荻窪でも五日市街道に近いDr桜井宅へのジャズ巡礼は土曜日の薄暮時間帯になってしまった。秋の夕暮れは早い。四季に一度の訪問だが、フェアチャイルドのアーム故障が執念の取り組みによって修理が完成したようである。アーム内部の極細ポールネジが折れたまま、半分が嵌ってしまってどうにも手の施しようがなかったと聞いていた。どこか精密工具を作っている工場へ出かけて特注のネジまで作らせたらしい。
「アホノミクス」の経済効果の余波を受けて歯科診療も暇で景気が悪いとこういう作業に情熱をかけると桜井氏と二人で戯言を交わす。このアームにGEのバリレラカートリッジを付けて1950年代のジャズに限ったモノラルLPをパラゴンで鳴らす、そういうマニアックな狙いが私を招待する根っこにある。これはそうとうよく鳴ってきていると推測しながら指定席へ座らせていただく。自慢や睥睨というよくあるオーディオ病理にかかっている人による招きならお得意の現存在分析の嗅覚が働いてパスをするところだ。桜井さんが所有する各種オーディオシステムがいよいよ完成に向かって深化したことを確認したくて夕刻からの3時間を試聴タイムにする。
トーレンス124、テドラプリアンプ、マークレビンソンのチャンデバ、アンプジラパワーアンプの2台マルチ駆動、JBLパラゴンという音の入り口から出口への各種装置でお互いになじんでいるお宝LPを聴く。デイブ・ペル楽団の歌姫、ルシー・アン・ポークがコンボ編成のバンドを従えて歌っているなんとも麗しく愛しいアルバムだ。私などは月に数回、この歌手が唄っている「イージー・リビング」や「タイム・アフター・タイム」に聴き惚れてあっというまに20年という時を経ている始末だ。モードレコードはウエストコーストにあったが、すぐに倒産してしまった不運の会社だ。しかしいつまでも手元においておきたい愛すべきアルバムがたくさん残っていて、現在は輸入盤ショップでは「VSOP」から再発CDを見かけることがある。
パラゴンというスピーカー、いつも置くだけ、見るだけ、撫でるだけ状態の儘になっている金持ちステータス品の印象が強いが、桜井邸のパラゴンは強力な現役続行をしている稀有な見本だ。地下室は往年の吉祥寺「アウトバック」内でジャズを浴びているような錯覚に陥る圧倒的能率に包まれる。バリレラ針、アーム感度の安定、アンプジラパワーの精密なるブレンド力の賜物である。ものすごく濃厚で分厚い中域サウンドが左右両翼のスピーカーから押し寄せてややレンジ感を狭めたセンター音場を合成する。癒えたフェアチャイルドに付いているGEのバリレラ針は針圧は7グラム、モード盤オリジナルモノラルLPをがっちりと捉えて美しく正確な回転風景を繰り広げている。
一曲目の「シッティング・イン・ザ・サン」を聴いて分かった。ミディアムに気持よく流れる歌+コンボジャズの典型のような1950年代らしい曲である。こういう粋な歌はみんなに聴いてもらいたい不変の価値がある。桜井さんの狙いはライブハウスの前席の臨場性を、自宅で再現するという贅沢である。それも音響面を投げていない上質ライブハウスのそれである。平凡な装置だったら歌と駆け引きしているバッキングのテナー、トロンボーンは埋没した遠景のような音になるが、こちらは音が充満しているのに、個別楽器はグイグイとルシー・アン・ポークの伝法なのに可憐な声を彩って前に押し出す。
この辺の綱引きのマクロ風景は、ただ音がデカイだけの、昔のジャズ喫茶とは違った精緻な隈どりをもたらすから、桜井さんのパラゴン奏法は昔の機器をたくさん常用しているにも関わらず昔風ではないことに気がついた。こうしたアナログがもたらす出汁の相乗効果にどっぷり浸かってしまうと、あとから次々と繰り出す高解像力を誇るシステムの音は今、スーパーマーケットでよく見かける「白出汁」みたいなもので、パラゴンの個性の前に色あせてしまうものだから、オーディオというものは始末に負えないということを痛感することになる。
https://www.youtube.com/watch?v=zZiz9L2vSpQ
それは読んでないので憶測の域を出ませんが
渋谷の道玄坂百軒店の奥まった所にあった
「ありんこ」というジャズ喫茶に荒木一郎が
やってきているという話を耳にしたことがあ
ります。そのへんが絡んでいるのでしょうね。
「ありんこワークス」です。