開けられたドアの所に大柄な男が立っていた。
足元までもある黒いトレンチコートを着込み、鍔広で頭頂部がやや尖り気味の黒い帽子を目深に被り、見たことも無い銘柄の細長いタバコを燻らせ、両手をコートのポケットに突っ込んでいた。
男は無言のまま室内へと入って来た。帽子からはみ出て肩まで伸びたもじゃもじゃの黒髪がふわっと揺れた。
男はいきなり踵でドアを蹴りつけた。開けた時以上に勢い良くドアが閉まった。
男の帽子がかすかに上向き、獲物に狙いをつけた肉食獣のような、冷たく、しかしその奥に残虐な喜悦を滲ませた視線を覗かせた。そして、視線は真っ直ぐに吉田課長を射ていた。
タバコを銜えたままの口元の両端が吊り上がり、不気味な笑みが浮かんだ。ちらと見えた妙に大きな犬歯が男の印象をさらに肉食獣に近づけた。
「あんた、吉田吉吉さんか……?」
深い穴の中でこだまするような響きを持った、低くかすれた声で男が言った。
コーイチは知らず知らずに後退り、壁に背を付けて立ちすくんでいた。
こりゃあ、どこからどう見ても殺し屋だ! あのノートは林谷さんの話のほうだったのか! 課長、悪いのは林谷さんですからね! ボクは利用されただけですからね! 恨むんなら林谷さんですからね!
課長は不機嫌な顔で男を睨み付けながら言った。
「いったい君は何なんだね! そうか、新しい配達屋さんだな」
課長、配達屋さんじゃないです、殺し屋さんです! ……うわわ、なんで「さん付け」なんかしてんだろう!
男は課長から視線を逸らさずに、ポケットに突っ込んでいた右手をゆっくりと抜き出した。
黒い皮手袋をはめたその手にはサイレンサーを付けた拳銃が握られていた。銃口はのろのろとした動きで次第に正面を向き、課長の額に向いた時に止まった。止まると同時に男の口元はさらに吊り上がった。
「何の真似だ! オレは冗談と無能な部下は大嫌いなんだがな!」
課長は立ち上がり、銃を向けている男を怒鳴りつけた。
男は「くっ、くっ、くっ」と喉の奥で笑った。
不意に男の顔から笑みが消えた。銃を握っている指にゆっくり力が加わり始めた。
と、その時、男が乱暴に閉めた営業四課のドアの真ん中に、黒っぽい染みのような物が浮かび上がってきた。
つづく
足元までもある黒いトレンチコートを着込み、鍔広で頭頂部がやや尖り気味の黒い帽子を目深に被り、見たことも無い銘柄の細長いタバコを燻らせ、両手をコートのポケットに突っ込んでいた。
男は無言のまま室内へと入って来た。帽子からはみ出て肩まで伸びたもじゃもじゃの黒髪がふわっと揺れた。
男はいきなり踵でドアを蹴りつけた。開けた時以上に勢い良くドアが閉まった。
男の帽子がかすかに上向き、獲物に狙いをつけた肉食獣のような、冷たく、しかしその奥に残虐な喜悦を滲ませた視線を覗かせた。そして、視線は真っ直ぐに吉田課長を射ていた。
タバコを銜えたままの口元の両端が吊り上がり、不気味な笑みが浮かんだ。ちらと見えた妙に大きな犬歯が男の印象をさらに肉食獣に近づけた。
「あんた、吉田吉吉さんか……?」
深い穴の中でこだまするような響きを持った、低くかすれた声で男が言った。
コーイチは知らず知らずに後退り、壁に背を付けて立ちすくんでいた。
こりゃあ、どこからどう見ても殺し屋だ! あのノートは林谷さんの話のほうだったのか! 課長、悪いのは林谷さんですからね! ボクは利用されただけですからね! 恨むんなら林谷さんですからね!
課長は不機嫌な顔で男を睨み付けながら言った。
「いったい君は何なんだね! そうか、新しい配達屋さんだな」
課長、配達屋さんじゃないです、殺し屋さんです! ……うわわ、なんで「さん付け」なんかしてんだろう!
男は課長から視線を逸らさずに、ポケットに突っ込んでいた右手をゆっくりと抜き出した。
黒い皮手袋をはめたその手にはサイレンサーを付けた拳銃が握られていた。銃口はのろのろとした動きで次第に正面を向き、課長の額に向いた時に止まった。止まると同時に男の口元はさらに吊り上がった。
「何の真似だ! オレは冗談と無能な部下は大嫌いなんだがな!」
課長は立ち上がり、銃を向けている男を怒鳴りつけた。
男は「くっ、くっ、くっ」と喉の奥で笑った。
不意に男の顔から笑みが消えた。銃を握っている指にゆっくり力が加わり始めた。
と、その時、男が乱暴に閉めた営業四課のドアの真ん中に、黒っぽい染みのような物が浮かび上がってきた。
つづく
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