224/12/17 tue
前回の章
そういえば望から全然連絡が無い。
協会の神父である旦那とは、離婚が成立したのだろうか?
俺と先の事を考えているとは言っていたが、子供もいるし自分で娘たちを養っていくと決めたのかもしれない。
KDDIより前の大日本印刷時代に会ったのが最後だから、二年ほど連絡していない事になる。
どちらにせよ俺が、彼女の生活を壊してしまったのだ。
望から来ない限り、俺から連絡するのはやめておく。
今日はハローワークの確定日。
人生初めてもらう国からの給料。
もうこれで三回目。
形だけ一度、就職活動をしたという行為をして、月に一回職安に行けば十五万円ぐらいのお金がもらえる素敵な制度なのである。
そういえば就職活動なんて何一つしていないなあ……。
方法と言えば、知り合いの社長に電話を掛ける。
「お久しぶりです」
「あれ、岩上さん、どうしたんですか?」
「この度失業保険というものをもらえる事になりましてね」
「えー印税はどうしたんです?」
「出版社と仲悪いすから、まだもらってないんですよ、うひひ」
「じゃあ、どうするんです、これから?」
「国から金をもらえるんで、甘えちゃおうかなと」
「へえ、それはそれで羨ましい」
「そこでお願いがあるんですよ」
「何でしょう?」
「俺が社長のところに面接来たけど、落ちたって事にしてほしいんです」
「え、どうして?」
「一回だけ就職活動しないとお金もらえないんです」
「へー」
「なので、もし万が一職安から電話あったら口裏合わせてほしいんですよね」
「いいですよ、そのぐらい」
「ありがとうございます」
「あ、でも岩上さん。今フリーなんじゃ、うちに来て下さいよ」
「嫌です。小説書くようなんで暇ないんですよね」
「なるほど……」
こんな感じで毎月誰かしらの社長にお願いして、国から金をもらう俺。
なかなかの小悪党ぶりである。
いや、こんなの悪党なんて言わないだろう。
しいて言うならプチデビルと言ったところか。
職安の人は、俺の就職活動情報を聞いてくるので「この不況だから大変ですよ~」と蚊の鳴くような声で答えた。
すると「では、もう二ヶ月延長しますので。分かり易く言うと、あと二回分お金がもらえます」と言ってくれた。
こんな簡単に許可が降りるんじゃ、この国が不況なのも本当に実感できる。
誰もすぐ働こうなんてしなくなるんじゃないのかな?
ひょっとしたらこれは、神の意思によるものなかも。
時流の流れに沿う。
『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』をこの期間で仕上げろって事か……。
二千十年二月十四日、原稿用紙四千六十三枚まで執筆。
ビバ、ハローワーク!
今の執筆活動生活がまだあと二ヶ月も続けられる。
前の会社一年半ちょいしかいないのに、五ヶ月以上遊んで暮らす。
正に駄目人間ここに極まるとはこの事か。
帰り道俺は引き籠り用の食料と飲み物を買い込む。
カゴをパンパンにして二つ。
中にはバナナミルクやフルーツ牛乳、ピザだってあるのだ。
結構な金額を払い、レジをあとにすると猫の餌が目に入る。
そういえばうちのペットのマロの餌がもうじきなくなるなあ……。
マロ、猫のくせに動きが鈍いんだよな……。
たまに寝ている俺の顔の上で、寝ていたりする困ったちゃん。
マロ用の舌平目やビーフの缶詰、そして固形の餌を買う。
財布の中がかなりヤバい状態に……。
前半で散財したり、一気に金を遣ったからなあ……。
まあ、引き籠るんだから問題ないか。
あ、そういえば今日デートの約束をしていたような……。
金がないから携帯電話の電源を切っておこう……。
何か少し『鬱』っぽくなったような自分がいる。
おそらく今、執筆している作品の影響だろう。
いや、あんな内容の作品を書いていたら、こっちの頭がおかしくなりそうだ。
なんせ過去の嫌だったトラウマをこれでもかというくらい、詳細に渡って思い出しながら小説にしているのだから。
気分転換しよう。
