恵一郎は学校へ着いた。校門の所に担任と校長が立っていた。登校する生徒たちは、何事が起こったのかと言う顔をしながら、二人の間を通って行く。登校時間に教員が立つことも珍しかったし、ましてや校長が立っているのだ。
スラックスにジャージの上をワイシャツに羽織っている、いつものダサい姿の担任の黒田が恵一郎に気が付いた。恵一郎を指差しながら校長に何かを話している。途端に、スーツ姿の校長が恵一郎の方へ駈け出した。その後を黒田が追う。
「君か! 君が岡園恵一郎君か!」校長は恵一郎の両手を強く握った。恵一郎は薄気味悪さを覚えたが、校長は放そうとしない。「良くやってくれた! これは近来稀に見る快挙だよ! 岡園君! いやあ、凄い事だよ、君ぃ!」
「オレも担任として鼻が高いぜ!」黒田はばんばんと肩を叩いて来る。恵一郎は痛さに顔を歪めるが、黒田はお構いなしに叩き続ける。「正直、お前の今後をどうしようかと、悩んでいたんだ。最終的には知り合いのマグロ漁船に頼もうかと考えていたところだったんだ」
興奮している二人に比べ、妙に冷静な恵一郎だった。……先生たちは自分の事のように喜んでいるけど、どうせ、後で自慢の種にでもするんだろうな。
「我が校から『聖ジョルジュアンナ高等学園』の、しかも特待生を出しましてなぁ。校長冥利ですわい。え? いやいや、わたしは何もしておらんですよ。まあ、子供たちには自由に思った通りに生きるようにとは言っておりますがねぇ。それが良かったとおっしゃるんですか? ふっふっふっふ、そうだとしたら、わたしの教育方針は間違ってはいなかったと言う事でしょうかなぁ」
そう言って、鼻の穴を大きくふくらましてふんぞり返る校長の姿が、恵一郎の脳裏に浮かぶ。
「そうですねぇ、岡園恵一郎君は、しっかりとした子ですよ。クラスの人気者でね、しかも、誰とでも分け隔てなく付き合える、心の広い子ですな。わたしなんかが口をはさんだりする必要のない、優秀な生徒ですよ。え? わたしのおかげじゃないかって言うんですか? もちろん、それなりの指導はしましたから、それなりに反映はされているんじゃないでしょうかねぇ。で? 学力ですか? あの『聖ジョルジュアンナ高等学園』の特待生ですよ! そんな事を聞くのは野暮ってもんじゃないですかねぇ?」
いつも恵一郎を怒鳴り馬鹿にしていた担任の黒田の、手の平返しの発言が、恵一郎の脳裏に浮かぶ。
登校中の生徒たちはじろじろと恵一郎たちを見ている。恵一郎は恥ずかしくなった。早くこの場から居なくなりたい、恵一郎はそれだけを思っていた。
「ケーイチロー」典子が声を掛けてきた。「さっきの連中相手に、何かやらかしたの?」
典子は心配そうな顔をしている。勝也とその取り巻きとの事を言っているようだ。
「いや、何もしていないよ」恵一郎は典子に答える。「あいつらは先に学校に行ったはずだよ」
「そう……」
「何だ、磯田、お前は知らないのか?」担任の黒田が典子に言う。言ってからにやにや笑いだす。「あ、そうか、昨日の今日だもんなぁ…… 知らないわなぁ……」
妙な優越感を示す黒田に、典子がむっとした顔を向ける。
「実はだねぇ」校長が典子を見る。薄気味悪いほどの満面の笑みに典子は一歩下がった。校長は大きな声で続けた。「この岡園恵一郎君はだねぇ、あの『聖ジョルジュアンナ高等学園』の特待生としての入学が決まったのだよ!」
「……」
長い沈黙があった。典子は口をぱくぱくさせる。通学途中の生徒の動きが止まる。校長は自慢げに胸を張る。
「えええ~っ!」
