お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

聖ジョルジュアンナ高等学園 1年J組 岡園恵一郎  第1部 恵一郎卒業す 42

2021年09月05日 | 岡園恵一郎(第1部全44話完結)
「あの……」恵一郎がおずおずと言う。「聞きたい…… お伺いしたい事があるんですけど……」
 恵一郎はすっかり圧倒されていた。二人は恵一郎を馬鹿にしに来たわけではない。だが、二人の放ついわゆる「上流オーラ」が半端ない。持って産まれたものとしか思えないそのオーラは、持って産まれた恵一郎の「平凡オーラ」(そんなものがあるとすればだが)をすっかり駆逐していた。同い年なのに、同じ学校に通うのに、雲泥の差を恵一郎は感じていた。……やはり、入学を辞退した方が良いんじゃないか? 絶対苦労するぞ。恵一郎は思った。
「あら、何でしょう?」照子が微笑みながら恵一郎を見る。その品の良さと可愛らしさに恵一郎はふらっとする。「どうぞ、お話し下さって」
「……あの、お二人は、何をしに、なさりに、来た、見えたんですか?」
 恵一郎は精一杯の敬語を使おうとして、ますます言葉がおかしくなって行く。しかし、二人はそれを笑う事は無かった。
「ご挨拶に伺ったのですわ」照子は優しく言う。浮かべている微笑に吸い込まれそうになる恵一郎だった。「来月から、よろしくお願いいたします」
 照子は膝を軽く曲げて恵一郎に頭を下げた。
「いえいえ、そんな、勿体無い……」
 恵一郎は思わずそう言うと、思い切り頭を下げた。
「岡園君」達也が言う。恵一郎が頭を上げると、達也は優しく笑んでいた。「同じ学校に通う者同士だよ。そんなに緊張しなくても良いよ」
「そうよ、岡園君」照子も言う。「これからは一緒なんだから……」
 二人の言葉遣いが、親しい者と会話するような感じに少し変わって来たので、恵一郎の緊張が少しほぐれた。
「……でも、何故?」恵一郎は訝しむ。「どうしてわざわざ…… クラスだって、同じになるかどうかも分からないのに……」
「実はね……」達也は親しげな笑みを浮かべる。「理事長先生の計らいなんだよ」
「え?」
「何しろ、特待生なんて、学校始まって以来らしいんだよ。だから、不安にさせないようにって言われて、是非今日訪ねて行ってほしいって言われたんだ」
「そうなのよ。きっと戸惑う事が多いだろうから、良く面倒を見てほしいって言われて……」
「クラスも決まっているんだ。僕たちは一年J組になるんだよ」
「これで完全に同級生、クラスメイトね」
「そう言う事。まあ、最初は面食らうかもしれないけど、君ならすぐに馴染めると思う」
「そうね。岡園君なら大丈夫だわね。理事長先生、ちゃんと見ていらっしゃるのね」
「そりゃあ、あの理事長先生だもの、間違うはずがないよ」
「あのさ……」恵一郎は言う。わざと言葉を友人向けなものにしてみる。「理事長先生って、そんなに凄い人なのかい?」
「ああ、僕たちの間じゃ、有名だよ」
 達也が言う。……僕たち、か。やっぱり上流の世界ってあるんだな。恵一郎は素直に思った。
「わたくしたち、あの学校に入るのを楽しみしていたのよ」
「そうだね。小さい頃から楽しみにしていたね」
 二人は顔を見合わせてくすりと笑いあった。その仕草も品が良い。……こんな中に僕は入って行くのか。大丈夫なのか? 本当に、大丈夫なのか? 恵一郎の心臓が不安で高鳴った。
「岡園君」達也が真顔で恵一郎を見る。恵一郎は思わず直立不動となった。「……心配する事なんてないよ。僕たちは友達だからね」
「そうよ。わたくしも本当に楽しみだわ」
「じゃあ、また!」
「岡園君、ごきげんよう」
 二人は帰って行った。見送ろうと玄関から外に出た恵一郎だったが、二人の姿はもう見えなかった。
「……上流の人って言うのは、足が速いんだ」
 恵一郎は妙に感心してつぶやいた。


つづく

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