岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

著書:新宿クレッシェンド

自身の頭で考えず、何となく流れに沿って楽な方を選択すると、地獄を見ます

闇 118(二度目の総合格闘技復帰戦編)

2024年11月26日 04時59分38秒 | 闇シリーズ

2024/11/

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ぼだい樹の階段を上がる。

明日試合だというのに俺は何をやっているのだろう?

賑やかな店内の中、ゴリはうまそうにビールを飲んでいる。

俺はというと、烏龍茶をチビリチビリ飲んでいた。

彼の言い分を簡単にまとめると、彼氏彼女と言い合う仲になったのに、一向に進まない展開にじれったさを感じ、今日結菜への怒りが爆発した訳だ。

すると、結菜はじゃあ終わりにしましょうと関係を切ろうとする。

未練タラタラのゴリは、俺に泣きついてきたという感じである。

俺はこの店の串焼きを注文し、ゴリの話を聞いていた。

食べ物が運ばれてくる中、奈美が声を掛けてくる。

「岩上さん、明日試合なんでしょ? こんな時間に飲んでいて大丈夫なの?」

「大丈夫じゃないけどさ…。それに飲んでいないし。いやね、こいつが話があるってしつこくてさ」

「あらあら、大変ね~。でももうちょっと自分の事を考えたほうがいいよ?」

「まあそうなんだけどね……」

奈美と話し込んでいる内に、ゴリは置いてある串焼き十本を一人で全部食べてしまっていた。

普通なら半分は、俺の分を残しておくだろうが……。

「おい、ゴリさ。おまえ、ふざけんなよ? 普通、残しておくだろ?」

「何だよ、いちいち細かい奴だなー。また注文すればいいじゃんかよ」

「ねえねえ、奈美ちゃん。こいつさ。絶対に言っている事おかしいでしょ?」

俺はそばに立って会話を聞いていた奈美に助け舟を求めた。

「いや、こいつが細かいだけなんだよ。そう思うでしょ?」

ゴリも奈美に自分の無茶苦茶な理論を言い出した。

奈美は、ゴリの顔をジーっと見ながら、「KY」とだけ言い、その場から去っていった。

「何だよ、KYって? ひょっとして俺が空気読めないとでも言いたいのかよ?」

去っていく奈美の後ろ姿に向かって怒りだすゴリ。

「おい、ゴリ。おまえ、俺に話が合って来てんだろ? 早く言いたい事を全部言えよ」

「ん…、ああ……。まず、俺の為に店を辞めたいって行ったでしょ」

「違う。その前に何で彼氏彼女って言い合うようになったの?」

「ああ、俺が結菜に『俺はつき合っていると思っている』って言ったんだよ。前にね。そしたら結菜も「うん」って言ったから、彼氏彼女なんだよ」

「……。あ、そう……。で?」

凄い自己都合理論だな。

「で、俺の為に今の店を辞めるって言い出した訳。あいつ、就職活動で内定も決まったみたいだしね」

「ふ~ん、それから?」

おまえの為に女子大生が飲み屋のアルバイトを辞める訳ねえだろ。

「で、店を辞めるに当たって、オーナーが続けろとうるさいから行かなくなるでしょ? それで罰金は発生するわ、他の客から連絡は凄いわで嫌になっちゃったんだよ」

「まあ、それはそうなるよな」

「それで、新しく俺にだけメールアドレスを教えてくれた訳」

「ちょっと待って。じゃあ、前の携帯アドレスは使えなくなっているの?」

「いや、今は二つあるって感じかな」

「それって携帯を新しく買うじゃなく、すでに二台持っているって事でしょ? おかしくない? それでゴリに金を貸してほしいってさ」

「……」

ゴリはしばらく黙ったまま、考え込んでいるみたいだった。

「だろ?」

「ん…、ああ……」

「それで金を貸した訳だ? いくら貸した?」

「え、二万円……」

「メールには一万か、一万五千って書いてあったじゃん」

「まあ、その…。色々と大変だろうと思ってさ……」

そんな金あるなら、今まで俺がご馳走してきた分を少しはこちらに返せと言いたくなった。

整体の料金までいつも値切りやがって……。

「まあいいや。で、何で喧嘩になったの?」

「今年になって会ったのが、その金を貸した時だけなんだよ」

「そうなんだ」

「しかも金を貸した時、会っていた時間が一分ぐらい……」

「ふんふん。それで文句を言った訳だ?」

「ああ、つき合っているのに、何でいつも時間作れないんだってね。それに新しいメールアドレスは聞いたけど、電話番号を教えてくれないんだよ。まだ新しく契約したから、よく操作が分からないとか言ってさ……」

