詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

新倉俊一『ビザンチュームへの旅』

2021-07-14 15:50:16 | 詩集

 

新倉俊一『ビザンチュームへの旅』(洪水企画、2020年07月25日発売)

 新倉俊一『ビザンチュームへの旅』は、「西脇順三郎が大好き」という感じがあふれる詩集である。新倉は「大好き」というようなことばでは感情(思い/思想)をあらわさないとは思うのだが、私はミーハーなので「大好き」と言いなおすのである。
 それがどれくらい「大好き」かというと、「あとがきに代えて」というページにあふれている。新倉はなんと、自分のことばのかわりに草野早苗の「岩礁」という作品を転写している。草野早苗というのは新倉俊一のペンネームだったのか。違うと思う。はっきりとは覚えていないが、私は「草野早苗」という名前に記憶がある。作品の感想を書いたことがあるかもしれない。もし新倉俊一と草野早苗が「別人」ならば、なぜ他人の作品を自分の詩集の「あとがき」に代えて、転写しているのか。
 「岩礁」のなかには西脇順三郎と思われる人間が登場している。最終連だけを引用する。

  夜 スマホを見ると
  写した記憶のない海と岩礁と海鳥と
  中折れ帽の長身の人の横顔のシルエットが
  定まらない季節の大気のなかで
  ほのほのと揺れていた

 新倉は草野の詩を読み、草野が西脇を敬愛していることを知ったのだ。そして、自分の「西脇大好き」を引き継いでくれるのは草野だと確信したのだ。つまり、新倉は、これからは西脇のことを思い出すなら、草野といっしょに西脇の詩を読んでほしい、と言っているのだ。
 新倉が西脇をどれくらい「大好き」かが、ここに端的にあらわれている。私は「大好き」なものは自分で独り占めしたいが、新倉は違う。「大好き」なものは仲間と分かち合いたい。分かち合うとき、その分かち合った対象(西脇)がより多きな存在として存在し始める。そういうことを知っている。
 「詩人の曼陀羅」という散文をあつめた章には多くの詩人の名前が出てくる。新倉は、彼らと西脇を共有した。そして共有する体験を通して、西脇が新倉の知っている西脇からもっと大きな存在に変わることを実感したのだ。その喜びを、なんとかしてほかの人に引き継ぎたい。散文に出てくる詩人たち、仲間たちは、死んでしまっている。ここのままでは大好きな西脇が、新倉が死んだときに死んでしまう。それは残念。なんとか新倉が死んだ後も、だれかのことばのなかで西脇が生きつづけてほしい。そう願っている。そして、その願いを託すことができる詩人を見つけたのだ。それが草野早苗なのだ。
 この詩集は、一方で西脇順三郎に捧げられているが、もう一方で草野早苗に引き渡されている。引き渡すことで、新倉は身を引いている。草野を立てて、自分のことは忘れてもいいと言っているようにさえ見える。
 これは、すごい。
 私は、こんなふうに捨て身になってだれかを愛したことはない。だれかのことばを好きになったことはない。「好き」を超えている。「大」好きなのだ。

 どの詩にも、西脇の姿が見える。「ビザンチュームへの旅」は西脇を追いかけながらエーゲ海を旅する詩である。この詩を紹介すべきなのかもしれないが、部分を取り上げるのは、なにか詩を(気持ちを)切り刻むような感じがするので、引用しにくい。
 あてずっぽうに開いたら「桔梗」「紅葉」という作品。「冬の旅」のなかの作品である。「桔梗」を引用する。

  「夏の路は終わった」
  と呟いた詩人のあとを
  追って秋も過ぎ唯一人
  冬の旅を続けている
  もう学問も研究も忘れて
  ただ白露の下に眠る
  宿根の蒼白な桔梗を
  ひそかに探しているだけだ
  古今集に詠まれている
  中国から渡来したという
  あの桔梗の花には遥かな
  淡い色彩が宿っている

 ああ、いいなあ。全部が「西脇の音楽」に聞こえる。一行から次の一行への変化。そのときのリズム。私の記憶のなかに生きている西脇があらわれてことばを動かしているようだ。
 西脇そっくり。
 こういう感想は、ふつうならそれを書いた人の否定になる。
 でも、新倉の場合は、きっと違うと思う。西脇そっくり、は絶対的肯定になる。
 終わりから二行目「あの桔梗」の「あの」の強さ。これは、もう、私は涙が流れるくらいにうれしい。
 「あの」って、わかります? 「この」でもなく、「その」でもない。「あの」は、いま/ここにはない何かを指す。ただし、それを「あの」と呼べるのは、その対話をしている人(たとえば西脇と新倉)が「あの桔梗」を知っているときだけなのである。「その」も「いま/ここ」から離れたところにあるものを指すが、「その」で指し示されるのは一方が知っていて、他方は知らない何かである。「あの」は「その」とも「この」とも違う。二人の、秘密のような、共有感覚がある。
 そして、その「あの」は「遥かな」「淡い」ということばであらわされるものなのだ。だれでもわかるものではない。そこには、ある種の「特権」がある。「選ばれた二人」という特権である。「宿っている」もいいなあ。それは「宿っている」だけであり、まだ「表」には出てきてないのだ。そういう「秘密」の共有。
 新倉の「引喩集成」は、新倉が西脇と「共有」した「秘密」をまとめたものである。西脇の「秘密」を新倉が七年かけて聞き出し、一冊にしたものだ。一冊にすることで「秘密」が多くの読者にも「共有」できるものになったのだ。もちろん、そういう「秘密」を「共有」しなくても、詩は楽しい。しかし、「秘密」を「共有」すると、詩はもっと楽しい。「共有」は「分かち合い」になる。そういうこともこの詩集には書かれている。

 

 


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