そんな訳で、夜になって高校時代の同級生の小谷野悟に電話をしてみた。
彼とはサッカー部の仲間で、まだ再会はしていないが、去年の暮れに突然電話があったからである。
始めはどうしたって、勧誘かネズミ講…、またはマルチ商法かなって思った。
ところが、我が母校『西武台高等学校』のサッカー部が全国に出るからOB集合しないかとの誘い。
俺は一年の時でサッカー部辞めたから、行かなかったけど。
…で今度飯でも食おうよと社交辞令になっていたのを思い出し、電話でもしてみようかなとなった。
小谷野もミクシィをやっていると言うので、早速今日マイミクに。
来週ぐらいに飯でも行こうとなる。
会ったら二十年ぶりの再会か。
今気付いたら、三十時間以上ご飯食べるのを忘れていた……。
喉は渇いたりするもんだから、バナナミルクとかフルーツ牛乳とか結構飲んだ。
あと水出しアイスコーヒーなんかも。
そのぐらい集中して俺は執筆していたのか。
『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』
お陰で二千十年二月十八日の時点で、原稿用紙四千二百五十五枚まで書けた。
今年の一月十日から始めたから、一日原稿用紙百枚ペースで書いている事になる。
そりゃあ鬱っぽくもなるな。
食べるという行為自体を忘れての執筆作業。
何か、全日本プロレスを目指していたあの頃に帰った気分だ。
やっている事はまったくの真逆。
昔は細かった身体をとにかく食べて、体重を上げなきゃいけなかった。
今は色々なものを犠牲に、すべてを文字へ投影。
一つのものに捧げるという行為。
うん、俺は書くしかないのだから……。
息抜きでコラム風なものを書いてみようと思った。
誰に語るというわけではないが、望との関係を思い出すと無性に書きたくなったのだ。
彼女の事が気にならない訳ではない。
ただ向こうから連絡無いのに、俺から動くのは違うと感じただけ。
あの時はお互いを求め合ったが、時間の経った今、それぞれの思いは違った方向へ行ってしまったのだろう。
俺と望があの時をどんな美化して説明したところで、周りから見たらただの不倫や浮気に過ぎない。
結果俺は、望の家庭を壊してしまったのだ。
ワードを起動し、文字を書き連ねる。
正直に言うと、昔、俺は人妻と浮気した事あります。
今は本当に反省しています。
俺は男だから、相手の気持ちしか聞けませんよ。
旦那がどうとか、今の生活どうのとか……。
たくさんの愚痴を聞きました。
そして抱きました。
そりゃ一緒にいれば不満あるでしょう。
じゃあ結婚なんて、しなきゃいいでしょうが。
相手にしちゃった自分も、本当に馬鹿だなって思います。
一つ、人間の心理をここで言っておきます。
自分の恋人の悩みで『異性』に相談している人……。
その相談に乗っている『異性』はほとんどの確立で、そのままそういった関係になるでしょう。
『夫婦喧嘩、犬も食わない』ということわざもあります。
第三者にしてみてば、他人の恋愛の悩みなんてクソみたいなものなんです。
だって自分に何のメリットもないですからね。
なのにあえて親身になる『異性』……。
よほどの信頼関係がないと、まずそういった関係になります。
何故ならその異性のほとんどは、そういう事を狙っているからです。
弱った時ほど、人間って身近なものにすがりつきたい生き物なんです。
悩みがあって『異性』に相談している方。
よく考えてみて下さい。
『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』を執筆しながら、自分の過去をずっと振り返りました。
自分の過去を赤裸々に振り返りながら、どれだけ馬鹿をしてきたか必死に振り返り、様々な勉強をしています。
たくさんの女を抱きました。
『浮気』や『不倫』…、人間として間違っています。
だからこそ、今、間違いを犯している人たちへ。
子供が産まれた時の事や、結婚した当初の頃を思い出して、誰の前でも胸を張れるような生き方をしませんか?