「ゴリの話を統括するとさ、結菜は携帯を初めから二台持っている事になるよね。操作が分からないって、そんなもんは向こうがゴリに一回電話掛ければ済む事でしょ?」

「あ、そうだね。チクショウ、あの野郎……」

「この場合、女だからあの野郎という表現は適切じゃないね」

「いいんだよ。そんな細かい事は」

「で、どうしたいの? もう終わりにさせる?」

「ああ、いい加減こんなんじゃ、嫌になってきたからな」

三年越しの想いも実らなかったゴリ。

冷静に考えれば、ひと回り下の女がゴリなどになびく訳がないというのをもっと早く知るべきだったと思うが、これもまた一つの勉強だろう。

人生何事も経験である。

「じゃあ、今すぐメールしちゃえよ。それで自分の思っている事をすべてぶちまければいいんじゃない。理不尽なのは向こうだし」

「ああ、そうだな」

ようやくその気になりつつあるゴリ。

毎回都合いい時だけ、俺の元に来られても困る。

ここいらで、息の根を止めておいたほうが懸命だろう。

ゴリは鼻息を荒くしながら、真剣にメールを打っていた。

「おい、打ち終わったけど送るの、これでいいかな?」

「どれどれ……」

俺はゴリの打ったメールを見てみる。

『俺は結菜にとって、都合のいい時だけ利用される存在だったって訳だ。彼氏だといくら言葉で言われても、内容がまったく伴っていない。だから電話番号一つにしても、教えられないんだろうし、こっちがおかしいだろって詰め寄った事にはすぐ逆切れする訳だ。いい加減、俺もうんざりしているよ。 岩崎努』