学校が揺れたのではないかと思われるような生徒たちの驚きの声が上がった。
つづく
スラックスにジャージの上をワイシャツに羽織っている、いつものダサい姿の担任の黒田が恵一郎に気が付いた。恵一郎を指差しながら校長に何かを話している。途端に、スーツ姿の校長が恵一郎の方へ駈け出した。その後を黒田が追う。
「君か! 君が岡園恵一郎君か!」校長は恵一郎の両手を強く握った。恵一郎は薄気味悪さを覚えたが、校長は放そうとしない。「良くやってくれた! これは近来稀に見る快挙だよ! 岡園君! いやあ、凄い事だよ、君ぃ!」
「オレも担任として鼻が高いぜ!」黒田はばんばんと肩を叩いて来る。恵一郎は痛さに顔を歪めるが、黒田はお構いなしに叩き続ける。「正直、お前の今後をどうしようかと、悩んでいたんだ。最終的には知り合いのマグロ漁船に頼もうかと考えていたところだったんだ」
興奮している二人に比べ、妙に冷静な恵一郎だった。……先生たちは自分の事のように喜んでいるけど、どうせ、後で自慢の種にでもするんだろうな。
「我が校から『聖ジョルジュアンナ高等学園』の、しかも特待生を出しましてなぁ。校長冥利ですわい。え? いやいや、わたしは何もしておらんですよ。まあ、子供たちには自由に思った通りに生きるようにとは言っておりますがねぇ。それが良かったとおっしゃるんですか? ふっふっふっふ、そうだとしたら、わたしの教育方針は間違ってはいなかったと言う事でしょうかなぁ」
そう言って、鼻の穴を大きくふくらましてふんぞり返る校長の姿が、恵一郎の脳裏に浮かぶ。
「そうですねぇ、岡園恵一郎君は、しっかりとした子ですよ。クラスの人気者でね、しかも、誰とでも分け隔てなく付き合える、心の広い子ですな。わたしなんかが口をはさんだりする必要のない、優秀な生徒ですよ。え? わたしのおかげじゃないかって言うんですか? もちろん、それなりの指導はしましたから、それなりに反映はされているんじゃないでしょうかねぇ。で? 学力ですか? あの『聖ジョルジュアンナ高等学園』の特待生ですよ! そんな事を聞くのは野暮ってもんじゃないですかねぇ?」
いつも恵一郎を怒鳴り馬鹿にしていた担任の黒田の、手の平返しの発言が、恵一郎の脳裏に浮かぶ。
登校中の生徒たちはじろじろと恵一郎たちを見ている。恵一郎は恥ずかしくなった。早くこの場から居なくなりたい、恵一郎はそれだけを思っていた。
「ケーイチロー」典子が声を掛けてきた。「さっきの連中相手に、何かやらかしたの?」
典子は心配そうな顔をしている。勝也とその取り巻きとの事を言っているようだ。
「いや、何もしていないよ」恵一郎は典子に答える。「あいつらは先に学校に行ったはずだよ」
「そう……」
「何だ、磯田、お前は知らないのか?」担任の黒田が典子に言う。言ってからにやにや笑いだす。「あ、そうか、昨日の今日だもんなぁ…… 知らないわなぁ……」
妙な優越感を示す黒田に、典子がむっとした顔を向ける。
「実はだねぇ」校長が典子を見る。薄気味悪いほどの満面の笑みに典子は一歩下がった。校長は大きな声で続けた。「この岡園恵一郎君はだねぇ、あの『聖ジョルジュアンナ高等学園』の特待生としての入学が決まったのだよ!」
「……」
長い沈黙があった。典子は口をぱくぱくさせる。通学途中の生徒の動きが止まる。校長は自慢げに胸を張る。
「えええ~っ!」
学校が揺れたのではないかと思われるような生徒たちの驚きの声が上がった。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます