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コーイチ物語 「秘密のノート」 110

2022年09月24日 | コーイチ物語 1 13) パーティ会場にて コーイチ退場 
 コーイチは左手の皿を見つめた。……これは魔法で出したものだよな。食べても大丈夫だよな。空を飛ばされた魔法は痛くも痒くもなかったけど、食べ物に関してはどうなんだろうなぁ。
 コーイチの脳裏に、リンゴをかじって深い眠りについてしまったお姫様の話や、お菓子の家を食べてこき使われた兄妹の話などが浮かんでいた。……どっちの話も魔女がらみだ。食べ物と魔女、あまり良い取り合わせじゃないかも知れないぞ。
 コーイチは京子の方を見た。大勢の人垣に包まれていて、姿は見えなかった。……あんなに人気者になてしまって、すっかり「アイドルの京子ちゃん」だ。そんな中で、魔法とは言え、ボクに気を遣ってくれているんだ。優しい娘だよなあ。
 ……いやいや、あの娘は、ああ見えて、結構いたずら好きなんだよな。泣いた振りであわてさせたり、携帯電話の呼び出し音でおどかしてくれたり、空を飛ばす時になってから初めて試すのと言ってみたり。う~む、その点を考慮すると、食べたとたんにどうにかなってしまう可能性も、否定は出来ないよなあ。
 コーイチは、黒いとんがり帽子に黒マント、手には節くれ立った木の杖を持って「んふふふふ」と笑っている京子の周りを、ピョンピョン跳ね回るカエルか、にょろにょろ這い回るヘビか、ぱたぱた飛び回るコウモリになってしまった自分の姿を想像し、背筋に冷たい汗をつつつと流した。
 でも、でも、今まで何度も許してきたじゃないか。可愛いから許すって事で。実際、可愛いものなあ。空中で迫って来た顔、本当に可愛かった。林谷さんが余計なアナウンスをしなければ、あのまま…… コーイチは頬を赤らめた。
 よし、決めた! 「As Well be hanged for a sheep as for a lamb ――毒を食らわば、さらばまで」って言うよな。万が一、カエルやヘビやコウモリになっても良いじゃないか! そうだ、可愛いから許すんだ!
 コーイチは右手のフォークを皿に盛られた料理に刺した。刺されたものを目の前に持ち上げた。ハムのようなものや刺身のようなものや果物の輪切りのようなものが重なっていた。おいしそうな気もするし、微妙な気もする。……ま、いいか。男は一度心に決めたら実行するのみだ! コーイチは口を大きく開け、目をきつく閉じ、フォークの先の料理を頬張った。
「うまっ!」
 思わず声を出した。口鼻目耳から美味い物オーラが吹き出た感じがした。超一流店だからなのか、京子の右手人差し指の一振りがあったのか、あるいは、コーイチの空腹だったからなのかは分からないが、とにかくおいしい料理だった。あっと言う間に口の中が空になった。あわてて残りをフォークで刺して口へ運ぶ。またオーラが吹き出て来たようだ。
 またフォークを刺す。口へ運ぶ。オーラが吹き出す。フォークを刺す。口へ運ぶ。オーラが吹き出す。……あれ? コーイチはふと皿を見た。何度も口に運んだはずなのに、皿にはいっぱいに料理が盛られていた。……そうか、“ちゃんと食べなきゃ、ダメよ”なんて書いた紙が出て来たのは、こう言う事だったのか。こんな魔法ならば大歓迎だ!
 ステージの奥でコーイチは、決して料理の無くならない皿から黙々と食べていた。
「京子…… 可愛い」
 コーイチはちょっと手を止めて、ぼそっとつぶやいた。

       つづく

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