ゴリにしてはなかなか確信をついたいいメールである。

「どうだ?」

「いいんじゃない。でも、もう終わりにするんでしょ? だったら最後に『年上を舐めんじゃねえよ』ぐらい書いてやったら?」

「それもそうだな」

ゴリはまた携帯をいじりだした。

『あんまり年上を舐めないほうがいい。自分のした事はいずれ自分に返ってくるものだからね。 岩崎努』

得意満面な表情で補足した部分を見せてくるゴリ。

こんな事で得意げになれる彼を見て、とても哀れに思った。

「いいじゃない! よし、ゴリ。送っちゃえ」

試合前の大事な時間をゴリに邪魔されたというのもあり、俺は非常に意地悪くなっていた。

彼は目を閉じながら、送信ボタンを押した。

「あー、送っちゃったよ……」

何故か寂しそうなゴリ。

この三年間の事を思い出しているのだろう。

以前なら少しは同情した。

しかし、彼は自分本位過ぎた。

俺が試合前日だというのに何の配慮もないのである。

しかも試合には来ないと堂々と抜かす始末。

この手で地獄へ落としてやりたかった。

「はあ……」

「何を溜息なんてついているんだよ?」

「いや、今回は頑張ったのになあと思ってさ」

「だから前に俺はやめておけって忠告したじゃん」

「ああ、確かに言ったけどさ。結局決めるのは俺だから」

じゃあ、試合前の俺をこんなくだらない事に引き込むなと言いたい。

ゴリが三杯目のビールを飲み干した時、結菜からのメールが届く。

真剣に携帯を見つめるゴリ。

少し手先が震えている。

「見てみろよ、これだよ」

「どれどれ……」

今、俺は楽しくてしょうがない。

『別に私は馬鹿になんかしてないじゃん。もうこうなったら終わりだよね。今までありがとう。 結菜』

トドメを刺しに来た、あの女。

ゴリはまだ納得のいかない表情をしていた。

「ちょっとわりー、携帯返して」

そう言うと、彼は再びメールを打ち出した。

俺が何を話し掛けても、ゴリは無視して打っている。

俺はこのプチ修羅場を見て楽しんだ。

少ししてゴリの携帯が鳴る。

今、結菜とメールで討論をしているのだろう。

「おい、これ見てみろよ」

「今度は何を書いてきたんだ?」

素敵な展開に胸がワクワクする。

『酔っている訳? もういいとか何回も言ってきたし、私はそのつもり。じゃあね。 結菜』

心の中では「モケケケ……」と大笑いしたい自分がいた。

「まったくふざけやがってよ」

ゴリがまたムキになって打ち返そうとしたので、俺はとめた。

ある秘策を思いついたのである。

「まあ待てよ、ゴリ」

極めて冷静に俺は言った。

「ん、何だよ?」

「こんな相手に合わせて言っててもさ、堂々巡りなだけだぜ?」

「じゃあどうすんだよ?」

「どうせ終わりにするなら、結菜をギャフンって言わせたくないか?」

「そりゃあ、そんな事できるなら言わせたいねえ。でも、どうするんだよ?」

「おまえの携帯を俺に貸しな。俺が代わりにメールを打ってやるよ」

「ふざけんじゃねえよ。俺の問題だろ?」

自分のどうでもいい問題をこんな時に持ってきたのはどいつだ。

俺はそう言いたいのを我慢しながら、笑顔で口を開く。

「おまえのそのプライドと、結菜をギャフンって言わせるのってさ。どっちが大切な訳?」

「そ、それはあいつをギャフンと言わせたいよ」

「だから俺がメールを打つんだろ? 俺が打つから、おまえはそれを見て納得したら送信すればいいだけじゃん」

「そ、それもそうだな。相変わらず敵に回ると嫌な奴だな」

「ふん、何とでも言いな。とりあえず携帯貸しな」

「ああ……」

さて、結菜をどう料理しようか?

一つ分かっっている事、向こうはゴリを完全に舐めているという事実である。

実際にゴリから金まで借りているのに強気な態度は、そうとしか思えない。

俺はニヤニヤしながらメールを打ち出した。

『よくあなたの考えが分かりました。一つ伝えておきますが、私は伊達にあなたよりも、無駄にひと回り以上年を重ねていません。知り合いにそっち系で強い人間も当然います。現在、このメールはその知人と相談しながら打っています。あなたのした行為は完全な詐欺行為に値します。然るべき処置を取っていますので、ご了承のほどをよろしくお願いします。 岩崎努』

我ながら素晴らしいメールを打てたと思った。

こんなのが送られたら、結菜の奴、相当ビビるだろう。

今までゴリを軽くみていたのだから。

「どうよ? 見てみ」

ゴリはまじまじと俺の打ったメールを見た。

「これ、ヤバくねえ?」

「だからいいんだよ。こんなメールがさ、もしゴリに送られたらどうよ?」

「絶対に嫌だね」

「だろ? ギャフンってなるでしょ」

「相変わらず悪知恵はすごいな」

「うるせー。納得したら、とっとと送信しろよ」

「ん…、ああ……」

ゴリは、送信ボタンを押した。

時計を見ると、十二時を回っている。試合まで半日。

ぼだい樹の閉店時間でもあったので、俺たちはチェックへ向かった。

「ありがとうございます。お会計七千八百円になります」

ここは当然ゴリが出すものだろうと思っていると、彼は財布から三千四百円しか出さなかった。

もしかして自分だけガバガバ酒を飲み、好きなだけ食べておいて割り勘と言うつもりなのだろうか? 

