二人は、おじさんに、竹のてっぽうを造ってもらうことを約束しました。
「田舎は、やぶへゆけば、いくらでも竹があるが、ここでは、なかなか竹がありませんね。」と、おじさんは、考えていました。
きれいな、大きな床屋へいって、この小さな床屋へこないほかの子供たちは、なんとなく、この縁台にきて、腰をかけて、おじさんから、お話をきくのを遠慮していましたが、いつのまにか、みんなおじさんと親しくなって、この床屋へくるようになりました。
おじさんが、子供が好きだったからです。そして、しまいに、この床屋は、子供の床屋という、あだながつくようになりました。近所の子供は、床屋の前をいい遊び場所にしました。おじさんは、いつも元気で、小さい店先で、子供たちの頭を、ジョキジョキ刈っています。
――小川未明「子供の床屋」
特撮シリーズは、子供への恐怖を、怪獣と人間をアンヴィヴァレンツとして表現したものでもあった。子供向けの作品が子供向けに書かれているとは限らない。そのアンヴィヴァレンツそのものを体現する者として、中年親父や鬼婆みたいなひとたちが選ばれたりする。それはむろん働き盛りの人間たちの自己防衛でもあったに違いない。