われらしんじんのこども

真人幼稚園の子どもたちの日々の様子や、
  楽しいエピソードなどをお伝えしています。

デジブック 『節分!豆まき会2011』

2011-02-03 22:18:02 | Weblog

 皆さんこんにちは! いかがお過ごしですか。

 きょうは節分。明日は立春。暦の上ではもう春ですね。きょうは気温も上がり、心なしか陽の光も春めいてきたように感じます。今夜は恵方巻や鰯(私の好物です)などをいただいたりするご家庭も多いのではないでしょうか。邪気を払い、心身ともに健康で、みんなが元気一杯新しい春を迎えられますよう私も祈りたいと思います。

 そんなきょうは、園でも恒例の「豆まき会」がおこなわれました。(残念ながらテレビ取材はキャンセルとなってしまいましたが)子どもたちと教職員とが屋内運動場に一堂に会し、まずは司会の先生から節分と豆まきについてのお話を聞きました。それから年女と年男の職員が子ども達に福豆を投げ、子ども達は自分で作った三方にその豆を集めます。やがて豆を集め終える頃、突然雷鳴がとどろき、場内は真っ暗に。地響きとも唸りともつかない音と共に3匹の鬼が現れます。運動場はパニック状態で、泣き叫ぶ子、先生にしがみつく子、果敢に鬼に向かっていき豆をぶつける子と様々な姿が繰り広げられますが、鬼たちはやがてそそくさと退散し、外へ逃げていきます。

 とまあ、こんな流れの豆まき会です。ともすると怖いもの知らずになってしまいがちの私たち現代人ですが、子どもの頃のこういった体験は強烈な印象となって心に焼きつくことでしょう。それはつまり畏れを知る、ということ。それが大切なことなのだと思うのです。畏怖、畏敬の念ともいいますが、自然や宇宙や生命の成り立ちに敬意を抱き大切にする、自らの身の丈を知り生きとし生けるすべてのものを敬う、という生き方を幼児期の今から彼らの心と体に染み込ませたいのです。

 あるいは、私自身、自分のことを振り返る良い機会でもあります。本当の鬼は自分自身の中にいる、ということをいつも考えます。鬼は人の心が作りだしているのです。あるいは人の心のありようを体現しているのです。とりわけ弱くて、狡猾で、邪悪な心の一側面を。私の中にある鬼は、たとえば「暴飲暴食鬼」。美味しいもの好きなものばかり食べていたいなぁ、ビールをもっとたくさん飲みたいなぁ、とついつい思ってしまう。体のことを考えるのをつい忘れてしまいがちになる。あるいは「見て見ぬふり鬼」。たとえば店や駅や乗り物や公園などの公共の場でマナー違反している人を見ても、見なかったことにして立ち去ってしまうことがある。寝たふりしてしまうことがある。あるいは今日も地球のどこかで、この国のどこかで、たくさんの子どもたちが邪悪な大人たちによって傷つけられ、虐げられ、ときに命まで奪われているのに、本当の解決のためにはまだ何一つ自分の持てる力を発揮していない。努力が足りていない。教育者のはしくれでありながら。そんな自分を振り返る良い機会なのです。そして今日よりは明日、明日よりは明後日、今より少しでもよい人間になりたいと思う。まだ遅くはないはずと自分に言い聞かせる。それが節分の大切な意味なのです。明日は立春。また新しい季節が始まろうとしています。わたしも子ども達と教職員と保護者の皆様と、また一歩一歩踏みしめながら歩いてまいります。皆様にとっての節分はどのような意味を持っていらっしゃいますか?

 さて、早速ですが、本日おこなわれました「豆まき会」の様子をデジブックにまとめてみましたのでどうぞご覧ください。あまりの怖さに泣いていた子も給食の時間には笑顔に戻り、ケロッとしてまた元気に遊んでおりました。

 

 デジブック 『節分! 豆まき会』

 

 【今日の一枚】明日おこなわれますリハーサルを兼ねた「子どもの発表会」の招待に先生の部屋まで来てくださったあお組の子ども達と記念に一枚。皆さん、誘いありがとう!楽しみにしていますね!ちゃお!

 *園内のインフルエンザ発症者はかかられていた園児も元気に回復し、本日0名となりました! 引き続き予防に努めてまいります!

 

 

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