俺は烏龍茶、二杯しか飲んでいないというのに……。

ゴリは何も言わず自分の分をカウンターへ置くと、外へ向かって歩き出した。

何て信じられない事を普通にする奴なんだ。

今さらながら彼に対し、呆れてしまう自分がいた。

「はぁ……」

俺は仕方なく残りの代金を出し、店をあとにした。

いい感じで酔っているゴリは、「わりーけど、もう一件つき合ってくれ」と言いながら、近くの居酒屋へ入っていく。

この男、完全に俺が明日というか今日、試合だというのを忘れてやがる。

このまま帰ってもいいが、結菜の今後の行動も知りたかった。

あれだけのメールを打ったのだ。さすがに今度はどう出るのか気になる。

好奇心に勝てない。

席に座り、今度は俺も酒を注文した。

ここまできて烏龍茶だけじゃ嫌だったのである。

「今頃焦ってんだろうな」

「ああ、今まであんな感じのメールを送った事ないから考えてるだろう」

ゴリはまるで自分があのメールを打った気でいる。

乾杯をして一口飲んだ時、結菜からメールが届いた。

『ねえ、急にどうしたの? 今、岩崎さん、暇? 良かったらこれから会って話せないかな? 結菜』

俺とゴリは、同時に吹き出してしまう。

結菜がどれだけ恐怖を感じているのかが、手に取るように分かる。

「岩上、どう返事したらいい?」

「馬鹿だね。こういう時は、何もしないの。一番不気味だろ? 返事が何も返ってこないってさ」

「なるほど」

ゴリにしてみれば、この三年間で初めて結菜より優位に立った瞬間なのだ。

「どうよ、今の気分は?」

「何だかすげースッとしているね」

「だろ?」

「ああ」

その時、ゴリの携帯が鳴る。

「誰?」

「いや、分からない…。知らない番号だ」

「じゃあ、結菜しかいないだろう。このタイミングで掛けてくるのは」

「だろうな。俺、どうすればいい?」

「まず、向こうが会おうって言うだろうから、今日じゃない日にちを決めて、結菜の言い分は一切聞かない事だな」

「ああ、とりあえず出るわ。あ、もしもし…。誰? え、結菜?」

少しゴリの喋りはワザとらしく感じたが、今の結菜にそこまで余裕はないだろう。

「え、これから? 無理だよ。今度会う日にちを決めようよ。いつなら都合いいの?え、十六日? う~ん、分かった。じゃあその日は何時にする? 夕方の六時? ああ、いいよ。え? 何? 別に言い訳なんてしなくていいよ。俺は会う日にちさえ決めればそれでいいから。え、何よ? だから、十六日の六時でしょ? それだけで今はいいよ。じゃあね」

ゴリは余裕の笑みを浮かべながら、電話を強引に切る。こんな男らしいゴリを俺は初めて見た。

「なかなかいいね。どうよ、優位に立った気分は?」

「最高だね。結菜の焦っている様子が手に取るように分かる」

「会ったら、どうせ最後になる訳だしさ。キスぐらいしちゃえば?」

「う~ん、それはまた会った時にでも考えるよ」

「だって一回もしてないんでしょ? したくないの?」

「そりゃあしたいけどさ。でもそういうのってお互いの気持ちあってだろ?」

こんな目に遭わされているのに、どこまでもおめでたいゴリ。

飲み屋の女から見れば、カモがネギを背負ってくるようなものだ。

しばらくして、ゴリの携帯がまた鳴る。

「おいおい、結菜から連続で電話なんて、今までないぜ」

とてもゴリは楽しそうだ。

三年間あの女を追い駆け続け、そんな事で喜べるゴリ。

「出てやれば?」

「そうだな」

ニヤリと笑うゴリ。

非常にその顔は醜かった。

「あ、もしもし。何? え? 今から? 無理だよ? 酒飲んじゃったから車なんて運転できないしね。明日会えるかって? それならさ、十四日の祭日あるじゃん。明日ね。うん。その日さ、岩上って覚えているだろ? あいつさ、本を出して、総合格闘技の試合にも出る訳。久しぶりの復帰だけどね。それを一緒に応援行こうよ? え? 何で? 行かない? あいつの復帰戦だよ? え、あの人は苦手? 何で? 俺の友達じゃん。そう、じゃ分かったよ。じゃあ、十六日でいいね。はい……」

この男は、俺の試合に仕事で来られないと言っていたのに、何故結菜をいきなり誘っているのだろうか?

