読書日和

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「ジャイロスコープ」伊坂幸太郎

2015-07-17 23:37:21 | 小説
今回ご紹介するのは「ジャイロスコープ」(著:伊坂幸太郎)です。

-----内容-----
助言あります。
スーパーの駐車場にて”相談屋”を営む稲垣さんの下で働くことになった浜田青年。
人々のささいな相談事が、驚愕の結末に繋がる「浜田青年ホントスカ」。
バスジャック事件の”もし、あの時……”を描く「if」。
謎の生物が暴れる野心作「ギア」。
洒脱な会話、軽快な文体、そして独特のユーモアが詰まった七つの伊坂ワールド。
書下ろし短編「後ろの声がうるさい」収録。

-----感想-----
初の文庫オリジナル短編集として書店で平積みされていたのが目に留まりました。
この作品は以下の七つの短編で構成されています。

浜田青年ホントスカ
ギア
二月下旬から三月上旬
if
一人では無理がある
彗星さんたち
後ろの声がうるさい

「浜田青年ホントスカ」の舞台は蝦蟇倉市(がまくらし)という架空の市。
鎌倉市のパロディだと思います。
語り手の浜田君は家出をして蝦蟇倉市にやってきました。
そこで出会ったのが「相談屋」をやっている稲垣さん。
浜田君は稲垣さんに頼まれ助手をやることになります。

あなたの悩みは誰よりも深刻で、難問であるという応対をする。

稲垣さんの言っていたこの相談を聞く時の秘訣はなるほどと思いました。
たしかにそんなふうに真剣に聞いてくれたほうが悩みを相談する側も信頼して話せるのではと思います。

浜田君は一週間後に稲垣さんの代役をやることになります。
事情によりその客の相手を浜田君にやってほしいと言うのです。
そして一週間後、いよいよ問題の客が来て浜田君が相談屋の代役をします。
相談に来たのは意外な人物で驚きました。
私はてっきり浜田君の両親が来るのかと思っていました。
そして浜田君の正体も驚きでした。
ラストに二重の驚きのある物語でした。


「ギア」の語り手は蓬田(よもぎだ)。
数人がワゴン車に乗って移動しています。
冒頭、「数ヶ月で町が消えてしまった」とありました。
五反田、品川、銀座と進んで、その先が荒野になってしまっているとあり、一体何があったのかと思いました。
車内に乗っている人は全員、壊れた街を歩いている時に運転手に拾われたとのことです。
みんな面識はありません。

運転手が突然セミンゴという謎の生物の話を始めます。
現在街が壊滅しているのはセミンゴの仕業だと言うのです。
セミンゴは人間の情報を入手していて、攻撃の機を窺っていたとのことでした。
あと、セミンゴがどんな顔かの喩えで出た、ウルトラセブンに登場したメトロン星人というのが印象に残りました。
「ウルトラセブンとちゃぶ台を挟んで対話したことで有名」とあり、どんな星人なのか気になるところです。


「二月下旬から三月上旬」の語り手は慈郎。
戦争が終わって間もない世界が舞台になっています。
この話では慈郎が小学校四年生の時に出会った坂本ジョンが、友達としてよく登場します。
そして坂本ジョンは幻の存在かも知れないと思いました。
慈郎の前に突然現れたり突然消えたりしています。
さらに今度は妻が突然登場して突然消えていて、慈郎は妄想癖が強そうな印象を受けました。

子供叱るな来た道だもの 年寄り笑うな行く道だもの
作品内に登場したこの詩は誰の詩なのか気になったので調べてみたら、永六輔氏の「無名人 名語録」に収録されている言葉とのことでした。
たしかに子供はかつて自分が辿ってきた道ですし、お年寄りはこれから自分が向かう道です。
名もなき人の言葉とのことですが非常に良い言葉だと思います。

ちなみに伊坂さんの作品では戦争についてのことがわりとよく出てきます。
ただこの話では無理に戦争をキーワードとして絡めようとして作品が不自然になっている感があり、そこがちょっと残念だったなと思います。


「if」の語り手は山本。
山本の家の最寄り駅である門場駅は架空の駅名のようです。
山本はバスジャックに遭遇します。
犯人は女性と子供だけ残り、男性はバスから降りろと要求してきます。
二十年前の中学生の時、からかわれていた女子生徒を庇わなくて後悔したことが頭をよぎり、ここで犯人の要求どおりバスを降りてしまって良いのか迷いますが、結局降りてしまいます。
事件は解決しますが、どうしてあの時犯人の要求に従ってしまったのかと山本は今も酷く後悔しています。