浮気をしている人、子供の前で堂々と言えます?
もし、言えると言うなら、この先はもう、読まなくて結構です。
あと私の知り合いでそういう人がいたら、自分から外れて下さい。
いくら綺麗な言葉で『恋愛』とか取り繕っても、ハッキリ言います。
結婚している人は他の人といくらそういう関係になったとしても、それはただの『浮気』や『不倫』です。
勘違い、または現実逃避して自分を取り繕うのは見苦しいからやめましょう。
過去は取り消せませんが、生きていれば、いくらだって償えます。
それでも浮気がしたい方……。
男も女もです。
離婚して、勝手に遊びやがれ、馬鹿野郎っ!
たくさんの人がいる世の中です。
すべての人に分かってもらおうだなんて、これっぽっちも思っちゃいません。
でもね、俺の言う意味が分かってくれる人もいると思うんですよ。
書き終えて読んでみる。
何だ、こりゃ……。
不倫をしていた俺が、止める立場で偉そうな事を言っているだけ。
説得力も何も無いな。
今度お子さんがいるでしょって目線で書いた方がいいかもしれない。
子供って本当に可愛いですよね。
俺、子供って大好きなんですよ。
近所の子にカレーやミートソース作ってあげたり、お菓子買ってあげたり、だって可愛いじゃないですか。
以前作った『パックマンカレー』。
オリジナルのホットドック。
王道ミートソース。
俺に懐く近所の子供たちへ、たまにこういったものを作ってあげる事があります。
こう見えて俺、結構子供からは好かれるんですよ。
だから自慢じゃないけど、小学校一年生の女の子から、ラブレターもらった事だってありますからね。
完全に迷走しているな俺は……。
小説の続きでも書くか。
ん、何やら一階が騒がしい。
親父と叔母さんのピーちゃんの争う声ではない。
小さな子供がはしゃいでいるような賑やかさ。
俺の子供好きセンサーが稼働したので下へ降りてみる。
親父の姉である三進産業の京子叔母さんの娘である理恵子。
俺にとって従兄弟だが、彼女は三歳の男の子と、六歳の女の子の子供を家に連れてきていた。
「あ、智ちゃん、最近どうしてんの?」
従兄弟の理恵子が聞いてくる。
「最近は小説しか書いてないな。最近本は読んでいる?」
「そんな暇なんかないよ~」
子供が用心深そうな目をしながら俺に近づいてきた。
三歳のさく、六歳の花子。
理恵子は随分変わった名前を子供につけたものだ。
「おじさん、だ~れ」
「おじさんじゃない、お兄さんだ。君たちのママより五つ年上だけどね」
「お兄さん、肉凄い」
「肉なんて、そんな言い方をするな。これは筋肉だ」
「叩きたい。ぶっていい?」
「ああ、どうぞ」
子供たちは無我夢中になって、ボカボカ私の身体を叩いてきた。
「かたーい」
「そうだろう。こうやって攻撃を弾くぐらいじゃないと駄目なんだ」
俺は元プロレスラーとしての肉体の凄みをチビッ子たちへ見せつけてやる。
「抱っこ」
三歳のさくはまだ甘えん坊だ。
「それよりも、もっと凄い事をしてやろうじゃないか」
「何をするの~?」
「両手でこの親指にしっかりつかまって」
俺はさくを指で持ち上げると、凄い興奮して喜ぶ。
「私も私も~」
姉の花子まではしゃぎだす。
「ああ、いいよ」
「私、二十キロあるよ~」
「全然大丈夫だよ」
「お兄ちゃん、体重どのぐらい?」
最近計っていないが、総合格闘技に出た時が百四キロぐらいだったから、今は九十キロぐらいかな?