こうしてつき合っている俺に、少しでも感謝をしているのかもしれないな。

それにしても、結菜の返答が笑えた。

俺の事を苦手とか言っていたらしいが、俺にキスをしたなんて、口が裂けてもゴリには言えないだろう。

「二回も電話なんて、向こうは相当焦っているな」

「ゴリさ、そんな事よりも俺の試合一緒にって誘ってたけどさ。もし、結菜が行くって言ったらどうするつもりだったんだよ? 仕事なんでしょ?」

「ああ、そしたら仕事なんか休むよ」

こいつ、あれだけ仕事だからと抜かしていたくせに……。

「じゃあ試合のチケットは、ゴリの分一枚だけでいいの?」

「いや、仕事だから試合には行けないよ」

「……」

結菜となら仕事を休んでくるが、一人だと来られないとでも言うのだろうか……。

「さーて、明日はゆっくり休んで仕事に備えるか」

どこまでもマイペースで、自分勝手なゴリ。

さすがに今回だけは本当に呆れた。

「俺、帰るわ」

「どうしたんだよ、急に?」

「あのさ、俺、明日試合なんだよ?」

「ああ、わりーと思っているよ」

「だから帰るわ」

「じゃあ、俺も……」

「いいよ。ゆっくり飲んでいればいいじゃん。これまでの会計は俺が出しておくよ」

俺はそう言って、レジへ向かった。

あんな大馬鹿を相手にした自分が馬鹿だった。

帰り道、やるせない気持ちでいっぱいだった。

帰ってゆっくり寝よう……。

家に帰り、熱いシャワーを浴びる。

時間は朝方の五時になっていた。

すぐ横になり目を閉じると、携帯が鳴る。

ゴリからのメールだった。

『俺はこんなどうしょうもない奴だけどよ。これからも友達として、よろしく頼むわ。 岩崎努』

俺はこのメールを削除すると、返事も返さず寝る事にした。

寝る間際に、もう一度ゴリからのメールが届く。

内容は、結菜から送られてきたメールの転送だった。

『あの時従兄弟の家にいたので、三時間掛けて川越に来ました。直接渡せなかったけど、お金は家のポストに入れておきました。俺は詐欺行為をしていない。だからお金はすぐ返そうと思い、返しました。またお店のほうも、私の罰金は働いた給料で大丈夫みたいです。きちんと話せなくてすみません。俺は受け取ってはならないものを受け取ってしまった。だからこのお金は遣っていません。ただ私の事を心配してくれた気持ちでの事だと思っていたから、甘えてしまった。でもやっぱり心配してくれたのはありがたいけど、こんな風になるくらいなら、最初から受け取らなければよかったと後悔しています。今回の事は、私も勉強になりました。心配してくれてありがとうございました。色々面倒見てくれてありがとう。それからもう一つ。私は、岩崎さんにとって相応しくない彼女だと思います。十六日に話し合う予定をしていましたが、合わせる顔がありません。会えません。いつも迷惑掛けてすみません。今までありがとうございました。岩崎さんのお母さんに、岩崎さんが私の事を言ってくれたんだよね?こんな彼女で申し訳ないと伝えて下さい。これからは幸せになって下さい。 結菜』

あれから結菜はビビッて、金をこっそり返しにきた訳だ。

平謝りにゴリの機嫌を取り、訴えられるのだけは勘弁してほしいと考えた上での行動である。

まさか後ろで俺が糸を引いていただなんて思いもよらないだろう。

ゴリにすれば、二度と結菜とは会えなくなっただけで、ちゃんと二万円も帰ってきた訳だ。

少しして携帯が鳴った。

ゴリからの電話だ。

時計を見ると、朝の五時半……。

「もしもし、何?」

「あ、さっきはご馳走さまね。あれから家に帰ったら、結菜からメールあってさ。ポスト見たら、金が二万封筒に包まれて入っていたよ」

「あっそう。悪いけど寝るよ」

「ああ、わりーね。明日、試合だっていうのに」

俺は返事もせず、電話を切った。

また電話が鳴る。

「しつこいな!」

画面を見ると、ゴリではなく古木英大だった。

「はい……」

今日俺、試合なのね……。

不機嫌そうに出る。

「あ、岩上さん、実は他の子にも岩上マジック使ったら、そっちも上手く行っちゃって、気付いたら二股状態で……」

何でこんな朝五時半に、そんなどうでもいい用件で電話を掛けてこれるの?

