東京里山農業日誌

東京郊外で仕事のかたわら稲作畑作などをしていましたが、2012年4月に故郷の山口県に拠点を移して同活動をしています。

青梅,奥多摩,山梨ツーリング(7/7)

2011年11月30日 | イベント,行事

 長作を過ぎてしばらく、日が陰りはじめた道路をまっすぐに上野原に向かって走りました。この付近の道路は山の斜面に面しているので、大雨の時にはよく道路が寸断されます。このため、いつ通っても道路工事をしています。とくに飯尾地区近くではいつも工事中です。

            道路工事現場近くから見下ろした飯尾地区


 飯尾は上野原から来るバスの終点です。バスの車庫と停留所があります。20年ほど前でしょうか、まだ上野原からの道路事情が良くありませんでした。何度かバスに乗って来たことがあります。細い山裾の道を揺れながら進むバスがとても心細かったことを覚えています。西原近くに来ると、何かとんでもない田舎に来たような感覚でした。まだ茅葺屋根の民家がありましたので、何か懐かしい田舎風景に来たようでした。

     西原のひなびた原バス停留所         広々とした西原の畑
 

 飯尾を過ぎるとすぐに西原(さいはら)地区に着きます。この地区には何度通ったことでしょう。ここに住んでいた古老の住む民家によく泊まりました。そして、古老といっしょに畑に出て、アワやキビなどの雑穀の収穫を手伝いました。雑穀の古来からの栽培方法はこの古老に学びました。雑穀以外にもワサビの収穫や調製も手伝ったことがあります。その古老の家は、茅葺で炭火を使う昔ながらの囲炉裏がありしまた。残念ながら、その古老は10年ほど前に亡くなりました。若い頃、馬を使って運搬の仕事(馬子)をしていたとのことでした。

       雑穀収穫などの手伝いをした西原の日当たりの良い広々とした畑


 西原では20年ほど前まで、水車を使って輪番制で製粉などをしていました。しかし10年ほど前でしょうか、台風時に水車が壊れてしまい以来使われなくなりました。使われなくなる前、その水車を補修する古老を手伝ったことがありました。水車には縦杵用のすり鉢型の石臼と回転する丸い石臼の二つがあり使えました。水車は一種の文化遺産だと思いますので、遺棄され使われなくなったのはとても残念です。今、壊れた水車小屋近くに金属製のデモ用水車があります。ただ回るだけで、製粉などするわけではありません。以前の本物の水車を知っている私としてはちょっとがっかりです。

    だいぶ陰ってきた山           高速に入る前、上野原でしばし休憩
 

 西原を過ぎると、一目際に上野原に向かいました。この時点で午後3時頃になっていました。このまま一般道を通ると、帰り着く頃には暗くなります。久しぶりに高速道路を走って帰ることにしました。上野原でしばし食事を取って体を温めつつ休憩をとりました。休憩後、気を引き締めて高速道路に入りました。私のバイクは高速道路に入ることができる最小排気量です。時速80~90Km程度をキープしながら走りました・。後ろからどんどん追い抜かれていきましたが、焦ることなく八王子インターに向かいました。冷たい風にさらされたので、家に着いた頃にはすっかり体が冷えていました。すぐに風呂を沸かして体を温めました。そして、もう行くことはないであろう、数時間前までいた奥多摩湖や通った村々を思い出しながら休みました。

        上野原インター、ここから八王子インターまでバイクで走行

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