「君の五人分ぐらいだ」
「千キロ?」
「それじゃ一トンだろ。百キロだ」
まあ子供相手だから、このぐらいのアバウトさはいいだろう
「すげー」
「小学校六年生までは大丈夫だよ。じゃあ、しっかりつかまってな」
こうして一気に子供たちの市民権を得た俺は、執筆を中断し、子供の相手に没頭する。
「高い高いして」
「ああ、いいよ」
「もっともっと」
結局百回以上、天井に頭がギリギリぐらいまで高く何度も持ち上げる。
子供にとっては滅多にない貴重な体験。
延々とねだってくる。
これだけの回数をこなすと、さすがに結構いい運動になった。
「おじさん、汗掻いてる」
「おじさんじゃない、お兄さんだろ」
「お兄さん、汗掻いてる、チュッ」
そう言いながら三歳のさくは、俺の頬にキスをしてきた。
ずいぶんとませた子だ……。
「お兄さん、汗掻いてるから、お水持ってきた」
花子はきっと優しい女性になるだろう。
「おお、ありがとう。じゃあ、このお水を一気に飲んであげるね」
「ほんと?」
俺はグラスに入った水を一気で飲み干す。
「また持ってきた」
「さっきより並々じゃん」
「またやって」
「ああ、いいよ」
こんな調子で水を五杯一気飲みさせられる。
「ねえ、おっぱい」
さくが抱きついてくる。
「俺は男だからおっぱいなんてないよ」
「抱っこ」
「はいはい」
「私も~」
花子も抱きついてきた。
「はいはい」
こうして二人を片手ずつに抱いて、二時間ぐらい近所を散歩する。
「いてっ……。コラ、おっぱいなんか出ないから服の上から乳首噛むな」
「おっぱい」
「ママにもらえ」
「逆さにして」
「ああ、いいよ」
抱っこの体勢から上に持ち上げ、肩に乗せ、両足をつかんで逆さ吊りの体勢にした。
子供って、こんな事で凄い喜ぶんだなと感心する。
「もっと、おじさん」
「お兄さんだろ? ちゃんと言わないとしてやらないぞ」
「もっとお兄さん」
「おう」
その光景を見ていた叔母さんのピーちゃんが口を開く。
「おまえは子供に甘いだけ。だから駄目なんだ」
「何で子供と遊んでいるだけで、そんな風に言われなきゃいけねえんだ」
「おまえはいつも、物で子供を釣っている。だから駄目なんだ」
「別にたまになんだからいいじゃねえか」
従兄弟の理恵子は、俺とピーちゃんのやり取りを聞いて大爆笑している。
おまえも少しは、俺のフォローをしろ……。
時計を見ると、結構いい時間になっていた。
結局、今日はほとんど執筆できなかったなあ。
子供の面倒を見るのは大好きだけど、子育てって本当に自分を犠牲にしなきゃできないのだろう。
俺はたまにだから、いくらだって子供が喜ぶ事をしてやれるけど、母親なんて毎日だもんな。
ジッと落ち着いてするような事なんて、幼い子供がいたら何もできないだろう。
トイレだって簡単に行けないだろうし、料理を作るのだって、気を使うようだ。
たまに家に来る従兄弟の理恵子。
ノイローゼにならないよう、こうやってたまに顔を出しているのかもしれないなあ。
本など読む暇がない、理恵子はそう言った。
読みたくても、そんな時間すら取れないのだろう。
本当に子育てって大変だ。
俺たち三兄弟を捨てて出て行ったお袋。
嫁にこの家へ来て、おじいちゃんやおばあちゃんとうまくコミュニケーションを築けなかった。
叔母さんのピーちゃんもこの性格だ。
うまく溶け込めるはずもない。
まして親父は当時子育てに協力もせず、毎日遊び回る。
居場所が無かったんじゃないだろうか?
三人の幼き子供を抱えて……。
逃げ場のない感情は、やがて長男だった俺に向く。
幼い俺を虐待する事でしか、自我を保てる心境ではなかったんじゃないだろうか?
馬鹿だな、俺は……。
自分を傷つけた相手を何故こう思いやっているのだろう?