俺、これから試合があるんですけど……。

「あの子にもバレてしまい、どうしたらいいのか散々迷い、岩上さんだったら相談に……」

「二人共切りな」

「え、でも……」

「俺はあの時結婚を意識する女性だからって言うから、協力したのね。ここまでは分かる?」

「は、はい……」

「二股したのは自分でそう選択したからでしょ? バレて悩むくらいなら、両方切ったほうがいい」

「え、でも……」

「じゃあどっちか絶対に完全に手を切る事。両方は無理だよ」

「……。分かりました! 岩上さん今日の試合、そこへ自分が決めたほうの女性と応援に行きます!」

いや、何か格好つけて応援とか言っているけど、俺もう寝れないじゃん。

「はいはい」

電話を切る。

はい、今日の試合また徹夜決定……。

 

試合日、会場入りした俺は出版社の対応に唖然とする。

サイマリンガルの人間は会社が休みの日にも関わらず、誰一人応援にすら来ない。

本すらも送ってこない状況。

当然俺は怒り狂う。

総合格闘技DEEPの佐伯社長は俺の『新宿クレッシェンド』のサイン会も頭に入れていたようだ。

「どうなってんですか、岩上さん!」

そう言われても、こっちがどうなっているのか聞きたいぐらいだ。

出版社サイマリンガルから届いたのは、花束一つだけ。

今井貴子の奴、あんなメールを送っておき『新宿クレッシェンド』の宣伝について、何をしたと言うのだ?

ター坊は「智さん! 試合に集中しましょう」と必死に宥めた。

徐々に会場内に観客が集まる。

「岩上さん……」

振り向くと税理士の大野さんの姿が見えた。

俺はチケット売場へ向かい、「岩上ですけど、最前列の券は?」と尋ねると一枚の券を渡される。

番号を見ながら大野さんを案内するが、俺のコーナーサイドとは逆の離れた席だった。

何だよ、前から三列目。

全然最前列じゃねえじゃん……。

SFCG時代の上司佐久間の姿も見える。

何だ、応援に来るなら一言教えてくれればいい席取れたのに。

「あ、智一郎だ!」

岡部さんが、御子貝さんと竹花さんを連れて、こちらへやって来る。

大野さんに弁解する暇もなく、俺は四方八方走り回った。

弟の徹也が後輩連中を連れ会場入りする。

「おう、岩上! 今日は頑張れよな」

「あ、平野さん! 来てくれたんですね」

「これ、少ないけど取っといてくれ」

祝儀袋を受け取った。

金の無い俺にとってとてもありがたい。

こっそりトイレへ行き、中身を見ると五万も入っていた。

徹也が後輩を引き連れ話し掛けてくる。

俺は会場入りしてから、出版社サイマリンガルが何も協力態勢じゃない愚痴を言う。

徹也は「まあまあ、本を出してくれるだけでもありがたいと思わないと」と簡単に説得してきた。

そのあとも試合の作戦はこうしたほうがいい、出版社に対してもっと感謝が必要だと捲し立ててくる。

「もういいよ! 試合前なんだから、その手の話はもういい」

「いや兄貴ね、みんな兄貴の事を怖がるからちゃんと言いたい事言えないだけで、同じ血を分けた兄弟だからこそね……」

「ふざけんな! そんな簡単に言うなら、おまえがそうやった時にそう思えばいいだろうが!」

昨夜から会場入りしてから散々な目に何故遭う?

