「何か変ったことはありませんでしたか」
と云った。夫人が、
「べつに、なにも」
と云うと、看護婦ははじめてほっとしたような顔をして、
「今、奥さんの室から何人か出て往ったような気配がしますから、不思議に思ってますと、この次の次の病室にいる患者さんが、ふいに天井へ指をさして、何か来た、何か来たと云いながら、呼吸を引きとりました」
と云った。それを聞くと気丈な夫人も思わずぞっとした。
――田中貢太郎「天井裏の妖婆」
藤子F不二雄のSF短編集読んだがけっこう面白いね。書き込みがあまりないから世界が透明で澄んでいる。「ドラえもん」の人気だって、そういうところに支えられていたのだと思う。わたしが江戸川乱歩以来の不気味な妖の方向があまり好きではないのはそのせいかもしれない。「富江」の人はシュールレアリスムだから心が洗われる。