今さらお袋との仲が、どうのこうのではない。
物書きとしてあの当時のお袋の心境すらも理解する。
多分この感覚は俺だけのものだ。
憎しみからは何も生まれない。
何度その言葉をあの作品に書いた?
もう親子ではない。
でも、この世に俺を産み、途中までは育てた一人の女性の心理を理解しても、罰は当たらないだろう。
今度西武台高校時代の同級生の小谷野と会う。
まだ独身だが、結婚を考えている女性がいると言っていた。
従妹の理恵子の日々の生活の大変さを少しだけでも分かった俺。
結婚した男性で偉そうな知り合いには一言伝えよう。
よく「俺は仕事をしているんだからさ」とか偉そうに言う人多いけど、主婦の大変さを理解してあげなと。
多分、ちゃんと自分の睡眠時間すらゆっくり寝れていないはずだから。
「智ちゃんさ、保父さんになればいいのに」
理恵子が話し掛けてくる。
「うーん、いいかもね……」
「絶対やったほうがいいよ」
「今の作品が完成したら考えてみるよ」
今の俺には最優先事項である『鬼畜道 ~天使の羽を持つ子~』の執筆がある。
「そんなに子供が好きなら、早く結婚すればいいのに」
子供に囲まれた生活か……。
幸せだな、それはそれで……。
いや、幸せだろうけど、先ほどのさくや花子を思い出せ。
絶対に小説なんて書ける環境ではなくなる。
「嫌だ。小説を書けなくなる。それに俺は、業が深い。まだすべきじゃない」
珍しく叔母さんのピーちゃんが、理恵子たちのご飯を出すついでに俺の分まで作ってくれた。
あれだけ気性の荒いピーちゃんも、理恵子という存在のお陰で少しは世間体というものを意識しているのだろう。
さくが俺の腿の上にちょこんと乗ってくる。
「あ、さくズルいー!」
花子が弟を睨む。
どうやらこの子たちに相当気に入られたようだ。
悪い気はしない。
ご飯を食べる時も、俺の両膝に乗りながらさくは甘えている。
でも三歳児だからちょっとしか食べない。
結局この残飯が俺の夕食になった。
子供って本当に可愛い。
また一緒に遊びたいなあ……。
でも、親って毎日これをだもんな。
こうして執筆だけをしていられる俺って、本当に幸せなんだなと痛感した。
子育てしているお母さん方、そして子育てが終わっているお母さんも、本当にいつもお疲れ様という気持ちをこれからは持とう。
もし俺がまた本出して印税ドカッと入り、優雅な暮らしをできるようになった時、チビッ子のゴマシオたちを気軽に預けられる施設『ゴマシオランド』を作りたいなあ……。
俺は寄ってくるゴマシオたちの頭を撫でながら執筆作業。
施設内にはちょっとした商店街集めて、子供を預けたお母さん方はそこで買い物や用事を済ませられるようにする。
金銭的に苦しい家庭は、そのゴマシオランド内の施設で働けるようにもしてあげる。
儲けはほとんど度外視。
俺が小説書いて稼げばいいんだから。
本当にそうなったらどれだけ嬉しいだろう。
ならば俺は、作品をとにかく書き続けなきゃ。
今は亡き、ジャンボ鶴田師匠に三沢光晴さん…、俺の生き方、これで間違ってないですよね?
