎のとはグレードが明らかに違っている。どこかのタレントじゃないかと思うくらいにスタイルも良くて美男美女だ。
「……あの。どちら様でしょうか……?」
恵一郎はおずおずと尋ねる。何が何だか分からない。
「ああ、そうでしたね」達也が笑う。白い歯がきらりと光って見えたようだった。「僕と、こちらの照子さんとは、『聖ジョルジュアンナ高等学園』に入学するんです。岡園君と同級生になるんですよ」
「えええっ!」
恵一郎は驚いた。
何だよ、いきなり上流の方々が現われちゃったよう! 言われてみれば、名前がもう上流っぽいよなぁ。でも、どうしてだ? 何をしに来たんだ? ……そうか、入学前に、僕の値踏みに来たんだな。こんな平凡な僕を興味本位で、いや、動物園の動物を見るようなつもりで、やって来たんだな。後で仲間や家の人たちに、感想を話すんだろう。「同じ人間とは思えなかったよ」「何だか平凡がうつっちゃったみたいだわ。着て行った服は廃棄処分にして」なんて言って笑うんだろうな。
「……どうしたんだい、岡園君?」達也が首をかしげる。「何だか、顔が青褪めているようだけど?」
「達也さん、岡園君、突然伺ったので、驚いていらっしゃるのよ」
「ああ、そうか。確かに軽率だったかもしれないね」
「お電話とか差し上げなかったの?」
「何度架けても留守番電話に繋がってしまってね。ご家族もお忙しい様だ」
「まあ、それじゃ日を改めた方がよろしかったんじゃない?」
「僕もそう思ったんだけど、ほら……」
「……ああ、そう言う事ね」
……なんて品の良い口調と会話なんだ。それに、会話から、決して僕を笑い者にしようとしてはいないが分かるぞ。僕の妄想は卑屈で無意味だったんだ。二人の会話を聞きながら恵一郎は思った。
だが、やはり疑問が残る。……二人は何をしに来たんだろう?
つづく
「恵一郎、お前に会いたいって人たちが来ているんだけど」ドア越しに母親が言う。「降りて来てちょうだい」
「誰?」
「さあ、良く分からないわ……」
「どんな人たち? 大人の人?」
「自分で確認してちょうだい。玄関へ急ぐのよ」
そう言うと母親は階段を下りて行った。
……僕に会いたいだって? 誰が? 恵一郎は考えてみるが、全く思い当たらない。……ふっ、気にしているんだな。もう終わりにしようと思ったばかりなのに。恵一郎は自嘲の笑みを浮かべる。
とにかく会う事にして、恵一郎は部屋を出た。階段を降りて居間に出ると母親がソファに座ってテレビを観ていた。音量は小さめで、字幕が画面に出ていた。母親は恵一郎を見ようともしない。用件は伝えたから後はそっちでやってくれと言った雰囲気が、露骨なまでに漂っていた。
恵一郎は溜め息をついて居間を出て玄関へと向かう。
そこには、いかにも育ちの良さそうな、恵一郎と同じくらいの年頃の少年と少女が立っていた。恵一郎を見ると、爽やかな笑みを浮かべた。二人がいると、玄関がくすんで見えた。それほどに二人は輝いて見えたのだ。
「……岡園恵一郎君、ですね?」少年が柔らかな口調で問いかけてきた。「僕、広小路達也と申します」
「わたくしは……」少女は優しい口調で言う。「深山寺照子と申します」
「はあ……」
恵一郎は二人を交互に見る。記憶では一度も会った事が無い。第一、こんな上品な雰囲気の人たちと接すると言う事など、産まれてこの方、全くなかった。良く見ると、着ているものも恵一郎のとはグレードが明らかに違っている。どこかのタレントじゃないかと思うくらいにスタイルも良くて美男美女だ。
「……あの。どちら様でしょうか……?」
恵一郎はおずおずと尋ねる。何が何だか分からない。
「ああ、そうでしたね」達也が笑う。白い歯がきらりと光って見えたようだった。「僕と、こちらの照子さんとは、『聖ジョルジュアンナ高等学園』に入学するんです。岡園君と同級生になるんですよ」
「えええっ!」
恵一郎は驚いた。
何だよ、いきなり上流の方々が現われちゃったよう! 言われてみれば、名前がもう上流っぽいよなぁ。でも、どうしてだ? 何をしに来たんだ? ……そうか、入学前に、僕の値踏みに来たんだな。こんな平凡な僕を興味本位で、いや、動物園の動物を見るようなつもりで、やって来たんだな。後で仲間や家の人たちに、感想を話すんだろう。「同じ人間とは思えなかったよ」「何だか平凡がうつっちゃったみたいだわ。着て行った服は廃棄処分にして」なんて言って笑うんだろうな。
「……どうしたんだい、岡園君?」達也が首をかしげる。「何だか、顔が青褪めているようだけど?」
「達也さん、岡園君、突然伺ったので、驚いていらっしゃるのよ」
「ああ、そうか。確かに軽率だったかもしれないね」
「お電話とか差し上げなかったの?」
「何度架けても留守番電話に繋がってしまってね。ご家族もお忙しい様だ」
「まあ、それじゃ日を改めた方がよろしかったんじゃない?」
「僕もそう思ったんだけど、ほら……」
「……ああ、そう言う事ね」
……なんて品の良い口調と会話なんだ。それに、会話から、決して僕を笑い者にしようとしてはいないが分かるぞ。僕の妄想は卑屈で無意味だったんだ。二人の会話を聞きながら恵一郎は思った。
だが、やはり疑問が残る。……二人は何をしに来たんだろう?
つづく
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