@Shukubo_hobo 宿坊の掲示板ほぼbotより、引用させていただきました。
【友岡さんとの思い出8】
大聖人は「智者にわが義破られずば用いじ」と言われている。常に真理を求め、より優れた思想を探求する姿勢は大事だ。
ただ、学会教学や、ましてや大聖人の教学を変更しようとするならば、十分な根拠と慎重さが必要である。友岡さんは、少なくとも私が述べた2つの重要命題について甚だ論理薄弱であり誤っており、また、慎重さを欠いていた。そのようなことでは、大聖人の時代に沢山いた迷惑の学者・法師が持論を展開したのと同様なことになってしまう。自らの持論に合わせるために仏法を都合よく利用する摧尊入卑になってしまう。さらに、正論を無下に拒絶していては、学者のブレインストーミングだと弁解する余地すらなく、謗法者になりかねない。
そいうこともあったので、後で友岡さんの証言を引用するが、あくまで友岡さんの意見であるから、それを目にする人は各自で真偽を考えながら受け止めるべきだ。
友岡さんは天才的な人であり、そういうタイプの人は、しばしば風変わりな振る舞いがあったり、奇人・変人であったりするものだ。そのために、友岡さんから嫌な思いをさせられたり、快く思わないメンバーが少なからずいたことは事実である。
一方で、その数以上に、友岡さんに救われた人は多いと思う。友岡さんが、数多くの個人相談や指導や激励や講義をしてきたことも事実である。
【解説】
友岡さんは天才的な人であり、そういうタイプの人は、しばしば風変わりな振る舞いがあったり、奇人・変人であったりするものだ。そのために、友岡さんから嫌な思いをさせられたり、快く思わないメンバーが少なからずいたことは事実である。
一方で、その数以上に、友岡さんに救われた人は多いと思う。友岡さんが、数多くの個人相談や指導や激励や講義をしてきたことも事実である。
なるほど、友岡さんって天才肌の人なのですね。
生前に、お会いしたかったです。
獅子風蓮