もう俺も三十八歳なんですよ。
リングの上からじゃ、子供たちに夢なんて見せられません。
書く事で、人に伝える。
全日本プロレス時代の誇りを持ち続けながらね。
総合格闘技、チャレンジして負けちゃって、すみませんでした、鶴田師匠。
昨日はチビッ子の無邪気さと子育ての大変さが分かった一日だった。
執筆だけを繰り返す俺にとって、いい刺激をもらえた。
まだまだ書き続けなきゃ……。
全身全霊を掛けて書いていると、下から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「引き籠もってないで、運動不足の然を連れて運動してこい!」
叔母さんのピーちゃんが怒鳴るように言ってくる。
「……」
おいおい、そんな言い方はないじゃないか、セニョリータ……。
そんな訳で俺は、弟だった子供の一歳半ぐらいになる甥っ子の然を連れ、外の空気を吸いに行く。
昨日に続き、これすらも時流の流れなんだろう。
一時は「然に近付くな」と言われていたぐらいだからな。
ちょうどタイミング良く、四十箱買い置きしてあったセブンスターも無くなった。
近所にある二十四時間営業スーパーの『マルエツ』に行くと、俺の嫌いな納豆に興味を示す然。
おいおい、それは腐っちゃった食べ物だぞ。
そんなものに興味を示すなよ。
男なら肉に興味を示せ……。
もうこんな感じで店内をちょこちょこと動き回る然。
昨日のさくと花子の二人に比べたら、一人だけなんで楽に感じる。
バナナジュースを買ってやると従順になる然。
昨日ピーちゃんに「おまえは物をすぐ買い与えるから駄目なんだ」という台詞が頭の中で木霊する。
まあいいだろ、このくらい。
ゆっくり歩きながら近くの熊野神社へ。
銭洗弁天に興味を示す然。
おい、然君よ…、これってここ数年いきなりできたものでご利益なんてまったく無いんだぜ?
俺が子供の頃は、この裏にポルノ映画を流す日活映画館があったんだぞ。
そんな思惑などお構いなしに、然はお金を投げたいらしく、無職の俺からたくさんの小銭を奪っていく。
おいおい、五百円玉をそんなところへ投げるのはやめてくれよ、ミスター……。
ふと道端に座り込み、石をいじる然。
何にでも興味を示す年頃。
石を口に入れないよう俺は見守る。
熊野神社に収納された我が連雀町の山車の前で座らせてみた。
然は家で太鼓を叩くの大好きなんだよな。
まだ一歳半じゃ山車って言っても分からないか。
俺は然を抱きかかえ、中央通りへ出る。
幼少の頃の遊び場だった連繋寺に入り、地面へ降ろすとヨタヨタと勝手に歩き出した。
然、おまえがいる左側には昔ピープルランドってちょっとしたゲームセンターや本物の猿が運転する汽車があったんだぞ。
お堂の方へ真っ直ぐ歩く然。
おびんずる様の像を不思議そうな表情で眺める然。
この人はお釈迦様…、ゴータマシッタルダの弟子でインドの各地を回って人々を救うよう命じられたんだぞ?
説明しても分からないよな……。
触ると怪我が治り、頭が良くなると言われているので、然を抱っこしたまま触らせた。
『名代焼き松山』さんの醤油味の焼きだんごの匂いに惹かれ、テクテク歩く。
ここの団子は美味いぞ。
然を抱きかかえたまま、松山さんが団子を焼くところを見せる。
醤油の焼ける香ばしい匂いが辺りに充満した。
二本の団子を購入。
早速食べようと手を伸ばす然。
おい、持つ方向が逆だよ……。
俺が食べる為に買ったのに、おまえも食べたいのか。
半分になった団子を仕方なく食べさせる。
境内にいた猫に興味を示す然。
人慣れしている猫は、子供が近付いてきても逃げない。
しつこい触る然に嫌気をさしたのか、ゆっくり移動する猫。
然はどこまでも追い掛ける。
終いには猫が威嚇して爪で引っ搔こうとしたので、慌てて引き離す。
向こうでちょっとした人だかりが見える。
境内の入口付近では操り人形師が芸をしていた。
然を両腕で抱えながら眺めるも、一分ももたずに飽きたようで暴れ出す。
その横、元同級生の河野隆二の親が経営していたピープルランド跡地では、何故かアルパカがいる。