俺は怒っていた……。

徹夜で臨む最悪のコンディション。

試合前のひと騒動。

いや、ひと騒動どころでは無い。

ゴリ、古木、そして出版社……。

うんざりする。

「岩ヤン!」

飯野君におぎゃんが駆け寄ってくる。

そして親父の弟の修叔父さんの長男直隆まで。

「智ちゃん、智ちゃんの小説読んだよ! 試合頑張って!」

「直ちゃん、ありがとう」

熊倉瑞穂は二人の子供たちまで会場に連れて応援しに来た。

ゲーム屋時代の有路、そして裏ビデオの長谷川、斉藤の顔も見える。

セコンドに付くター坊が話し掛けてきた。

「智さん! セコンド二人まで大丈夫なんです。俺一人じゃなく、徹也さんも会場にいるから付いてもらいましょう」

「いや、止めろ。いらない。おまえだけでいい」

「智さん! 貴彦さんは来てないし、唯一の身内じゃないですか! 俺、徹也さんに話して来ますよ」

「おい……」

あの馬鹿…、勝手に行きやがった……。

坊主さんが顔を出す。

「智、俺はおまえの戦う姿をビデオカメラ持ってきたから、ちゃんと収めとくからな! しっかり頑張れ!」

「ありがとうございます、坊主さん!」

坊主さんと握手を交わし控え室へ。

ター坊が徹也を連れて現れる。

「いい、兄貴。相手がこう来たら、兄貴はこっちに動いて……」

「うるせぇよ! 戦うのは俺だ。テメーは黙っとけ!」

「智さん! 落ち着いて」

「おまえもこんなのセコンドに連れて来るなよ!」

試合前のグダグダ感は、徹夜の俺を余計イライラさせた。

「岩上選手、そろそろ出番です」

係員が呼びに来る。

俺は立ち上がり花道へ向かう。

ター坊、続いて弟の徹也もあとを付いて来る。

 

総合格闘技DEEP七年半ぶりの試合復帰戦。

まさか今回も徹夜で試合か。

本当呪われているよな。

俺が格闘技の方向へ行こうとすると、前世である雷電が袖を引っ張って邪魔をする。

群馬の先生の言った通りだ。

全日本プロレスの時は、小学時代の同級生である大沢。

一回目の総合格闘技の時は、現在戸籍上母親となってしまった加藤皐月。

そして今回の総合格闘技では、中学時代の同級生である岩崎努ことゴリ。

角川アニメ第一弾『幻魔大戦』。

キース・エマーソン作曲『地球を護る者』が鳴り響く。

しばらく曲を聞き、目を閉じる。

「智さん、そろそろ行かないと……」

「しゃ、行くぞ!」

テーマ曲に乗り、リングのエプロンサイドに立つ。

七年半ぶり……。

フォト

リングに立った瞬間、ああ俺って幸せだよなと実感した。

こうしてまた立っている、表舞台に……。

対戦相手が入場してくる。

待っている間も客は俺を見ている。

佇まいを意識して格好つけないとな。

リングアナウンサーが気を利かせ、「青コーナー……。新宿クレッシェンド、世界で一番泣きたい小説賞受賞、岩上ーーーー、智一郎ーーーっ!」とアナウンスする。

憎い事しやがって…、でも泣きたい小説賞じゃなく、泣きたい小説グランプリだ。

間違えやがって、この馬鹿。

そう思いながら俺は自然と両腕を上げていた。

向かいの観客席に座る古木英大と牧田順子を見つけた。

古木の奴、最初の子を選んだんだな。

観客へ向かって、四方向へお辞儀をした。

 

レフリーの注意を聞き、あとはゴングを待つばかり。

客に受けを狙おうと思った俺は、開始早々右腕を後ろに引き、腕を思い切り振り回す。

客は俺の無謀なラリアートを見て「おぉっ!」と驚きの声を上げた。

かわされるの分かっていいたけど、当たったら一撃で相手は終わるからね。

予備動作の多いパンチをテレフォンパンチと言うが、ラリアートなんて普通ならまず当たるはずがない。

レスラーは攻撃をよけず、それをあえて受けるからこそ、格好いいし、また客も盛り上がるのだ。
だから格闘家って嫌いなんだよな。

空気読まず、勝つ事だけに専念してつまらない事ばかりするから。
相手が殴り掛かってくるので、拳を掻い潜ると膝が目前に迫ってくる。

フォト
俺は咄嗟に胴タックルで押し込み、ロープ際まで持っていく。

膠着状態が続き、レフリーからは「アクション!」と勝手な声が掛かる。

馬鹿野郎。

アクションなんて簡単に言いやがってよ……。

一歩間違えたら一気に打撃が来るんだぞ?