そしてこの作品はパラレルワールドのような面白い作りになっていました。
山本はバスジャックで後悔したことについて「もしあの時ああしていれば、バスジャック自体遭遇しなくてすんだ」と考えていることがあって、その「ああしていれば」の展開が出てきます。
私は読んでいて森見登美彦さんの「四畳半神話大系」が思い浮かびました。
ただし、「四畳半神話大系」のような正真正銘のパラレルワールドではなく、この作品にはちょっとした仕掛けがあり、読んでいて驚かされました。


「一人では無理がある」の語り手は林衿子(えりこ)。娘の梨央にはストーカーがいます。
そして冒頭でいきなりストーカーが梨央の家に来ようとしていて緊迫の展開になっていました。

ここで物語が一度途切れ、別の物語が始まります。
その物語はなんと「サンタクロースの会社」の物語。
巨大な非営利団体(NGO)のような会社とのことです。
松田陽一という人がこの物語の重要人物として登場。
松田の上司は緑川杏珠という人で、二人がいるのはクリスマスのプレゼントを選び届け先の情報を管理する部署。
ほかには「アンカー」と呼ばれるプレゼントを配達する人達による部署などがあります。

松田はよく失敗をするのですが、会社は松田の失敗が「結果オーライ」になるところを見込んでいるらしいです。
これまでも松田の失敗によりプレゼントを貰う子供たちが救われたことが何度かありました。
そしてこの松田の失敗が冒頭の梨央の話とつながっていて驚かされることになりました。
別々の話がつながるのは伊坂さんらしいなと思います。


「彗星さんたち」の語り手は二村佳代というシングルマザー。
二村は新幹線の掃除のパートをしています。
その職場の主任の鶴田さんという女性が良いことを言っていました。

「物を綺麗にするのって大変なことなんだから。汚くするのは簡単。そのまま生きていればいいだけ。努力しなくても、汚くなるし、荒れていくわけ。綺麗な場所は、そこを誰かが綺麗にしたからなんだよ。

これはほんとそうだなと思います。
汚くするのは簡単ですが、綺麗にするには「そね場所を綺麗にしよう」と意識して努力することが必要です。

「便りになる」という言葉に力強さを感じ、胸の奥で小さな光の粒が膨らむような感覚になっていた。
その光の正体は見当がついた。
「そういう人になりたい」という願いだ。


この二村さんの気持ちはよく分かりました。
私もよく「そういう人になりたい」と思うことがあります。
私は自信を持って歩いていたいと思っていて、そんな人(良い意味での自信を持っている人)を見ると「こうありたい」と思ったりします。

ちなみに主任の鶴田さんは「パウエル国務長官の言葉」の本を愛読していて、作品内にいくつか長官の言葉が出てきます。
パウエル国務長官とは、アメリカのブッシュ政権時代に国務長官を務めた人です。
その中で特に印象的だったのが以下の言葉です。

どんなことも、思っているほどは悪くない。

これは良い言葉だなと思いました。
何か懸念していることがあると、結構悪いほうに考えてしまうことがあります。
しかし実際にはそれほど悪くないということもよくあるので、長官の言葉はまさに的を得ていると思います。


「後ろの声がうるさい」の語り手は東京行きの新幹線〈はやぶさ〉に乗っている「私」。
私が席に座っていると、後ろの席から会話が聞こえてきます。
女優の佐藤三条子(さんじょうこ)が同じ車両に乗っているというのが聞こえてきて佐藤三条子に興味を持ちます。
そして本当に佐藤三条子なのか様子を見に席を立った時、ジョンという男と遭遇。
「二月下旬から三月上旬」に登場した坂本ジョンだと思います。
さらには相談屋の稲垣さんも登場。
最終話は今までの人物がどんどん出てくる展開になっていました。
バスジャックについても意外な形でなぜ事件が起きたのかが分かりました。
鶴田さんもパウエル国務長官の言葉とセットで登場していました。

「常にベストをつくせ。見る人は見ている」

伊坂さんには珍しい、全く違う話による短編集でした。
私は伊坂幸太郎さんはやはり長編でこそ本領を発揮する人のような気がします。
それでも短編でもあっと驚く展開を見せてくれたのは流石だと思います。
これからもこの人の作品を読むのを楽しみにしています


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