何かの催し物だったのか、今日は特別な日のようだ。
ガチャガチャのような機械に『アルパカの餌』と書いてあるので、金を入れて回してみる。
百円かと思ったら、五百円もしやがるのか……。
チッ、足元見やがって。
無職の俺に五百円は痛いが、まあ然にとっていい記念になるだろう。
今や連繋寺の太麺焼きそばとして有名になった手島さんの『まこと屋』さん。
こちらは連繋寺での出店。
昼飯食ってないし、腹減ったなあ。
一人前注文し、然を抱きかかえたまま作るところを眺める。
焦げたソースのいい匂いが漂う。
それも飽きたのか暴れ出したので、番号札を持たせ歩かせた。
然が興奮して転んだところを慌てて近寄り、自動販売機で水を購入。
落ち着きがないので、お水を飲ませた。
ちょうどその時「相席いいでしょうか?」と元モーニング娘『後藤真紀』ばりに可愛い子がお母さんらしき人と目の前に座る。
自然に目と目が合う。
ひょっとして、これは運命の出会いかも……。
「お仕事、何をしているんですか?」
「いや~、小説を書いていましてねえ……」
「え、作家さんなんですか?」
そんな都合のいいやり取りを想像した。
俺も男だから。
焼きそばが縁でいつの間にかデートを重ねるようになり、気付けばいつも君が横にいた。
俺と君の子なら、きっと『然』よりも可愛い子を産めるさ。
そうだろ?
妄想を巡らせていると「可愛いお子さんですね~」と声を掛けられる。
「あ、はあ……」
そうだよな、この風景を見たら独身だと言っても信じてくれないだろう。
現実は非常なもの。
諸行無常の響きあり。
焼きそばが出来上がる。
然は僕の物とでも思っているような目線。
でも、これは俺の昼飯だ。
然、あなたはさっきたくさん食べたでしょ?
あ~、そんな事をしている間に、後藤真紀似の親子が食べ終わり帰ってしまう。
然、こんな俺を慰めてくれるのかい?
俺の考えなど知らず、然は焼きそばへ手を伸ばしてきた。
俺のご飯だって言ったじゃんか。
まあいい、一緒に食べるか。
はい、お手てを洗いましょうね。
あなた、青海苔とかソースで、何気に凄いですよ……。
横断歩道を渡り、目の前にある川越水族館へ勝手に然が入ってしまう。
おいおい…、いくら後輩のター坊の店だからって、おまえ……。
水槽に手を入れようとするのを慌てて止める。
ピラニアだってここはいるんだぞ?
何にでも興味を示す然。
うさぎのピョン吉の存在を不思議そうに眺める。
うさぎは猫以上に何も考えない。
ちょこまか動くピョン吉のあとを追い駆ける然。
「然! 危ないよ、そんなに動き回ると……」
調子に乗ってピョンピョンとジャンプしていた然は、自分から壁に頭をぶつけ、泣き出した。
ほら、言わんこっちゃない……。
抱きかかえながらター坊のお袋さんへ挨拶をして家へ戻る。
帰り際、気付けば俺の腕の中で眠る然。
いや~、子供って可愛いなあ……。
部屋へ戻ると『鬼畜道 最終章』を仕上げた。
これはいつ俺が亡くなってもいいように…、現時点で書ける最後の場面だけを抜粋して執筆したものだ。
この先普通に生きていたら、人間には寿命というものがある。
順番でいえば、まずおじいちゃん。
次に親父で、それから俺。
おじいちゃんが寿命で亡くなるなんて想像したくないが、生きていれば必然とその時は訪れるのだ。
しほさんからメールが来ていた。
しほちゃん
> そんな事を考えていたら、この先の自分の未来が見えてしまいました。
おそらくとても悲しく辛い出来事になるんでしょうね。
でも、俺はそこで初めて『鬼畜道』の最後の部分はこうなるのかって感じました。
そう思うと、泣きそうになりましたが、道端だったので懸命に我慢しました 。
鬼畜道の最後がどうなるのか、すごく楽しみです。
私はハッピーエンドがいいんだけどなあ。
> 周りに迷惑を掛けなければ好きにやっていればと思いますが、去年、凄い面倒な件に巻き込まれたんですよね
これも作品に書くようになるんだろうなって気楽に考えています
その辺のエピソードも楽しみにしてます!