俺は主催者に禁止された『打突』ではなく、『打突・改』の握りを作る。

狭い密着した空間で、右腕を横に繰り出し、加減して相手の右腿へ当てる。

一瞬ブレる相手。

軽くでこうだ。

本気でなど打ち込めやしない。
俺は両手を相手の背中に回し、ガッチリクラッチを組む。

強引に投げを打とうとするが、さすがに簡単にいかない。

フォト

相手の顔面に手を掛け、ロープ際へ持っていく。

そこから振り被って大振りのフック。

やっぱりかわされる。

当たれば一撃で終わるんだけどな。

お互いの距離が打ち合いの間合いに。

相手のパンチが当たる。

フォト

こいつ、俺がちゃんと殴らないからって殴ってきやがって。

そう思った俺仕は方なく細かいパンチへ切り替えた。

客受けを狙って、右の大振りフックを繰り出す。

フォト

またかわされる。

当たり前か。

その瞬間、相手の膝が腹に突き刺さった。

フォト

後退したところを首をとられる。

ヤバい、このままじゃフロントチョークになってしまう。

相手の手首を取って、『スクリュー』を使ってもいい。

俺が編み出した技『スクリュー』は、手首の間接を極めて自由を奪ったら、その状態で自分の身体を回転させる。

右回りに回れば、相手の身体は前のめりに倒れる。

左回りなら、後ろに倒れる。

いや、倒れるという程度のものでない。

激痛によって人間は倒れざるおえないのである。
『スクリュー』が決まれば、相手の手首、肘、肩は完全に複雑骨折してしまう。

たかが総合格闘技で、そんな技を使っていいものだろうか?

「ぅげぇ……」

俺は馬鹿だ。

試合中、何をこんな考え事している。

今、俺は首を絞められているんだぞ……。

頚動脈を締めつけられ、意識が遠退きそうになる。

負けるぐらいなら『打突』を使うか……。 

反則になるだろうが、俺の強さは証明できる。
フォト

右拳を真横に上げた。

あとはこのまま相手の横っ腹に『打突』を突き刺すだけ。

それで俺の勝ちだ……。

「よろしくお願いします……」

試合前、礼儀正しく俺に挨拶してきた相手の顔を思い出す。

俺より十歳も若い。

この子はこれからだ。

それを俺の勝利と引き換えに壊してしまっていいのだろうか?

いい訳がない。

久しぶりにリングの上に立った時点で、本当はもう満足していたんだろ?

なら、若い者に道をあとは譲れ。

応援してくれた人たちには悪いけど、俺のエゴで、この子を壊すなんてできやしない……。

そんな事を考えている内に、頚動脈はどんどん締まり、目の前が真っ白になっていく。

嗚咽を漏らし咳き込みながら、俺はこの体勢を堪えていた。

このままだと失神する。

フロントチョーク。

簡単に言うと、首絞め……。

しかしつまらない技で、試合を決めようとするんだな、格闘家ってよ。

そろそろ限界だ。

三十秒以上堪えたんだから、もういいか。

客もつまらない総合の試合で沸いたんだから満足だろ。

パンパン。

俺は『打突』の代わりに相手の横っ腹を軽く二回叩く。

タップ。

俺の負けだという意思表示だ。

その瞬間、試合は決まった。

やっぱ格闘家向いてねえな、俺って……。

 

闇 119(試合後の夜編) - 岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)

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2024/11/27wed前回の章闇118(二度目の総合格闘技復帰戦編)-岩上智一郎の作品部屋(小説・絵・漫画・料理等)2024/11/前回の章闇117(記者会見と格闘技復帰戦前夜編)-岩上智...

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