杉本真維子『皆神山』(思潮社、2023年04月19日発行)
「現代詩手帖」に連載されているとき同じ詩なのかどうか、雑誌が手元にないので確認できないが、詩集で読むととてもおもしろい。雑誌に連載されているときは、たぶん、他人のことばが邪魔するのだと思う。杉本真維子のことばは、他者から独立して、いや、孤立しているときの方が、はっきりと響いてくる。
巻頭の「しじみ」という作品。
しじみ、と思ったら、
自分の目が映っていた、
具のないみそしるを一口のんで、
両目を啜る、あじは、おれの刑期にふさわしく、
ざりり、と音までしやがった、
という
それから、波立たぬ椀ひとつ、
箸置にもどす一膳、
さっぱりとなにもない、
壁越しに、小便の音だけがしみている
「ざりり、と音までしやがった、」がてともいい。「具のないみそしる」なのだから、もちろん「しじみ」は入っていないし、当然、そこには「砂」もない。しかし、そのない砂をかむ。そのとき「ざりり」。この音は、完璧な孤独(沈黙)でしか聞こえない音だろう。そして、聞く人がいなくても、それを言わずにはいられない孤独がここにある。「しやがった」という口語の力が強い。声に出さずにはいられない、悲痛さがある。
「という」と静かな音を挟んで「波立たぬ」という、これもまた、とても静かな音。「波立たぬ椀」にあるのは「視覚」だが、「ざりり」のあとでは「無音の波」の音が聞こえる。「箸置にもどす」の「もどす」の膨らみのある音もいい。
音はさらに「小便の音」へとつながっていくが、これも、悲しくていい。
このあと、「目」から「桜」、「小便」から「排泄」、さらに「便器」へと一連の世界は広げられていくのだが、一連目だけでも完璧な詩だと思う。
で、思うのだが。
この詩集、「現代詩手帖」に連載した詩だけで一冊にした方がよくはなかったか。ページが少なくなるが、その方が「孤立感」が出る。
さらに私の好みを言えば、何度か登場する「わたし」は、ことばの上では、不在の方がいいと思う。
とくに、私は「桜坂」の
わたしは、
あたらしい障子の影で、
の「わたし」に非常に疑問を感じた。「ぼけ」の「わたしに未来はないと」の「わたし」にもつまずいたが、そこでつまずいたからこそ、「桜坂」で決定的に、邪魔だなあと感じたのかもしれない。
「現代詩手帖」に連載されていたときは、この「わたし」が、ある種の「防音壁」のようになっていたのかもしれないが、詩集になったら、そこにある「わたし」という雑音が気になって仕方がない。
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