人の恋話って面白いですよねー。
私もあんなことあったなーとか思い出したりして。
> まるで『鬼畜道』の中で神威が秋奈を口説いているのと同じじゃないですか
しほ師匠はあれを読んで、男心を知っといて下さい
そうですねー。
私は男心を知りつつ、弄んでたかもしれません。
私のこと世界で一番好きなんだろうなって思いながら「一生男として好きになることないよ?」って
言ってたんだもの。
目の前で何度男の人に泣かれた事か。
どんなに愛されても好きになれないので。
恋は難しいですね。
私がもっといっぱいいて誰でも愛せる人だったら、良かったのになーなんて思って
ました。
多分一度でも抱けてたら、みんなそれほど深く執着しなかったんだろうなあ。
男の人って抱くまでが、一番恋してますよね。
あ、もう結婚してるからあまり意味無いですね。
> でも、男の子のお子さんだし、何かの時には役に立つかも
もうすっかり感覚がお母さんなんですよね。
愛も恋もお腹いっぱいなので。
余生は旦那と仲良くのんびり孫の面倒見て過ごしたいですね~。
息子のお嫁さんとか、今からすっごく楽しみなんですよ。
可愛い顔の子と結婚しないと、ブサイクな子どもが生まれるから気をつけて!なんて言ってるんですよ 。
> 何かこうやってしほさんの話を聞いていると、もっと早く会っとけば良かったなあって思う自分がいるんです。
だから写真は見たいけど、見ません。
師匠以上読者未満の関係でいたいと思います。
いや、今出会ったからいいんでしょうね~。
多分私が色恋の対象にならないから、私が言う事に共感するんじゃないでしょうか。
まったく利益とか関心を引く為じゃなくて、ただ作品を読んで素直な感想が聞けた事に
感動したんだと思うんですよ。
他人の奥さんでも、すっごい美人とかだったら恋愛対象になるものですか?
私はよその旦那がものすごくハンサムだったとしても、まったく興味ないんですけど。
昔から彼女のいる人とか奥さんのいる人が、他に目を向けただけでも嫌悪感感じます。
その時点でそんな人、嫌。
トモさんも人妻が旦那も子供もいるのに他の人に色目使うなんて一番嫌でしょう?
三村さんみたいですもんね!
一生一人の人だけを愛する人生のほうが、きっと幸せ。
私はいつまでもトモさんの純粋なファンなので、安心してくださいね~。
> 俺の顔は今風じゃないらしく、一昔前に流行った顔らしいですよ。
誰かに言われました。
最近の人は、女の子みたいに線が細いですよねー。
私はあのなよなよした感じは、嫌いなんだけど。
でも実際トモさんが近くを通ったとしたら、避けて歩くでしょうね!
うっかりぶつかると怪我しそう。
繁華街歩くと道が割れませんか?
> 戦いには男しか分からないロマンが詰まっているんです。
特に全盛期の三沢さんや小橋さんの試合なんて俺、見て泣けましたからね。
あのジャイアント馬場社長も三沢さんの試合を見て、放送席から泣いてしまった事があるんです。
いい人たちの背中を見られたってだけで、俺の人生も捨てたもんじゃないなって思います 。
そうですね!
プロレスファンの人たちはいっぱいいるけど、実際レスラーになるのも、本当に一握りですものね。
昔は俺も人妻でも何でも気に入れば、口説き周りを気にせず抱いていた。
それこそしほさんが嫌悪感を覚える人間だろう。
文学の勉強をあれだけしたと言っているのに、嫌悪感を感じると表現している。
まあメールの内容だから書き急いだけなのだろうけど、これだけの人だってこのようなケアレスミスはする。
彼女とのやり取りは、間違いなく俺自身の成長、そして執筆意欲に繋がっていた。
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