昨日取り上げた川瀬巴水の作品で図版の掲載をしなかったのが、「東京十二題」の中の「駒形河岸」(1919(T8)年)。
この作品は明るい太陽のもとでの作品。影がほとんどなく、竹の間から見える空には入道雲が湧き上がっている。多分昼食後のひとときの眠りであろうか。
馬も人も、微かに見える水面も動きを止めている。動きがあるとすれば入道雲だけということになる。竹の色合いのグラデーションと地面の色合いが呼応していて、睡眠を心地よいものにしている。
空と雲と建物と水面は江戸時代の浮世絵の風景画、その他近景の竹のありよう、馬、荷車、人の描く写は西洋画の構図である。
夜にこだわってもう一点。これは上に取り上げた「駒形河岸」と同じ年に描かれた同じ「東京十二題」の中の「夜の新川」。葛飾北斎の娘葛飾応為の「吉原格子先の図」を思い出す。応為の作品が華やかで明るい吉原の夜の風景に対し、こちらは人は登場せずにモノクロの世界。一つのあかりで人がひとり登場する直前を思わせる。一つの人工のあかりで小さなドラマを彷彿とさせる。どこか俳諧的な雰囲気を感じさせるのが川瀬巴水の世界、といっていいかもしれない。さらに瞬く星ふたつもまた印象深い。
「東京十二題」は関東大震災の数年前の江戸時代の雰囲気を濃く残す東京の風景である。